3章#20 分かった、任せとけ

「ん~! 美味しいですっ! 美味しいですよ、先輩!」

「そうかそうか。よかったな」

「はいっ! 今度また、大河ちゃんでも連れてこようかなぁ」


 ちゅるちゅると太めのストローでマンゴジュースを吸う雫は、お世辞抜きで絵になっている。まさにJKって感じだ。

 俺もベンチに座りながら、雫のついでに買ったマンゴープリンをスプーンで掬って食べる。が、普通にマンゴープリンなので特別な感想は抱かない。へー美味いじゃん、くらいのもの。


 そもそもマンゴーって、他の果物に比べるとあんまり食べないよな。

 タピオカが流行ったときに地理の授業くらいでしか耳にしないキャッサバの用途を知って感動を受けたが、今もちょっとそのときに似た感慨を覚える。マンゴーの場合、プリンになったりしてるけどさ。


「大河なぁ……雫って、大河と遊んだりするのか?」

「へ? そりゃしますって言いたいですけど……大河ちゃんとは、まだ数回しか出かけてないです」

「ほーん」


 そういえば、ゴールデンウィークに一度、雫は出かけていたな。あのときは大河と遊んでいたのかもしれない。


「誰かさんが補佐なんて仕事を押し付けちゃったせいで、忙しそうですしねー」

「うっ……あれは、ほら。大河も生徒会に興味を持ってたしさ」

「分かってますよ? 別に責めてません。二人が仲良くなってくれるのは私としても嬉しいですしね」


 それは本心なのだろう。

 新入生歓迎会のときから、雫は俺と大河が仲良くなるように気を遣ってくれた。まぁ今みたいに話すようになった本当の理由は、雫が気を遣ってくれたことではないんだけど。

 いずれにせよ雫の存在が俺とあいつを繋げたことは紛うことない事実だ。


 そんなことを考えていると、雫がマンゴージュースのストローをこちらに向けた。


「先輩、一口どーぞ」

「また間接キスだなんだって言うつもりじゃないだろうな……?」

「『また』ってなんですか! 王道は愛されるからこそ王道なんですよ。それを決してテンプレだなんて馬鹿にしてはいけないんです。オリジナリティを意識した結果意味が分からないものになるくらいなら、恥じることなく王道を突っ走ればいいんですから!」

「お、おう……別にそんなこと言ってないし、急に熱くなりすぎだ」

「あっ。すみません、ちょっと変なスイッチが入りました」


 俺も王道は好きなので気持ちは分かるけども。

 そんな脇道に逸れてもしょうがないので話を戻す。


「どっちにしても、ジュースはいいや。プリンだけで充分」

「へぇ。プリンも美味しいですか?」

「まぁな。若干飽きるけど」


 というか、ぶっちゃけもう飽きてきた。俺はバリバリの甘党だけど、一気に摂取したいタイプではない。本音を言えば、雫が美味しそうにジュースを飲んでいるだけで割とお腹いっぱいだ。


 ふむふむと頷いた雫は、悪戯を思いついた子供みたいにニッと口角を上げる。


「じゃあじゃあ! 私に一口くださいよ」

「ああ。それくらいはいいぞ。ほれ」

「あ、そういうのはいいんで。私が言いたいことを分かってるくせに誤魔化そうとするのはやめてください」

「チッ」

「舌打ちしたっ! 彼女があーんしてほしいって言ってるのに舌打ちした!」

「言ってはないだろ」

「そういうのもいいんで」

「理不尽……」


 冷たい声でぴしゃりと言われてしまい、俺は項垂れる。

 どうやら俺に拒否権はないらしい。雫は、まるで餌付けを待つ小鳥のようにちゅっと唇を差し出していた。

 いや、これは……キス顔じゃね?

 そもそもどうして目を瞑るんだよ。


「な、なぁ」

「あー、早く食べたいなー。早くしないと他のお客さんに見られちゃうかもなー」

「……っ」


 完全に主導権を取られてしまっている。

 こうなってしまえば仕方がない。このまま雫にその顔をされたままでいるよりは、さっさと食べさせてしまった方がいいだろう。

 そう思ってマンゴープリンを掬い、雫の唇へ運ぼうとして――妙な妄想がじわじわと染み出してくる。


 ぷるんと瑞々しい唇。きっと丹念にケアしているのだろう。色よく、形よく、どこか艶めかしい。

 体育祭でされた、鮮烈なキスを思い出す。雫はあれ以来、一度も唇にキスはしてこない。朝起こしに来たついでに頬にキス、みたいなことは割とあるけれども。


 たとえば、もしも。

 俺がここで雫の唇を奪ったら、あの日のキスを上書きできるだろうか。

 正しく、やり直せるだろうか?


 ――で、お前は正しく在りたいのか?


 胸の内に潜む理性が俺を嘲笑する。

 正しい姿になるのがいいのか? そんな価値のないものを欲してるのか? 心の奥で、そいつは腹を抱えて嗤っていた。醜いなぁ、滑稽だなぁ、と。俺を見下し続ける。

 分かってるさ。こうなってる時点で、誤魔化しなんて意味はない。そもそも誤魔化すつもりもない。


 雫に、記憶の中の美緒を重ねる。人前でバカップルみたいに振る舞う。そんな未来いまを想像した。


「先輩……?」

「悪ぃ。いくぞ」


 そっとスプーンを唇に触れさせた。

 恐る恐るといった感じで雫が口を開ける。何故か目は閉じたままで、スプーンの大きさを確かめるようにはむりと食べた。


 きゅぽんとスプーンを引き抜くと、雫の唇はきゅっと窄められた。

 ぺろりと舌なめずりをした雫は、ようやく目を開いた。


「ふふっ、ほんとだ。美味しいですね」

「気に入ったなら、残りはやるよ」

「ならありがたくもらっておきます。あーんは――」

「後は自分で食べるんだな。さもなくば、次は目を閉じた雫を置いていく」

「うわぁ……先輩、最低だぁ」


 雫がくすくすと笑う。

 それから俺たちは、雫が飲み(食べ)終わるまでワイワイと話して過ごした。



 ◇



「あ、見て見て先輩! りんごちゃんのぬいぐるみがありますよ!」

「分かったからはしゃぐなっての」


 マンゴードリンクショップを満喫すると、雫は俺の手を引いてゲームセンターへと向かった。

 蒲田にはゲームセンターとコンビニがめちゃくちゃ多い。

 中でもクレーンゲームがたくさんあるところにやってくると、雫はすぐにお気に入りのアニメのグッズを発見した。


 ちなみに、りんごちゃんとは最近やっていたアイドルアニメのキャラだ。何人かいる中でも癖が強いタイプの子で、雫の推しらしい。なお、俺は箱推しである。選べるわけないよね。


「先輩、やりましょう! 全財産を使ってでもりんごちゃんを連れて帰ります」


 ふんす、と雫が張り切って言う。

 オタクマインドが分かる身としては雫の背中を押してやりたいが、俺は如何せん雫がクレーンゲームをやっているところを見たことがあるからなぁ……。


「本気か? 今日、綾辻のプレゼント買いに来たんだぞ?」

「ちっちっち。先輩、舐めちゃいけませんよ。『全財産を使ってでも』なんていうのは、あくまで気持ちにすぎません。今日こそ一発で取ってみせます」

「あっ、そう……なら頑張れ。程々にな?」

「もちろんですっ! 両替してきますね~」


 好きなお菓子を見つけた子供みたいにウキウキしている雫を見て、俺はふぅと溜息を吐く。

 まぁ本人がやるって言ってるならいいか。

 俺は大人しく見守ることにしよう。クレーンゲームは、プレイするのも含めて楽しみだしな――。


「ぐぬぬぬぬ……全然取れないです。せんぱぁい~」

「あ、うん。こうなると思ってた」


 500円6プレイをしてもちっとも取れる様子がないぬいぐるみを見た雫は、あっさりと俺に泣きついてきた。

 そりゃそうだよね。雫はクレーンゲームがしたいんじゃなくて、りんごちゃんのぬいぐるみを連れて帰りたいだけだし。クレーンゲーム自体はそこまで楽しくないもんな(※個人の感想です)。


 ぐすんと鼻を鳴らす雫。

 このまま無視をするのも忍びないので、大人しく俺が代わることにした。


「ほい、500円」

「100円分じゃ無理なんですか?」

「平気な顔で無茶振りを……」

「私の彼氏はそれくらい簡単にできちゃうかなーって」

「……ったく」


 嬉しいことを言ってくれる。

 そこまで言われたら期待に応えないわけにはいかない。


「分かった、任せとけ」


 俺は雫から受けとった100円玉を投入した――。

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