2章#28 きっと卒アルで見たら泣くぞ?
体育祭当日は、キラキラでぴかぴかな晴れ空だった。
梅雨も近づいている今日この頃。
一週間欠かさず天気予報をチェックしていたことが功を奏したのかもしれない。太陽はにっこりと笑っているのに、風はさよさよと涼しい。
体育祭日和とはこのことだ。
そう心から言えるほど天候に恵まれた。
学校に到着した俺は割り当てられた更衣の場所で体育着とジャージに着替え、赤色のハチマキを手の中で遊ばせる。
何の気なしにハチマキを嗅いでみたら、お日様をめいっぱいに吸ったいい匂いがした。
「おはようございますモモ先輩。早いですね」
「そっちもな」
校庭に出ると、本部の生徒が待機するテントには既に入江妹がいた。制服のリボンと同じ青いジャージがよく映えている。優雅なポニーテールは、女侍を彷彿とさせた。
「モモ先輩って……こうしてみると、結構体格がよかったんですね。知りませんでした」
「ん? 着痩せするタイプだからな」
入江妹もそうみたいだけど、とは言わないでおく。そんなこと言ったら何をされるか分からない。今日は補佐としていつも以上に働いてもらわねばならないのだ。
「よろしく頼むぞ、妹子」
「はい!」
胸を張った入江妹の左腕には、『本部』と書かれた腕章が巻かれている。
実に頼もしい後輩だ。
これならきっと大丈夫……なんて思っているのは、気分が高揚している証だろうか。昨晩は結局興奮して眠れなかったしな。我ながら精神年齢はかなり幼い。これは萌え要素なんじゃないですかい、奥様。
――ぱしゃぱしゃっ
「うわっ」
くだらないことを考えていると、シャッター音が鳴った。
驚いてチープな反応をしてしまう。音のした方を見ると、そこには体育着姿の雫がいた。
上はジャージを着ておらず、真っ白な体育着がありありとスタイルの良さを強調している。腰のあたりに巻かれた上着と足首まで長いジャージのズボンが、なんだか妙に女子高生感があって生々しい。
そんな雫は、ごっついカメラを構えていた。
「なんだよ、びっくりしたぁ……おはようさん、雫」
「雫ちゃん。おはよう」
「おはようございます先輩! おはよ、大河ちゃん♪ さぁ朝から記念撮影しちゃいましょう!」
「しねぇよ! カメラを私的に乱用するんじゃない、広報班班長」
「むぅ……」
俺が真面目にツッコミを入れると、未だカメラを構えたままの雫がぷっくりとむくれた。
そう可愛く拗ねられると俺がノリ悪い奴みたいになっちゃうだろうが。
広報班はこれまで、HPの更新を主に行っていた。
当日には雫がやっているように写真撮影などの記録を行い、来年のHPやその他の学校行事のためにデータを残す。
「別に私的乱用じゃないですもんっ。学級委員長兼生徒会助っ人の先輩と、そのお手伝いの大河ちゃん! このツーショットなんてマストテイクじゃないですか」
「助っ人の俺の手伝いってよく考えると妹子の立場が複雑だな……ってツッコミはさておいて。普通に考えてそんなもん要らんだろ」
自分のことを不細工だと自虐するほど自信がないわけではない。でも男の写真なんてのは八雲レベルにイケメンじゃないと意味がないわけよ。
ってことで俺は、写真に撮られる代わりに雫からカメラを受け取った。
「ほら。写真撮ってやる。高校生活最初の三大祭だし、きっと卒アルで見たら泣くぞ?」
「……先輩、そーゆうとこありますよね」
「やかましい。さっさと寄れ。私的乱用がバレたら一揆起こされかねん」
「一揆って」
くすくすと笑いながら、雫が入江妹の隣に並んだ。
ぎゅっと仲良さげに腕を組むと、入江妹が戸惑った様子を見せる。
「さっ、大河ちゃん。ピースだよ、ピース!」
「えっ、えと……う、うん!」
「行くぞ。はい、チーズ」
――カシャっ
ワクワクが音符になって弾けそうな、楽しいシャッター音が鳴った。
嬉しそうに、けど恥ずかしそうに、ピースをする不器用な入江妹。
そんな彼女にノリノリで絡んで笑顔を咲かせる雫。
ずっ友なんてありきたりなことは言わない。何かの拍子に二人の仲が分かたれてしまうことだってあるだろう。
それでも――この写真の中の二人だけはいつまでも仲良しだ。
そのことが何だか、とても嬉しかった。
「それはそうと雫。なんだその、猫耳みたいな巻き方」
「えっ? あ~、これですか」
カメラを返しながら、俺は雫のおかしなハチマキの巻き方について指摘する。
今の雫には、ちょうどツインテールの根っこのあたりに赤い猫耳ができているのだ。
「おしゃれですよ、おしゃれ! ちょっと工夫して巻くとこんな風にできるんです」
「ほーん。なんかJKみたいだな」
そういえば去年、クラスメイトも同じような巻き方をしていた気がする。
JKの定番なのかしらん?
そう思って入江妹の方に視線をスライドさせると、ぎりっと睨まれた。
「モモ先輩。なんですかその、『あっ』みたいな顔」
「いや実際そうだったから。妹子はJKじゃないんだなぁ、と」
「~~っ! 違いますから! だいたい、ハチマキは気合を入れるためのものなんです。私はこの巻き方が一番気合が入るんですよ。悪いですか?」
「悪いとは言ってないって」
ほんとのとこ、悪いとは思っていない。
むしろ、いいな、と思った。
二人の違いが愛らしくて好ましく感じたのだ。
「おやおや。キミは朝から後輩の女の子をいじめてるのかな?」
じゃれ合うようにベチャクチャ喋っていると、気まぐれな春風のような声が聞こえた。
三人揃ってそちらを向くと、サラサラとした銀髪の先輩が仁王立ちしている。
動きやすさを重視してか、今日は一つにまとめられている……なんてことは、今の時雨さんの恰好に比べれば些細なことだった。
「時雨さん……その服装は一体?」
「ふふふー、驚いてくれたかな。赤組応援団長、見参!だよ」
見参は目下の者が目上の者のもとへ参上して対面することであって、生徒会長兼応援団長の時雨さんが使うべき言葉ではない。
そんな長文のツッコミが声にならないくらいには、時雨さんは綺麗だった。
時雨さんが着ているのは、いわゆる学ランだ。
首元まできっちりボタンが締められており、背中にはかっこいいフォントで『紅』と記されている。
流石にズボンまでは用意していないようだが、三年生用の赤いジャージが余計にそれっぽくしていた。
なるほどね。
時雨さんが応援団長をやるって話は聞いていたけど、まさか学ランまで用意するとは。
っていうか、これはまた『可愛い女子ランキング』の票が時雨さんに集まりまくるのでは……? 従弟の俺ですら見惚れるもん。
「すっご……時雨先輩、かっこいいですっ!」
「ふふ、ありがとう。そう言ってもらえるとボクもわざわざ準備した甲斐があるよ」
他にもっとすべきことが、なんて野暮なことは言うまい。
だって時雨さんのそれは体育祭をより盛り上げてくれる。実施するだけじゃない、よりよくしてくれるのが時雨さんなのだ。
まぁ今年が最後だから去年以上にやりたい放題やろうって気持ちをビシバシ感じはするけども。
そういえば、と入江妹が呟く。
「姉が何かの採寸をした、と話していました。もしかして白組の応援団長は姉なんですか?」
「おぉ、その通り! 流石はそこの彼の補佐だね。毎年三年生が応援団長、二年生が副応援団長をやることになってるんだ」
「へぇ。そりゃまた随分と手の込んだことを」
『可愛い女子ランキング』1位と2位が応援団長とか、去年のミスコンの再来みたいだな。入江恵海は入江妹と同じブロンドヘアーが派手だし、さぞかし目立つことだろう。
去年までは応援団に興味を持つ奴は少なかったが、団長のコスプレがあるとなれば変わってくる。来年の体育祭は盛り上がるし大変そうだなぁ……と密かに苦笑。
おそらくそのときには生徒会を背負っているであろうエースに期待しておこう。
ところで。
雫と一緒に登校してきたはずの綾辻はどこに行ったんだろうか……。
この流れなら最後に綾辻が来るのでは?
そんなことを思いながら、俺は時雨さん、雫、入江妹のスリーショットを撮った。
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