2章#06 意外と凄い奴だよな

「あー、テステス。聞こえてますか?」

『こちら霧崎。聞こえてるよ』


 時雨さんに続き、他の生徒会メンバーからも同様の反応が返ってくる。何度か使っているインカムだが、今日も調子は良好のようだ。

 若干ノイズが走っていることには目を瞑ることにして、俺は校舎を歩く。


 夕日がチラチラ見え始めている放課後。

 新入生歓迎会が始まるまでにはもう少し時間がある。既に体育館では受付が始まっているが、あいにく俺は受付の担当ではない。一年生の相手をするのは副会長と書記ちゃんだ。別に接客が苦手だからハブられたとかそういうことではないぞ、うん。


 俺の仕事は各種団体との最終確認となる。

 新入生歓迎会では幾つかの部活動や有志団体が出し物をするほか、料理部とお菓子研究会に料理の提供をお願いしているのだ。別途ケータリングを買ってあるとはいえ、メインは部活動からの提供になる。


 だから俺は結構重要な仕事なんだよ……?と誰に言っているのかも分からない言い訳をぶつぶつと胸の内で呟きながら、料理部の部室にたどり着いた。


「んじゃまぁ、やりますかね」


 最近はデスクワークも多かったが、俺が最も得意とするのは現場での活動だったりする。雫もくるとか言っていたし……頑張らないわけにはいかないよな。

 ニッと口角を上げ、俺は料理部の部室をノックした。



 ◇



「えー、業務連絡、業務連絡。料理部、お菓子研究会、ともに準備完了したそうです。すぐにでも搬入できるみたいですが会場の準備はどうですか?」


 時計を一瞥しながら告げると、ザーというノイズが鳴った。

 不穏な沈黙の後に聞き慣れた時雨さんの声が聞こえる。


『ごめん、キミ。あともう少しかかるかもしれない』

「……マジ? もう予定より十分くらい押してると思うんだけど」


 現在時刻は16時半。予定では体育館の準備は終え、料理の搬入を始めている時間のはずだ。

 無論、こういったイベントは大抵の場合、元々のタイムスケジュール通りにいかない。ただ時雨さんの声に僅かな焦燥が滲んでいるように感じるのが気にかかる。


「会場準備の指揮は……時雨さんと会計クンたちだよね?」

『その予定だったんだけど……ボクに緊急の用事ができてたんだよ。連絡を入れられなくてごめん』

「ううん、しょうがないよ」


 時雨さんに連絡なしの用事があるとすれば、それはおそらく教師絡みのことだろう。

 ハイスペックな時雨さんならそれでも上手くやりそうなものだが、今は新年度だからな。教師絡みの仕事が俺の想像以上に厄介なものだったことは想像に難くない。


 問題は残された会計クンたちだ。

 具体的には二年生の会計と二年生の総務。計二人が会場準備の指揮をやることになる。手伝ってくれる人員として体育会系の部活動が来てくれているはずだが……何しろ人数が多いからな。時雨さんがいることを想定の配置が裏目に出てしまった。


『百瀬、悪い。部活動の奴らが結構バラバラに来てさ。俺たちも初めての歓迎会だから準備で戸惑って、かなり混乱状態になっちゃってる』


 申し訳なさそうに言ってきたのは会計クンである。後ろで聞こえるザワザワとした声は、おそらく運動部の生徒たちのものなのだろう。

 なるほどな、と思う。

 二年生からすれば新入生歓迎会の準備は初めてだし、勝手が分からなくても当然だ。俺もそうなんだけど、というツッコミはしないでおく。


『ごめん、キミ。ボクの方もまだ戻れなそうだ。早くしてもらうようには頼むけど、どうしても時間がかかっちゃう案件らしくて』


 加えてこのニュース。

 やれやれ、と俺は肩を竦めた。まるでやれやれ系の主人公のようだ。そんな冗談を言える状況じゃないんだけど。

 一度目を瞑って考え、ゴールまでのプロセスを頭の中に描く。

 トラブルの一つや二つ、こういうイベントではテンプレートだからな。


「了解、今すぐ行くわ。トラブルだけ起こらないようにしておいてくれ」

『わ、分かった。面目ない』

「気にしなくていい。どうしても気になるなら飲み物でも奢ってくれよ。頭ガンガンに使うだろうから、できれば甘いコーヒーで」


 くすっ、と笑い声が聞こえた。

 元々どちらかと言えば人前に出るような仕事が得意じゃないメンツなのだ。それなのに頑張ってくれたんだし、多少甘やかされたっていいだろう。


「尻拭いも嫌いじゃないしな」


『頑張って、兄さん』


 耳の奥に残った美緒の声が、やる気を轟々と燃やしてくれた。



 ◇



 会場に並べるテーブルなどの道具は体育倉庫にある。

 広い体育倉庫で四十人を超える生徒が雑談したりウロウロしたりしている光景はちょっとした地獄絵図だった。秩序がない集団ってやつはどうも好きになれない。


「えー、手伝いに来てくださっている皆さん、お待たせしてしまってすみません。まずは各部の部長に指示を出したいと思いますので、部長あるいは代表の方、一度集まってもらえますか?」


 生徒会メンバー二人に代わり、まず手始めにそう言った。

 こうやって声を張るのにもすっかり慣れたな、と苦笑しつつ、集まってきてくれた部長たちに会場図を見せながら指示を出す。

 相手は高校生。作業自体も難しくはない。慣れてさえいれば、思う通りに動いてもらうのは簡単だ。すべきことと言えば、せいぜい動線の確保程度のこと。


「悪い。助かったよ、百瀬」

「さっきも言ったけど、気にしなくていいぞ。得意不得意があるしな」


 特にうちの生徒会は会長の存在感が強いため、それ以外の役職のメンバーはサポート要員的な面がかなり強い。人前で話すのは苦手だが根は真面目でデスクワークは得意。そんな面々が多いのだ。

 じゃあ俺はと言えば……まぁ時雨さんに鍛えられてるからな。

 それより、と俺は話を切り替える。


「先に体育館にいって、運んでもらったものの最終確認を頼んでいいか? 俺は一息つきたい」

「ああ、任せてくれ。それくらいなら俺たちでもできるはずだから」

「おう。じゃあよろしく」


 会計クンたちに仕事を任せ、俺は手近にあった壁に寄り掛かって休む。配布用の会場図の準備を急いだので地味に疲れた。

 とはいえ、これでひとまずトラブルには片が付いたと言えるだろう。各部の部員がスムーズに動くのを眺めながら、ほっと胸を撫で下ろした。


「よう、友斗。お前も来てたんだな」


 一息ついていると、誰かが声をかけてきた。

 馴れ馴れしく俺を『友斗』と呼ぶ奴なんて限られている。声のした方を見遣ると、八雲が爽やかに笑っていた。


「あぁ、まぁちょっとな」

「ちょっとって感じじゃねぇじゃん。すげぇ活躍してたし」

「なんだ、見てたのか」


 まぁな、と八雲が呟く。

 俺と同じように壁に寄り掛かると、八雲はテンション高めに口を開いた。


「学級委員になったときも思ったけど、友斗って意外と凄い奴だよな」


 凄い奴。

 その表現に苦笑が零れた。


「大げさだろ。俺は別に特別なことをしたわけじゃない。生徒会長ならもっと上手いことやるしな」

「そういうもんかねぇ……」


 そうだ、と頷くと八雲は納得してくれた。

 だが話は終わらないようで、八雲の興味は他のところに移る。


「そういや、そっち関連も友斗は色々とすげぇよな」

「そっち関連?」

「恋愛系」


 ああなるほど、と俺は呟く。

 八雲の言わんとしていることは何となく分かった。

 時雨さん、綾辻、雫。

 傍から見れば、俺は校内の美少女複数名と関わりがある特異な男子だ。


 綾辻と雫に好意を持たれていることを考えれば、あながち八雲の言葉は間違いではない。時雨さんにもよくしてもらっていることは間違いないしな。


「結構噂も広まってるんだぞ」

「噂……? 俺、一応あの二人のマネージャーポジで落ち着いたと思ってたんだが」

「それはうちのクラスでは、だろ? 教室でのやり取りを見てない奴は、友斗がどっちかと付き合ってるんじゃないか、って噂してる。いや、生徒会長も入れて三人か」

「なんだそれ……」


 と言いつつ、納得できるような気もした。この前の学級委員でもそうだが、最近の俺はちょっと悪目立ちしすぎている。

 ん? ってことは、入江妹が言ってた噂もこのことだったり……?

 ま、そのことは今は置いておこう。


「一応、友達には『ガセだぞ』って言ってるけど。実は本当だったりするんなら、教えてくれよな。俺たち、友達だろ?」

「……ま、そうだな」


 ニカっと笑う八雲を見て、つくづく良い奴だな、と思う。まるでみんなのヒーローみたいだ。

 八雲を直視していられなくて、俺は視線と話題を無理やりに逸らす。


「ところで八雲。どうしてお前、ここにいるんだ? 参加者の入場はまだだぞ」

「サッカー部が手伝いに来てるからだよ!」

「……八雲、サッカー部だったのか」

「俺たち、友達だよなっ!?」


 友達だよ。たぶんな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る