2章#04 可愛いこと言ってもいいですか?
「あ、いたいた! せんぱーい! こっちですよ~」
「はぁ……分かってるからわざわざ叫ぶなって」
生徒会の仕事を済ませた俺は、雫に呼ばれて学校の裏門にやってきていた。
そこにはバスが止めてあり、荷物を受け取った一年生たちが友達と話しこんでいる。勉強合宿の疲れが顔に滲んではいるが、楽しい時間を終わらせる方が惜しいのだろう。
もう少し、あとちょっとだけ。
そんな風に高校生活最初の学校行事を満喫している後輩たちの姿を眺め……ているのはちょっと居た堪れないので、すぐに雫のもとに駆け付けた。雫のせいで超目立つんだもん。
「お久しぶりです、先輩っ! 私に会えなくて寂しかったですかー?」
「たった一日で大げさだな」
「はいはい、分かりますよ先輩。本当は私のことを抱きしめたくてしょうがないのを我慢してるんですね。だから塩対応なんですよねー」
「うぜぇ……」
うんうんと満面の笑みで頷く雫。
呆れるほどいつも通りな態度にちょっとだけほっこりした。
昨日したことを考えれば、ほっこりなんてすべきじゃないのにな。自分の最低さに嫌気が差していると、あの、と声をかけられる。
視線をすーっと右側にスライドさせると、そこにはポニーテールの少女がいた。明るいブラウンの髪とつり目には、見覚えがある……気がする。
「あなたはどなたですか?」
どなた、と来たか。
険のある声は、明らかに俺を敵視したものだった。トゲはあるが、丁寧さは欠いていない。チグハグとも筋を通しているとも思える第一声だ。
なんと説明しようか迷っていると、俺の代わりに雫が答えてくれる。
「この人はね、私の先輩だよっ! 百瀬友斗先輩。ほら、前に話したでしょ?」
「百瀬……あぁ、あの」
うーむ。どうして更に警戒したような顔になるんですかねぇ……。俺の知らないところで俺のことを話されていただけでもむず痒いのに、少女の顔を見ていると不安まで押し寄せてくる。
目だけで、おい、と雫に訴えると、きゃぴっと笑顔が返ってきた。完成された笑顔が逆に不安を倍増させていく。不安倍増化計画かな?
「あー、よろしく。俺は……あれだ。雫と家が近くて、今日も荷物持ちに呼ばれた感じ」
「そうですか。仲がいいんですね」
「まぁ、多少は」
「多少って何ですか、多少って! そんなお料理番組みたいな言い方しないでくださいよーっ」
ぷんぷんと雫が抗議してくる。
少女の警戒度がちょびっと上がった気がした。泣くよ?
「じゃあ結構仲がいいよ。これで満足か?」
「むぅ。なんか雑じゃないですかね。ヒロインとの関係性を聞かれるとか、ギャルゲー的に考えて重要シーンですよ?」
「知らん。というか、早くそこの子を紹介してくれ。俺みたいなぼっちは初対面の相手と上手く喋れねぇんだよ」
「先輩は例外な気もしますけど……まぁいいです」
こほんと場を整えるように咳払いをしてから雫が少女のことを紹介してくれる。
「この子は私の友達の
「どうも。入江です」
何故かめちゃめちゃ距離を感じるが、一応は挨拶してくれた。俺も合わせて頭を下げつつ、やっぱりか、と思う。
入江と言えば、うちの学校では結構よく聞く苗字だ。
三年生に入江
直接的な関わりこそほとんどないものの、時雨さんをやたらと敵視しているので間接的な関わりは自然と生まれている。ミスコンの運営を協力してたとき、何度か話もしたしな。
まさか妹がいるとは思わなかったが……こうして見ると、綾辻と雫よりは似た容姿の姉妹だ。入江妹の方が目つきが鋭く、怖い印象を受けるけれど。
「あの……あまりジロジロ見ないでください」
「あっ、ああ。悪い」
「いえ。私はもう失礼します」
「あ、そうか? 俺はいなくなるし、もう少し雫と話しててもいいんだぞ」
「雫ちゃんとはいつでも話せますから。百瀬先輩のような方の目があると思うと気も休まりませんし。それとも……いえ、何でもありません」
「え、なんだそれ。逆に気になるんだけど」
「何でもないと言っていますよね? 安易に噂を鵜呑みにすべきでないと考えた私の良心をご理解いただけると幸いです」
「えぇ……」
よく分からないが、拒絶されていることだけは分かった。ここまで明確な拒絶は初めてかもしれない。最初の頃の綾辻だってもう少し大人しかったぞ。ツララみたいにキンキンな雰囲気を身に纏う入江妹は、俺から物理的な距離を置いた。
雫にじゃあねと告げ、入江妹は去っていく。先日の雫より高めの位置にあるブロンドのポニーテールが、まるで兎のようにふんありと揺れた。
「……なんだったんだ、あの子」
「あはは。大河ちゃんは小学校の頃の私が更に拗らせちゃった感じの子なので。先輩のこと、あんまりよく思ってないみたいですよー。ほら先輩って私とお姉ちゃんに挟まれてるせいで、立ち位置微妙ですし」
「うわー、聞きたくなかった。うっかり泣きそうになるわ」
「どんまいですっ!」
可愛く励まされても凹むものは凹む。同学年の女子ならまだしも見ず知らずの後輩に嫌われるのはちょっぴり傷つく。
とはいえ、だ。
今の自分のことを考えれば、嫌われてもしょうがないよな、と納得してしまう部分もあった。もちろん彼女が俺を嫌っている理由は全く別のものだろうが。
「それじゃ、私たちも帰りましょっか」
「だな」
何だかんだ無駄話に時間をかけてしまった。
雫のバッグを受け取り、俺は顔をしかめる。
「なんだこれ。一泊二日の割にはやたらと重くないか?」
「えー、そうでもないですよ。女の子は皆こんな感じです」
「そういうもんかねぇ……」
雫から受け取ったバッグはずっしりと重い。行きは雫本人が持っていったので持てないほどの重さではないが、ムクムクと面倒臭さが湧いてくる重さだった。
っていうか、当然のように俺が荷物持ちしているのがおかしいんじゃないでしょうか。俺のことをこき使いすぎじゃない?
ついさっき雫から送られてきたメッセージを思い出しながら、ぶつぶつと心の中で呟く。口に出さないのは、頼られたことを嬉しく思っている自分もいるからだ。
はぁ、とつい溜息を漏らすと、雫が遠慮がちに言った。
「あ、あの先輩。調子に乗って荷物持ってほしいとか言っちゃいましたけど、それはその、口実みたいな部分があるので。だ、だから、その……先輩が嫌なら私が持つので、い、一緒に帰ってください」
…………。
マジでなんだよ、こいつ。普段の小悪魔はどこにいったんだ、と言いたくなるくらいにしおらしくて可愛い。大丈夫だよ、と頭をぽんぽんしてあげたくなる。そんな痛い真似、絶対にしないけど。
こんな風に言われて、はいそうですかと荷物を返すほど俺はKYじゃない。色々とクズなところがあるのは自覚しているが、それでも俺は雫の先輩だ。
「あー、ったく。別に嫌なわけじゃないからそんな顔しなくていい」
「ほんと、ですか?」
「こんなことで嘘つかねぇよ。というか急にどうした? 最初のノリでいつも通り俺をこき使えばいいだろ」
「やっぱり嫌だと思ってますよねそうですよねっ⁉」
流石に俺が冗談交じりに言っていることは理解してくれたようで、雫も笑いながらツッコんできた。
くすくすと笑うと、雫がむっと頬を膨らませる。
「もーいいです! 行きましょっ」
「へいへい」
スカートを可憐に揺らしながら雫が歩き出した。目立つなぁと思いながらも雫についていく。
横顔をふと見遣ると、えへへ、と頬を綻ばせていた。
学校の敷地内と出たところで、ほんのり頬を赤く染めながら雫が呟く。
「ねぇ先輩。可愛いこと言ってもいいですか?」
「……凄い宣言だな。ついさっき俺のことをサイテーとか言ってた奴の台詞とは思えない」
「うわ、先輩めんどくさっ。いちいち揚げ足とるのとか女子に一番嫌われるやつですからね」
「声が冷たいし目がマジだし……泣きそうになるからやめてネ?」
可愛いのと怖いので落差をつけてくるのは本当にやめていただきたい。冬の風呂場のヒートショックみたいな感じで心臓が発作を起こしちゃうから。
こほん、と仕切り直すように雫が咳払いをする。
「先輩は違ったのかもしれないですけど……私は、一日会えないだけでも結構寂しかったりしました」
「お、おう」
「だから先輩の顔を見たくて、RINEで迎えに来てくれるよう頼んじゃいました。顔を見れて、今、すっごく嬉しいです」
「……そ、そうか」
声が変に裏返ってしまう。
雫のことを直視するのが恥ずかしくて俺はそっぽを向いた。ころんと転がる小石とか、むーんと無愛想に流されている雲とか、そういうのに視線を逃がす。
つい二日前、俺は雫に好きだと伝えられた。あのときはまだ、雫に対しても美緒を見てしまっていた。だからこそぶつけられた恋心が痛かったし、息が詰まるほどに苦しく思えたのだ。
綾辻が美緒として秘密の恋人になった今、俺は雫を雫として見ることができているはずだ。雫の想いに真っ直ぐ向き合えている。そのせいか、普段よりも心臓がやけにうるさい。そもそも、綾辻雫って女の子は、すごく魅力的なのだ。
「あっれれー? なんだかお顔が赤くないですかね、先輩」
「てめぇっ、今の全部演技かよッ!」
ニタニタとからかうような声がしたので雫の方を向く。
てへっ、とりんご飴みたいに赤い舌を出す。お茶目なその姿は、まさに小悪魔だ。
ぐぬぬ……しおらしいモードすらも武器にするとか、いよいよ油断ならなくなってきたな、こいつ。セルフプロデュースへの余念のなさは尊敬しているが、ここまでくるとちょっと末恐ろしい。
「あー、もう! いいからとっとと歩け。さもなくば荷物を放り投げて帰る」
「はぁーい!」
元気な返事と共に雫がトコトコついてくる。
全部本音ですけどね。
そんな呟きが聞こえた気がするが……聞かなかったことにしたいと思う。
ちなみに。
これは家に帰った後の話なのだが。
「おかえり、雫!」
「ただいま、お姉ちゃんっ!」
綾辻と雫は、まるで生き別れの姉妹が20年ぶりに出会ったかのように抱き合っていた。一日会っただけだよな……? と女子の感覚が分からなくなった友斗くんでした、まる。
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