1章#25 学級委員会

 第二会議室で待つこと暫く。

 だいたいどこのクラスの学級委員も集まっただろうというタイミングで、生徒会役員たちが部屋に入ってきた。

 その先頭に立つのは、白銀の髪がカーテンのように靡く時雨さんだ。その後ろを、書記ちゃんだとか副会長だとか、見知った顔がついてきている。


 ふぁっ、と。

 会議室内の空気が一気に変わったように感じたのは、錯覚ではないだろう。

 席の最前列に座る綾辻と雫に浮足立っていた学級委員の面々の視線が、漏れなく時雨さんに引き寄せられる。


 不意に、時雨さんと目が合った。

 はたはたと小さく手を振られる。そんなことしたら俺へのヘイトが高まるからやめてね?


「ふぅん」

「へー」


 ほら、隣の姉妹ががっつり気にしてる。じとーっと音が聞こえそうなほどのジト目を向けきてるし。やましいことは一つもないはずなのに、何故か俺は肩を縮こまらせた。


「…………」


 手を振るのをやめた時雨さんは俺の隣を一瞥した。

 ほんの一瞬だけ怪訝な顔をするが、すぐ気を取り直すように微笑む。


「うん、時間通り皆揃っているみたいだね。こんにちは、皆。知っているとは思うけど改めて。ボクは生徒会長の霧崎時雨。この学校の学級委員は、基本的には生徒会の下部組織だからね。今日は委員長が決まるまでの進行と、活動についての説明をしにきたよ」


 時雨さんの合図で副委員長他数名がプリントを配り始めた。

 全体に回るのを確認してから、時雨さんは話を進める。


「具体的な活動はプリントに書いてある通り。一言で言っちゃうと、学校行事の運営本部みたいなことだね。三大祭については別に実行委員会も設けられるけど、他の行事は皆とボクたち生徒会で進めていくことになるよ」


 三大祭とは体育祭、文化祭、冬星祭のことをさす。うちの学校の行事の中で最も大きいものがこの三つだと言っていい。

 どれも大変なんだよなぁ……、と去年の記憶が脳裏にチラつく。特に文化祭と冬星祭。体育祭はまぁ、当日以外は他の行事と同じようなもんだけど。

 生徒会と学級委員会では仕事量が違うだろうが、三大祭に関しては学級委員会でも苦労するはずだ。


 ちなみに、学校行事の中には生徒会や学級委員会が介入しないものもある。

 それは修学旅行や勉強合宿といった宿泊行事だ。学年別の行事は授業の側面が強く、生徒会が介入すべきではないと判断されている。


「まぁ、そのあたりは行事が来てみないと分からないよね。というわけで、今日は三役を決めてもらいたいんだけどいいかな?」


 もちろん否やの声は上がらない。

 時雨さんはうんうんと満足げに頷く。


「それじゃあ……学級委員長をやってくれる人」


 快い呼びかけだが、残念なことに立候補者はいなかった。

 当然だろう。

 学級委員長になれば、否が応でも時雨さんと比べられてしまう。完璧超人のあの人と比べられたいと思うマゾヒストはなかなかいない。


 この機会に時雨さんとお近づきになれるかも、と思う者はいるかもしれない。

 それでも手が挙がらないのは、どう考えても学級委員長になった程度では時雨さんが振り向いてくれないな、と気付いたからだろう。もはやアイドル偶像や女神、二次元ヒロインに見惚れる感覚に近い。


「うーん、困ったなぁ。ならこの人ならいいかも、みたいな推薦はあるかな? できれば二年生の中から出てくれると嬉しいんだけど」


 ポリポリと頬を掻きながら言う。

 うちのクラスでも見た展開だ。普通に考えれば事前に仕込んでおかない限り推薦なんて出ない気がするが……どうも、挙手があったらしい。時雨さんが発言を促す。


「お、いるみたいだね。そこの子、言ってみてくれるかな」

「は、はい……私は二年A組の綾辻さんがいいと思います」


 後ろを向くと、二年生のうちの一人が恐る恐るといった感じで発言をしているのが見えた。


「なるほどなるほど。どうしてかな?」

「え、えっと……その。綾辻さんとは去年同じクラスだったんですけど……いつも、しっかりしてたので。学級委員長にはぴったりなのかも、って」


 確かに綾辻はしっかりしている。孤立というより孤高の少女だから、必要なときには人と関わっているしな。時雨さんと並ぶとしても、綾辻ならさほど見劣りしないだろう。


「ということなんだけど、綾辻さん、どうかな?」

「会長。綾辻さんは二人います。二年生の綾辻さんは、綾辻澪さんと言うそうです」

「…………澪」


 副会長が小さな声で補足すると、時雨さんが目を細めた。

 この場の誰かに向けたわけではなさそうな呟きが、俺の鼓膜でざらつく。


 まずい。

 そう思うのとほぼ同時に、綾辻がぎゅむりと俺の脇腹をつねった。


「痛っ! あ、綾辻?」


 こそこそと囁くように聞くと、綾辻は目だけでメッセージを送ってきた。


『さっきの埋め合わせ』

『代わりに立候補しろと?』

『それ以外に何があるの? 私、普通にやりたくないし』

『自分で断ればいいのでは?』

『それはなんかムカつく。というか百瀬に拒否権があるとでも?』

『ないですよねー、知ってました!』


 呆れるほどに綾辻は綾辻だった。その姿に、ちょっとだけ心が凪ぐ。

 綾辻が学級委員長を嫌がるのは当然だし、学級委員会に引きずり込んだ俺が代わりに引き受けるのが道理というものだろう。

 それにあまりこの話を長引かせたくはない。時雨さんなら、にすら気付いてしまうかもしれないから。


「あー、やっぱり俺、学級委員長やろうかな。眼鏡つけて、『ちょっとぉ、男子! ちゃんと掃除してよ』ってやりたいので!」

「…………。キミの委員長に対する印象はだいぶ歪んでるみたいだね。そんなことは美化委員長でも言わないと思うよ」


 何かを察したような顔をしてから、ひらひらと笑う。

 チクっと胸が痛むけれど、今はぐっと押しとどめておく。


「そうっすかね? まぁでも、俺が委員長をやりたいのはほんとの話。去年も時雨さんに言われて生徒会を手伝ってたし、それなりにできると思うんだけど……どうだろう?」


 あまり時雨さんとのつながりを仄めかしたくなかったが、この際仕方あるまい。

 なんならこれを機に俺に興味を持つ人が増えて友達百人できちゃうまである。まぁ、多分俺が関係を維持できなくて三日で終わるけど。どこの明智さんだよ。


 周囲を見渡すが反対する奴は現れなかった。まぁ希望者がいなかったわけだし、変に口を出してまで俺に反対する理由もないだろう。そこまで嫌われてたら普通に泣いて学校休むぞ。


 この後の進行は俺に引き継ぎ、俺は時雨さんの隣に並ぶ。


「じゃあキミ、よろしくね。私の可愛い一番弟子ならできると信じてるよ」

「いつ弟子にされた……?」

「さあいつでしょう。そんなことより、ほら頑張って」


 肩を竦め、サムズアップをする時雨さん。

 声のボリュームは最前列にしか聞こえないくらい絞ってある。これなら火種を蒔くようなことも――


「ふぅぅぅん」

「へーーー」


 嘘です。最前列っていうか目の雨にいるのが聞かれると微妙に気まずい二人だったわ。

 いや、さっきも言ったけどやましいことはないんだよ? 時雨さんは従姉だし、そもそも二人はセフレと後輩だし。そんな言い訳をするのもおかしいし、何より今は他の奴の目もある。

 MC、もとい進行として頑張らなければ。


「えー、そんなこんなで学級委員長になった百瀬友斗です。委員長のほかに副委員長と書記を決めたいんだけど、やってくれる人いる? どっちも一人ずつって感じ」


 手が挙がらないかな、という懸念は一瞬で振り払われた。

 何故ならすぐ目の前で、二本の腕がピンと上がったからである。


「私、副委員長やりたい」

「私は書記がいいです!」


 綾辻が副委員長、雫が書記に立候補した。

 雫はまだいいとして、綾辻はちょっとオハナシしたいぞ。委員長を俺にやらせておいて副委員長に立候補ってどういう了見なのか。

 そんな感じのことを視線で訴えかけると、やっぱり目ッセージを送ってくる。


『どっかの誰かさんがサボらないように監視しようと思って』

『サボらないってさっき雫に言ったけど?』

『どうだか』


 ふん、と視線を逸らされてしまう。

 もう目ッセージのやり取りはできない。目ッセージとか寒い言い回しをしちゃってるからかな。またモノローグでの滑り判定を現実に持ち込んでくるの? 泣きそうになるので、俺も視線をスライドさせた。

 雫と目が合うと、にこっとウインクされた。こっちはこっちでファンサするアイドルかよ。けど目は笑ってないんだよなぁ……。


 色々と言いたいことはあったが、とりあえず丸ごと全部さておいて、全体に決を採ることにする。


「えーと。じゃあ二人が副委員長と書記でいいと思う人、拍手をお願いします」


 ぱちぱちぱちぱち。

 はじけるように鳴る拍手を聞いて、そりゃそうだよな、と苦笑した。

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