第15話 無防備な寝息
深夜。フェルビアの砦に到着した。
フェルビアの砦には、ヴェイグ様が連れて来たシュタルベルグ国の人間しかいない。普段はこの砦は使わないのだ。
そのせいか、それなりに大きくても古臭い砦だった。
「セレスティア。おいで」
「はい」
フェルビアの砦には、シュタルベルグ国の騎士が門番として立っており、ヴェイグ様を見るなり驚いていた。
「ヴェイグ様!? どうされたのです?」
「予定よりも早く帰還することにした。シオンたちは、遅れてやって来るが到着次第シュタルベルグ国に帰還する。砦には、シュタルベルグ国の人間以外は入れるな。それと、アベルをすぐに部屋に呼んでくれ」
「ハッ!! すぐにお伝えします!」
そう言って、ヴェイグ様が私を傍らに抱き寄せたままで、門番の前を通り過ぎてそのまま砦へと入っていった。
フェルビアの砦には、庭に飛竜が何十頭もいる。大人しく尻尾を丸めて、寝ているように見えた。
そのまま、ヴェイグ様は迷わずに砦の部屋へと向かって行った。
「アベル? どなたですか?」
「俺の側近だ。飛竜がいるから、アベルはここに置いて来ていたんだ。すぐに食事も持ってこさせる。予定よりも早く到着したから、シオンたちが来るまで、ここで少し休め」
フェルビアの砦は、シュタルベルグ国に開放していた離宮と同じで、彼らがいる限りそう簡単には踏み込めない。道中の街で休むよりもすっと安全だ。そう思うと、肩の力が抜けるようにホッとした。
ヴェイグ様の部屋に到着すると、城のような豪華さはないがそれなりに綺麗だった。その部屋に、若い騎士がやって来た。
二十代後半だろうか。短髪の緑の髪色にヴェイグ様と同じくらい背が高い。しかも、がっしりしている。彼が、ヴェイグ様が呼びつけたアベルなのだろう。
「ヴェイグ様! お帰りになりましたか。ずいぶんお早いお帰りですが……」
「目的の一つは達した。それと、こちらの女性はセレスティアだ。俺の婚約者として扱ってくれ」
「はい。よろしくお願いいたします。どうぞアベルとお呼びください」
「よろしくお願いします。セレスティア・ウィンターベルです」
アベルのにこりとする笑顔は好青年そのもので、ヴェイグ様よりも愛想がいい。
「アベル。シオンたちが戻ってくるまで、俺たちは休む。すぐに食事を頼む」
「すぐにご準備します」
そう言って、アベルが部屋を出て行くと、ヴェイグ様が私に振り向く。
「今夜はゆっくりと休め。もう夜だ。今夜の着替えは、貸してやる」
「優しいですね」
「なかなか良いものを頂いたからな」
探索のシードがずいぶんと気に入っているらしい。
「それと、聖女も解任されて良かった。これで、何の遠慮もなくシュタルベルグ国に連れて帰られる」
「あなたは、不思議な方ですね……」
「気にいった女は側に置きたいものだ」
聖女解任なんて不名誉なことだ。でも、ヴェイグ様は気にもしないどころか、私を受け入れてくれる。
ちょいちょい照れることをさらりと言うヴェイグ様が、部屋に置いていたトランクから着替えを出して渡してくれた。
「これでも、着てろ」
「……ありがとうございます」
「気にするな」
そんなヴェイグ様のお言葉に甘えて、部屋にある浴室で湯浴みをした。
着の身着のままでカレディア国の城を出てから、野宿ばかりだった。
でも、一度も嫌だとは思えなかった。窮屈な城から出られたのが、自分でも気づかないほど新鮮だった。
要請があれば魔物討伐に出かけたりもしたけど、自分の時間として城下街にすら出たことがない私には、ヴェイグ様の買ってくれたパイも凄く美味しいと思えた。
「でも、ずっと湯浴みも出来てなかったけど、臭くなかったかしら?」
しかも、ずっとヴェイグ様に抱き寄せられていた。ほんの少し、自分の中で乙女心が覗かせると、身体を湯舟に沈めた。それが思いのほかホッとした。
でも、まだ気は抜けない。早くカレディア国を脱出しないと、立場は悪いままだ。
王太子殿下との婚約を破棄して、聖女も解任。そうなったら、私はきっと聖女機関に密かに捕らえられてもおかしくない。
聖女機関の秘密を知っている私を、イゼル様や陛下が城から解放するなど有り得ない。王太子殿下の婚約者でもないのに、自由が奪われるなど嫌だとしか思えないのだ。
しかも、そうなったら本当に側妃に召し上げられそうだ。
そう思えば、ゆっくりと湯浴みをすることを止めてしまう。名残惜しいが仕方ないと思いながらバスタブから出た。
しかし……ヴェイグ様が貸してくれた彼のシャツは大きい。小柄な私よりもずっと背が高いから仕方ない気もするけど……足はどれだけ長いのか……。
ズボンの丈が合わないにも程がある。
だからといって、あの破れたままのドレスでいるわけにもいかずシャツを着た。
部屋には、ヴェイグ様もいなくなっている。アベルたち部下に色々指示を出しているのだろう。探索のシードがあれば、どこにいるかわかったのに。
でも、湯浴みも出来て落ち着いた。部屋には、ベッドもありそこに腰を下ろすと、ぱたんと横に倒れた。
疲れた。でも、私よりもヴェイグ様のほうが疲れているだろう。もう、休んでいるのかもしれない。
そう思いながら、ベッドの上で瞼が自然と下がっていった。
♢
「セレスティア。食事は今作らせているが、先に菓子を持ってきた。食べないか?」
セレスティアが湯浴みをしている間に、自分は騎士たちが使う大浴場で湯浴みをしてから菓子を部屋に持ってくると、彼女はベッドに転がり寝ていた。
セレスティアが着ると、膝近くまであるシャツの下はズボンも履いてない。
無防備な様子で眠るセレスティアに少しだけ苛ついた。
「何考えてんだ……」
俺を男だと思ってないのだろうか。
疲れていたのか、起きる気配すらない。野宿の夜も驚くほどよく眠っていたが……ベッドに腰掛けて、その寝顔を愛おしむようにセレスティアの頭を撫でた。
男に免疫がないにも、ほどがある。
「……手を出すぞ。セレスティア……」
寝息もほとんど立てないで寝ているセレスティアを潰さないように覆いかぶさり、思わず呟いた。そして、そっと頬に口付けをした。
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