第8話
翌日。午前9時頃。結喜が玄関を開けると、眩い光が目に入った。見上げてみると、綺麗な青空が広がっていた。
「ドライブ日和……でいいのか?」
青空を見上げながら、そんな風に呟く結喜。今までドライブをしたことのない彼女にとって、気持ちのいい天気というのは知識の中にないのだ。
「あーでも、天気が良い方がいい写真が撮れるかも」
そんなことを楽し気に彼女は呟いた。やはり写真を撮るならいい天気の方が彼女にとっても望ましかった。
結喜が車に乗り込む。忘れ物はないか。ガソリンは大丈夫か。チェックと準備を済ませて、問題ないことを確認してから、彼女はキーを回した。
これから向かうは烏帽子岳。彼女にとって初めてのドライブ。
大した距離でもなければ慣れ親しんだ故郷だ。それなのに、初めてのドライブに彼女は不思議な気持ちを抱いていた。
初めてのことに対する緊張と昂揚。それらが胸の中で渦巻いていた。
そんな気持ちを落ち着かせるように深呼吸して、彼女はハンドルを握った。
「行ってきます」
烏帽子岳は市街地から行くルートがいくつかあり、案内板や標識もあるので、基本的に迷うような道ではない。それでも結喜にとって車で行くのは初めてのことだ。いつもより安全運転を心がけながらハンドルを握った。
その途中、結喜の目にコンビニが映った。
「あ、ここで買っていこう」
結喜はそのままコンビニに入っていった。前日に烏帽子岳への地図を見ていると、山頂付近までトイレができそうなところがなさそうだった。コンビニなどもなかったので、おそらくそこが烏帽子岳に入る前にある、最後のコンビニだと思われた。結喜はここでトイレを済ませておくことにした。
さらに結喜は、ここでお昼ご飯を買っておくことにした。予定では昼くらいに烏帽子岳に到着する計画になっている。そこでご飯を食べようと考えて、ここでご飯を買っていくことにした。
山頂で何を食べようか、そんなことを考えながらお弁当やパンを眺める結喜。彼女はそこでサンドイッチとレジ横にあるフライドチキン。そしてとにかく甘いカフェオレを買うことにした。
「さて、これで大丈夫」
再び車に乗り込む結喜。あとは山頂に向かって走るだけだ。彼女の車が再び烏帽子岳に向かって走り出した。
車を走らせると、大きな標識が見えた。そこには烏帽子岳への道が示されていた。それに従って車を運転する結喜。主要な道路ではないので、周りを走る車はほとんどおらず、さながら一人旅のように自由なドライブを満喫できた。そんな綺麗に舗装された道路を走りながら、結喜の視線が横に流れた。
「……あ。ここ、いいかも」
そんな風に呟いた後、結喜は車を停車させた。彼女は車を降りると、そこから見える光景に視線を向かわせた。
山の中腹くらいだろうか。そこから佐世保の街を見下ろせるポイントがあった。
その場所から、佐世保の街が綺麗に見ることができた。いつもは自分が歩いているであろう市街地が、ミニチュアのように一望できた。
「へえ……いい眺め」
結喜が立つその場所からは綺麗な青空と、その↓に広がる佐世保の街並み。さらにその向こうに広がる海が視界一杯に広がっていた。。
その光景をしばらく見つめる結喜。その時、結喜の頬を風が撫でるように流れて行った。きっと遠くに広がる海から流れてきたであろう風は、結喜の肌に心地よい感覚を与えてくれた。
結喜はスマホを取り出して、その光景を写真に撮り始めた。
「いい場所……」
撮った写真を見直して、満足そうに笑う結喜。同じ街なのに、こうして見ると別の世界のように感じることができる。その不思議な感覚に結喜も楽しくなっていた。
だが、まだ道は半ばだった。彼女の目的地はまだまだ先にある。
逆に言えば、そこに行けばもっと違う光景が待っているはずだ。
そう思うと、結喜はその時を想像してワクワクした。
結喜は写真を撮り終えると、彼女は胸に沸き起こった昂揚感を抱いたまま、もう一度車に乗り込んだ。
「……おお」
車を走らせると、結喜はその光景にまた声を上げた。
烏帽子岳へ向かう途上、車から見える光景に結喜が感嘆の声を上げる。
綺麗に舗装された道路。その脇には木々に囲まれた森の光景があった。
ちょうど太陽が真上に来る時刻。太陽の日差しが森に差し込まれる。空から降り注ぐ光と、深い木々が生み出す森の光景に、結喜は思わず車を停めてしまった。
人の手がほとんど入っていない森。太陽に照らされたその光景は、美しい静謐とでも言うような、不思議な魅力が感じられた。
そんなはずはないのに、まるで烏帽子岳へ向かう者を歓迎するような、そんな美しさに結喜の視線が奪われていた。
「初めて見るけど……卒業した後にできた道かな」
高校生の頃、烏帽子岳へは遠足で来たこともあるが、この道は通ったことはなかった。おそらく、卒業した後に新しくできたルートのようだ。もしかしたら、烏帽子岳へ観光しに来る人のためにできたのかもしれない。
結喜は周りに自分以外の車がいないことを確認して、そこでも写真を撮り始めた。
たぶんそこはどこにでもある普通の道であり、絶景とか名所であるといったことはないはずだ。それでも、結喜はそんな何でもない場所が美しいと感じていた。
アニメ・かるドラの中で少女たちは、旅の間に起こること全てに喜んでいたのを結喜は思い出した。初めて行く場所。初めては知る土地。そこで初めて見るもの全てに少女たちは感動していた。
「これも、旅の楽しみってやつかな……?」
そんな風に呟いてほくそ笑む結喜。自分が今、少女たちと同じ体験をしているかと思うと、結喜はつい嬉しくなった。
きっとこの先にも、何か楽しいものがあるに違いない。結喜は再びアクセルを踏んだ。目的の場所まで、あと少しだった。
山頂付近までやって来た。山頂周辺にも人が住んでおり、民家などがいくつか建っていた。
そんな民家を横目に車は走り続ける。空にはきれいな青。まわりには活力を漲らせた緑色の木々。澄んだ空気がそうさせるのか、その道を走るだけでも結喜は楽しげだった。
もうどれくらい登っただろうか。結喜がそんなことを考え始めた時、それまでとは違った雰囲気の場所に辿り着いた。
「あ、ここだ」
車がスピードを下げる。結喜の視線がその施設に注がれていた。
広い駐車場とファンタジー世界に出てきそうな建物。そしていくつかの遊具が設置された場所がそこにあった。
『えぼしスポーツの里』と看板のあるその駐車場に、結喜の車が入っていった。
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