第87話 インプリンティングプログラム
私達を生み出した、イードクアのスバヤ生体工学研究所……そこで研究が行われている技術とは、少々どころじゃなく人の道から外れているモノ。
ずばり『被検体の魂を切り分けて機甲鎧に封入する』こと、ならびにその関連技術だ。
機甲鎧との同調率を上げ、超高性能でピーキーな機体を自分の身体のように操るための技術。
それを突き詰めていけば……実際のところは、テアのように『機甲鎧に魂そのものを
しかしそれでは……新たな『
あくまでも機体の処理中枢は『移植された被検体の魂』が握っているわけで、それはいうなれば『人間離れした戦闘能力を備えたいち個人』である。
素肌は装甲と化し、鞭も針も薬物も通用せず、ヒト程度は容易く踏み潰せる巨体を備え、いつ発作や癇癪を起こすかも判らない。そんな存在を第三者が無理やり支配することは、極めて困難である。……そう結論が下されたらしい。
品性下劣で悪辣な彼らが、自分たちの意のままに被検体を操る手法として、ついに考えつい(てしまっ)た方法こそ……
すなわち『切り分けた魂の過半を搭乗者の身体に敢えて残し、そちらに反逆抑止のための外科的処置を施し
その目論見は一定以上の成果を出してしまい、数々の意欲的な実験機と、その専用制御部品たる被検体を生み出す結果となっているわけなのだが。
どうやら奴らは……私達の姉妹を犠牲とすることで培った『魂を切り分ける』技術を転用し、更にロクでもない運用方法を編み出してしまったらしい。
「……被検体、の、魂を……えっと、分割、して……機甲鎧の、えっと、制御パターンを転用…………うー……ヒト型の、小型の、外部制御端末に……封入……」
「…………なるほど、だいたい理解したデスよ。自前の動力機関を内蔵した『小型・ヒト型の
「うー…………魂、切り分けられ……無限じゃない、から……その、処置されるたび、魂が削られて……消費、されるの、と……思います」
「…………本当に……何という」
たとえば私達とか、あるいはシスやアウラのような『機甲鎧を制御させる』タイプが……まぁ厳密な割合とか知らないけど、魂を多くて
今回見られたケースは、魂を……たとえば1割ずつ小分けにして最大9体、といった形で『複数の子機の制御を担わせる』ような、いわば『質よりも量』を地で行く運用方法であろう。
子機に負わせるタスクとしては、せいぜいが『敵拠点に侵入し、情報収集を行う』あるいは『自爆させる』程度の軽微なもの。面と向かっての戦闘を行わせるわけじゃないため、一般人と同等か少し逸脱する程度の運動能力であれば、封入する魂が薄くても成果は期待できる。
高性能機甲鎧ほど複雑な制御を任せるわけじゃないのだから、その分『数』を割り振れる。被検体ひとりで複数の子機の制御を賄えるのだから、生産効率は比較的高い。……とでも考えたのではなかろうか。
当たり前だが……『自爆』によって消し飛んだ子機からは『魂の欠片』の回収など不可能だ。……というか、最初から使い捨てる前提なのだろう。
つまり、この悪辣な運用を端的に纏めると……『被験体の魂を素材とした自律特攻兵器』ということになる。
「…………理解しマシた。……いやはや、奴らの危険性は理解したつもりでしたが……まさか、
「? ……ぅ、あの……対処?」
「っ! アァ、いえ……お気になさらず。……ともあれ、今は
「んっ……わかった、ました。…………あの、実行犯の、男……尋問とか、は?」
「………………ファオ様が気になさる必要は、全くありません。良いデスね?」
「あっ、は、はい」
――――すごい痛そうなじんもんされてるよ、3人とも。ファオも見たい?
(い、いや……別に。…………そっちのほうは、そのテのプロに任せれば良いでしょ)
――――そうだね。私達は……こっち、専念しよ。
(うん。……そうしよ)
私達と、あと今回は『魔法関連技術』のオブザーバーとして招かれたマノシアさんは、現在は
他の施設よりも明らかに物々しく、多くの動力装備が待機している大型施設……こちらの役割としては、ずばり『警察署』といったところだろうか。
先刻、私達が街中で遭遇し、容赦なく半壊させた3つの『ひとでなし』。それらは今やプロのスタッフの手によって、非日常感あふれる特別なひとときを体験していることだろう。
そんな非日常風景とは別方向、テーブルセットや寝台が備えられた、こぢんまりとしているけれど居心地良さそうな小部屋。
普段は仮眠室か、あるいは宿直室のひとつとして用いられているそこでは……現在ひとりの少女とふたつの人形が、とてもおとなしく待機させられていた。
歳の頃は……まあ、十代だろう。例によって栄養失調気味のため正確な年齢は推し量りづらいが、彼女の『運用コンセプト』からして成年ということは無さそうだ。
肩口あたりで雑に揃えられたさらさらの髪は、しかし砂埃やら何やらで薄汚れてしまっている。物憂げに潜められた目元も、どちらかというと『ぼんやり』している印象を受ける。
……もしかしなくても、もう何割かは『自爆』で
「……え、と…………こんにちわ。……きこえます、か?」
「……………………っ、」
あぁ……
私と共に入室した女性兵士に視線を向けた瞬間、眼前の少女のスイッチが切り替わる。さんざん
幼少期から刷り込まれ続けた『条件付け』の成果……イードクア帝国民以外の全てを『敵』として認識する、幼い実験体を効率的に操るための
私達のような強化人間を効率的に使役し、比喩じゃなく『道具』として使い潰すための、呪い。
本当にあいつらときたら……本っ当に、心の底から嫌になる。
「――
「――――、―――――ッ!! ―――っ、」
「――
「…………ファオ・フィアテーア……」
――――まーた役に立ったねぇ、『上書き』の呪文。
(昔取った杵柄……いや、怪我の
傍らに侍る『人形』を動かそうとしていた彼女の眼前へと右手を突き出し、手指に纏わせた独特な魔法紋を認識させ、彼女の動作を強制的に停止。奴らの
そこへ命令入力のための音声コマンドを用いて、とりあえず『私は味方である』『私の指示に耳を傾けろ』と……心の壁をすり抜けて、この子の懐に飛び込む。
帝国のろくでもない
元々は各作戦において、指揮権限保有者を刷り込み直すための音声コマンドなのだが、イードクア帝国の母体となった国の古い言葉に因むものであったらしく、常人で
この『上書き』の呪文を一字一句正確に記憶し、かつ『上書き』を行うにあたっての手順やら魔法紋やら所作やらを完コピ出来る者など、イードクアの暗部以外には存在し得ない。
……なーんて考えているのだろうが、私達はその『上書き手順』を何度か施されることで、バッチリ全て記憶してしまっている。
本来であれば『教育』のお陰で自意識を封殺されているため、一種の催眠状態に陥り『上書きされた記憶』も残らないのだろうが、私には魂を混ぜ合った
私とテアとの関係性を隠すため、素直に『かかったフリ』で乗り切っていたが、実際のところ催眠や暗示に対する耐性は図抜けている。そのためこうして、手順を完コピするまでに至ったわけだ。
半ば強制的に『命令』を届けるため、あまり使いたくはないのが本音なのだが……まあ、こうでもしなきゃ私達――というか『敵として刷り込まれていた』者ら――の言葉など、この子たちは耳を傾けたりしないだろう。
「さて、じゃあ……私に、教えて。……あなたの、名前。あなたは、何て呼ばれ……何を、求められて、きた?」
「…………わたし、は――」
「…………ううん、ごめん。先に、言うこと……私、は、ありました。……『安心して良い』『警戒を緩めて良い』『心配しなくて良い』『怯えなくて良い』。――
「――――! …………了、解……っ」
幸い、と言えるかは微妙なところだが……少し前にシスとアウラのふたりで、効果の程を確認している手法である。
私の元来の口下手のせいで、時間効率はお世辞にも良いとは言えないが……彼女の警戒心をほぐすことは、今後の我々にとっても良い結果に繋がることは間違いない。
…………幸い、だとは言いたくないが……週末の予定が組み変わったことで、今日明日はまるまる自由に動ける時間がある。
これまでは心の安らぐ隙もなかったであろう、この子が安心できるように……先輩強化人間である私が、ひと肌脱ごうではないか。
ほんとだったらひと肌どころか、ぜんぶ脱いでいるハズだったんだけどね。
私の姉妹への仕打ちといい、私の
覚えてろよ、いつか
――――――――――――――――――――
――――うわこわ、えっちバーサーカーだ。
(ぐるるる……イードクア滅ぶべし慈悲は無い)
――――残念じゃないし当然だった。
(がおーん!)
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