第85話 どうしても勿体ない病かおを出す
(ファオ、こころの俳句)
――――はいはい。
(くぅーッ!!)
――――わたしは『つっこみ』しないよ?
(そんな殺生な)
――――――――――――――――――――
このシュトには少なくとも、地上何十だとか何百メートルもの高層建築物は建っていないし、雲に届かんばかりのタワーなんかも存在しない。……まぁすぐそこに基地があるし、航空管制との兼ね合いもあるのかもしれないが。
そんなわけで、私が――ああいや、前世の私が暮らしていた世界のほうが、この世界よりも建築技術レベルは高かったように感じている。
建物の建築は高度に効率化がなされ、ユニットバスや空調機器なんかの既製品を存分に活用し、物品の寸法を緻密に計算し尽くし……特にホテルなんかに関しては、コンパクトでありながら不自由することのない客室の形成に貢献していた。
かつての私が度々お世話になった、一泊五千円そこらのビジホシングル……あの『広くはないが快適』な空間は、私自身そんなに嫌いじゃなかった。
……なので、まあ……なんといいますか。
「やだめっちゃひろい」
――――やだじゃなくて。広いぶんには良くない?
「だ、だって! ソファとかテーブルとかデデンしてるし……それとは別で、またダイニングセットまであるんだよ!?」
――――まあ、ひとりで泊まるようのお部屋じゃないよねぇ。
「そうだよね。……うーん、お風呂付きがなぁ……そもそもなぁ」
腰を落としてくつろげるリビングスペースに、会合に使えそうなダイニングスペース、ベッドルームに至っては当たり前のように複数備わっている始末であり……まあ、どう考えても『独り占め』するような部屋じゃないだろう。
とはいえしかし、私の『目的』を果たすためには必要な選択だったのだ。こと『宿泊』のみを目的とするのならコストパフォーマンスは最悪の部類だろうが、しかし
まあ実際、これより低いグレードの部屋ももちろんあるにはあるのだが……残念ながら、水まわりが共用なのだ。
それでは私の『目的』を果たすことは出来ない。個室そのものに浴室が備わっているこのメッチャすげーヤベールームであることは、私にとって必要なことなのだ。
他のひとが(といっても女性だろうが)入ってくる可能性のある場所で、堂々とひとりえっ……ソロライブを敢行するのは、色々とマズい。
私の外見はかなり特徴的であるからして、身バレは非常に容易いだろう。将来有望な特課少尉様がじつはえっちだいすきな変態だった、などと広められるわけにはいかない。
イメージ戦略とか、だいじだもんな。
――――おおおー、すごいよファオ。お部屋のなかにおふろがある。
「やったー!」
その点、このお部屋であればそのへんも問題ない。どんなに撒き散らしたところで、素裸であれば衣類も汚れない。浴室内もシャワーで洗い流せばいいだけだし、撒き散らすところを誰かに見られることも無い。
大理石(のような石質タイル)張りの浴室内はシックで落ち着いた雰囲気で、当たり前だがピカピカで清潔だ。こんなステキな場所で大人の階段を登れる(※語弊あり)のだから、そりゃ気分も
「…………さて、じゃあ『おたのしみ』は夜に取っておくとして」
――――えっ? おでかけ?
「うん。まだ日は高いし、訓練終わってすぐ出てきたからお腹すいたし」
――――あーそっか、ぺこぺこだもんね。
「そうそう。お金もまだ残ってるし、せっかくならプチ贅沢で……普段食べれないようなやつ、探してみようかなって」
――――おおー! ぐるめだ、ぐるめ!
「あとあと……ショッピング、とか? 服以外にお買い物、なかなか機会なかったし」
――――たのしみがいっぱいだね?
この時間から存分にひとりえっ……ソロライブに
街歩きに、グルメに、ウィンドウショッピングに……いや、気に入ったものがあれば実際に買っても良いだろう。私が使うわけでは無いものでも、あの子たちのお土産にしても良いだろう。
……うん、やはりそうしよう。
今日の第一目的がおなに……ソロライブなのは変わらないが、イーダくん達から課せられた『私が余暇を満喫しているとアピールする』という第二目的も、また同時に遂行中である。
私達が毎日を楽しみ、日々をより良いものにするためにも、やはり新たな刺激を探しに行くべきだろう。
大雑把に当日スケジューリングを済ませた私達は、着替えなんかの嵩張る荷物だけを部屋に置き、再びシュト中心街へと繰り出すことにした。
階段を降りてフロントを訪れ、しばしの外出を告げるとともに部屋の鍵を一時返却。外での用事を終えて戻ってきたときに、改めて部屋の鍵を借り受ける形だ。
身軽になった私達は、まだ見ぬ『新しい刺激』を求めて宿を後にしたのだが。
……まさか、あんなことになろうとは。
――――――――――――――――――――
私の得意とする『他者の意識のベクトルを感じ取る魔法』だが、さすがに万能かつ無敵というわけではない。当たり前だ。
姿形を完全に隠す『隠蔽』系統の魔法とは異なり、あくまでも『他人の意識が向いていない方向に隠れる』ことしかできないわけで……まあつまるところ、人の視線が極端に多い市街地なんかでは、人々の視線すべてを掻い
それに加えて……私にはこの、とても目立つアタマがあるからな。なおのこと人目を集めてしまう。
いちおう目的のひとつに合致しているから、目立つことが悪いわけじゃないんだけど……ずーっと注目され続けるというのは、さすがに少し疲れる。
なので、方向性を再度修正。私の第二目的『余暇を満喫してますよ』アピールは要求水準に達したと判断し、今後は適度に人目を避けつつ第三目標『グルメとお買い物』へとリソースの再分配を試みる。
そのためにもまずは……この、人々の視線の多い大通りから外れ、比較的人通りの少ない脇道へと逸れ、更に人目を避けるように人通りの少ない方へと足を運ぶ。
そうやって脇道から裏道、いわゆる路地裏のほうへと足を運べば……まあ当たり前だが、どんどんと人通りは減っていく。
とはいえここは首都の中心街。路地裏とて治安は申し分ないし、ひとつひとつは割とこぢんまりとしているけれど、お店もそこそこ軒を連ねている。
大通り沿いの大型店舗も当然悪くはないだろうけど、こういうところのお店に『アタリ』が多いって、ごろーちゃんも言ってたような気がするもんな。知らんけど。
……まあ、私達は『人目を避ける』と同時に『ごはんが美味しそうなお店を探す』ため、こうして路地裏へと入り込んできたわけなのだが。
そんな私達の目的とは異なり、シンプルに『人目を避ける』ためだけに
――――ファオ、わたしの
(おっけー、かぶったよ)
――――ありがと。……ちょっと信じられない、けど……
(現実だと思う。実際あれらの何人かは……私の魔法でも『人の意識のベクトル』が感じ取れない)
――――
思わず曲がり角に身を隠し、それでいて自然体を装いながら、角の向こうでたむろする怪しい集団をコッソリと観察する。
私達の直感に従い、あれらに私の姿を捉えられないことを最優先に。……恐らくだが、この特徴的な頭髪を目視されたら、すぐさま『そのこと』に勘付かれてしまうことだろう。
イードクア神聖帝国中央軍、スバヤ生体工学研究所所属戦略機動パッケージ……過度のストレスによって綺麗に色素の抜け落ちた頭髪は、そこの実験体によく見られる特徴である。
老化に伴う脱色とは異なり、私のような子どもでそのような特徴を備えていれば、疑わしいことこの上ないだろう。
ましてや直近で、実験体7番と8番の脱走が確認されているともなれば。
加えて……敵地への潜入作戦という、ことさら高い警戒心を備えていなければならない
ヨツヤーエ連邦国の中枢、人けの少ない裏路地にて密会する、イードクア帝国軍の工作員。
そして……彼らに付き従う、人のカタチを取りながらも人の意識が感じ取れない、
どうやら……今日はお休みだからと、見て見ぬふりは出来なさそうだ。
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