第54話 未開の大森林の奥深くに謎の人影を見た




(このへん……の、はず?)


――――距離があったからね、ある程度の誤差はあるとおもうけど……だいたいこのあたりのはずだよ。


(わかった。……降りてみよっか)


――――いきなり対空砲火とか、あぶないのくらわないといいけどね。


(わぁーお)



「…………私が、先行して降りる、から……空中で、隠蔽展開して、待機。合図したら、おりてきて」


≪……はい、ご主人さま≫




 ヨツヤーエ連邦国内、ヨーベヤ大森林の深部。眼下は見渡す限り大樹の海が広がる、非日常感の半端ない景色。

 エマーテ砦からずいぶん離れてしまったこのあたりは、付近に私達以外の機影は確認できない。至って静かで、平和なものだ。


 地理的には、確かにヨツヤーエ連邦国の国土であるとはいえ……人々の営みからは結構な距離があり、また国境線もキッチリと監視されているわけではない。

 隣国にして敵国、うんちぷり帝国との主交戦区域であるケンロー辺境基地……そこから見て南東に位置するこのあたりは、両国間の実質的な緩衝地帯となっているのだろう。


 ……ま、ヒトの営みがない緩衝地帯とはいっても、わがヨツヤーエ連邦国の領土であることは疑いないのだが。




――――たしか……川を境にして、国の境界なんだっけ?


(そうみたいだね。こっからもっと西のほうに、大森林の中を川が流れてるみたい。……見えないけど)


――――わかんないよね。


(そう、わかんないんだよね。木がでっかすぎて空からも見えないし、誰か見張ってるわけでもないし)



 いちおう両国間の取り決めとして、ここより更に西側を流れる大河『ナーケッデ川』を国境とする、ということになっていたはずなのだが……数年前にうんちっち帝国が川を越えて侵攻を開始。

 川のこちら側に前線基地を築き、のみならずケンロー辺境基地近郊まで押し入ってきたうんち帝国とヨツヤーエ連邦国との間で、大規模交戦状態に突入。そこから押しつ押されつを繰り返し……現状としては、やや押し込まれた形なのだという。

 ……まぁとはいえ、うんちの戦線を支えていた面々がことごとく打ち倒されたこともあり、脅威レベルでいえば幾分か下がってきているらしいのだが……そのへんは置いとこう。



 要するに、何が言いたいのかというと……ここまで人目に付かない状況ともなれば、人知れず国境を越えてくる奴らがいてもおかしくないだろうと、まぁそういうことだ。

 たとえば……私達のように単独で【魔物モンステロ】を蹴散らせる特務制御体が、ナーケッデ川を越えてヨツヤーエ側へ人知れず侵入。大森林の奥深くで何かしらの悪だくみを行っていたところを、テアがたまたま感知した……とか。

 考えられる最悪のケースとしては、まぁそんな感じだろうか。




 昨日の超長距離観測によって目星をつけた座標付近、だいたいこのへんだろうとをつけた私達は……上空に【エルト・カルディア】を待機させ、意を決して降下を試みる。

 もし仮に例の『二足歩行の影』がうんち帝国の手の者だとしたら、接近する【グリフュス】に対して敵対行動を取る可能性があるためだ。



――――周辺探査…………敵性脅威、なし?


(……安全なら、それで良いよ。降りよう)


――――んー、うい。



 そのあたりを危惧して、気を張りながら降下を試みた私達だったが……幸いなことに、攻撃を仕掛けられることは無かった。


 意外なほどすんなりと地上付近まで辿り着き、あらためて周辺走査を試みる。昨日見つけた人影が帝国関係じゃないとすれば、この機体を警戒して隠れてしまっている可能性も高い。

 さすがに1日では、そこまで遠くへ移動してはいないだろう。とすればこの付近、【グリフュス】の探査性能で見つけ出せる可能性は高い。



 …………と、思ったのだが。




――――え、うそ……見つかんない?


(えっ、えっ? 何も見えない?)


――――ちがうくて、原生生物とか……あと【魔物モンステロ】の生体反応は、ちゃんと引っ掛かる。……けど、例の二足歩行生物らしき反応が見えない。


(うぅん……? 昨日は見えたもんね、見間違いじゃないと思うけど…………ちょっと外見てみよ、付近は安全だよね?)


――――うん。おっきな原生生物も、あと【魔物モンステロ】も、このへんには居ないみたい。


(おっけー、降着しよう。私が外見てくるよ)



 機体の感覚器センサー類だけでは、感じ取れぬものもあるだろう。私は【グリフュス】から降りての周辺探索を提案、相棒テアからも同意が返される。

 操縦席の隅っこの小物入れを開き、お守り代わりのナイフを鞘ごとベルトに挿し、あとついでに念のためにお財布も持って……の準備は完了だ。


 周囲に危険が少なそうであること、また何かあった場合は機体テアの自律動作にて対処可能であること。以上の理由から、脅威度は極めて低いと判断を下す。……周囲に部外者の目がない状況でなら、テアも気兼ねなく無人動作できてしまえるのだ。

 それに私自身も、そんじょそこらのヒトとは比べものにならない運動能力を賦与されている。機甲鎧テアとの連携が行えるなら、トラが出ようがシカが出ようが脅威とはならない。


 調査地点の地表付近、林立する木々の中に、機体【グリフュス】を降ろせそうな空間を見つけた。慎重に高度を下げながら周囲確認も行い、機体をぶつけないように降下を行う。

 やがて【グリフュス】の巨体が大地を踏みしめ、左右の足とおしりの着陸脚がしっかりと踏ん張りを利かせる。機体出力を待機アイドリング状態へと移行させ、座席シートのロックを解除し……いよいよだぞと気合を入れ、身を起こす。



 操縦席の扉を開け放つと、まず飛び込んでくるのは大自然の音。大小さまざまな枝葉のざわめきと、鳥類であろう動物の鳴き声。

 次いで……都市部では到底味わえない、大自然の色濃い匂い。草木の匂いと獣の匂いと、あと甘ったるい花のような果実のような匂いと……詳しくはわからないが、それらは複雑な情報の奔流となって私の鼻を襲う。


 意を決して外へと身を躍らせ、愛機【グリフュス】の曲げられた脚を伝うようにして地表へと降りる。……降りてみてわかったが、私達が降り立ったこの周辺は、低木の類も生育の勢いは弱いらしい。

 大量の落ち葉で覆われているが、どうやらこのあたりの地面には石が多く散らばっているらしく、それによって植生が育ちづらいのだろう。



 それにしても……大森林というからには、地面は木の根っこだらけかと思ったが、こうして巨大な一枚岩が鎮座している地形もあるんだな。


 いや、ちょっと違うか。このへんだけ石で覆われているのだ。少し開けているこの場所にだけ、に――



(…………ッ!?)


――――ファオ! うしろ!!



 私が腰後ろのナイフへと手を伸ばすと同時、テアから切羽詰まったような声が届く。……まぁそれも仕方のないことだろう、なにせのだ。


 恐らくは、高位の魔法による隠蔽。先日ケンロー辺境基地が襲撃された際、【A−8Skアウラ・エルシュルキ】が帝国の地上主力部隊を隠していたような……特務型機構鎧の感覚器センサーさえ欺くほどの、極めて完成度の高い魔法。

 ……そんなことを平然とやってのける存在が、しかし突如としてその隠蔽魔法を解除。私達の前で、自らその存在を露わにしたのだ。


 奇襲を仕掛けるでもなく、わざわざ無防備を晒す。その意図が全くもって理解出来ないが……いつまでも背後を取られたままではいられない。

 私達の背後にたたずから距離を取るように前方へと跳ね、振り返りながらナイフを引き抜き逆手に構え。




 私達は……を見た。







「……アー……すまなかたネ。怖がタか、イロウアのネゴシエイター。……ウン、後ろを取タのは、悪イかタ。すまなかタ思うヨ」


「……………………ほぁ?」


「………………うん? どうシタ、ネゴシエイター。イツモのよりも早イ来訪、イツモとチガウ、幼イなネゴシエイター。アはちょと驚イタが……そのナイフはイロウアの使うモノね、驚かせる悪イかタヨ」


「……………………えっ、と……?」


「……アー、機嫌ナオスよ、隠れるは悪かタ。……でも、イロウアがイツモとチガウ『エメト』で来るも悪かタよ。シャウヤが警戒するも当たり前ネ。けどシャウヤはいつも歓迎、肯定スるよ」


「ま、待って、まって…………まって、ください。あの、あのっ……あなた、たち……? ……あなた、は……だれ?」


「…………? ンン? イロウアの大人に教えて貰う無かタか? アは『フィーデス』、『シャウヤ』の『フィーデス』。ネゴシエイター……ヤウら『イロウア』の者とのハナシする者ヨ」


「………………は、ぃ?」



――――んー……なんとなく理解した。『イロウア』っていうのが帝国のことで、『シャウヤ』がたぶん種族か、もしくは国とかのこと。そしてこのひとが『フィーデス』。


(……なるほど、つまりこれ……私達のことを)


――――うん、帝国の取引相手と勘違いしてる。


(なん、この…………ぇえ……)





 果たして……二足歩行の、衣類を纏った者は、こうして実際に存在した。

 更に言うと、なんとその『二足歩行の影』とやらは……どうやら我らのような『ヒト』ではないようだ。



 自らを『フィーデス』と名乗ったこの個体ならではの特徴なのか、はたまた『シャウヤ』というらしい種族ならではの特徴なのか……その背丈は、今の私と同じか、ともすると更に小柄。

 加えて、その顔立ちこそヒトに近しいものながら……側頭部から毛髪を掻き分け、後方へと突き出すは、さながらドラゴンのように立派なツノ

 それと対を成すように長い尾をくねらせ、太く長い両腕は甲殻と鱗に覆われ、十本の指先にはそれぞれ鋭い爪を備え。


 惑星地球由来の、サブカル的な語彙を用いて表現するのなら……森に棲まう竜人、といったところだろうか。

 その姿はヒトにあらずとも、こうして会話は可能、当然のように意思の疎通も可能。それどころか、何らかの……つまりは交流がかなう可能性も、どうやらありそうなのだが。




「……ま、アも幼イなネゴシエイターを外に置くは反対ヨ。……幼イなヤウ、名前は何ネ?」


「あっ、えっと、えっと……ファオ、です」


「ファオ、ファオ。……じゃ、まずは安全できるトコ移動するヨ。幼イなファオは危険、安全は大切ネ。……でも、幼イなファオを教えナイで寄越す、イロウアは理解に苦シイヨ。チョト嫌だなたネ」


「あっ、あっ、あのっ……えっと……あ、ありがと、ございます……?」



 まずは、私達が『帝国の者じゃない』ということを、なんとか気分を害さないように説明しなきゃならないわけだけど。



 ……口下手だからなぁ、私は。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る