第8話 歌詞は実質カンペなので




 完全に偏った認識だということは理解しているが……私の中で『歌姫』というと、いわゆる酒場な印象が深い。


 ここでいう酒場といえば、アメリカ開拓時代の西部劇や、ヨーロッパ的なファンタジー作品なんかでよく見かけるイメージだろう。

 少々荒っぽい見た目のガイズがグビグビワッハッハと騒いでいるような、あんな感じの場面……その背後にひっそりと花を添えているのが、私の思う『歌姫』のイメージだ。



 しかし当然、ここは戦時中の軍事基地である。食堂はあれど酒が供されるわけもなく、ワッハッハするには少々お堅い感は否めない。麦茶だこれ。

 とはいえ、ド素人の歌を披露するのに、他の選択肢も無いだろう。そもそも基地は『おうたを歌う』ための場ではないし、いきなりでは講堂や会議室を借りるのも無理がある。

 何度も言うが、本来私は部外者なのだ。こうしてお偉方の許可が降りただけでも、まさに奇跡なのだ。




(わ…………わー、やわー、めっちゃ注目されてりゅ……)


――――よかったね、お客さんいっぱいじゃん。


(う、うーん……まぁ、ほとんどは単純に食事しに来てるわけなんだろう、けど……)


――――そう思うじゃん? 基地のあっちこっち噂になってるよ。ファオが……んーと、『捕虜の可愛い子が歌うって』『一度じっくり見てみたい』みたいな。


(うええ!?)



 ……私の考えをエアリー少尉に相談したのが、昨日の夜のこと。しかしなんとその日のうちにエアリー少尉は上層部へと話を持って行ってくれたらしく、すぐさま検討が行われた結果、今朝には正式な許可が出たのだという。驚きの速さ。


 とはいえ私は、まさかここまで協力してもらえるとは思っていなかった。

 いちおう『やりますよ』だけ伝えておいて、あくまでも『いい子にしてます』アピールをしておきつつ、実際にはそのへんの廊下とか外とかで適当に歌うつもりでいた。

 隅っことはいえ、多くの兵士がくつろぐ食堂を使わせてもらえるなどとは、思ってもみなかった。



 お昼どきというには、正直少し早い時間帯。しかしシフト制で昼食のタイミングをずらしているのか、そこそこ以上の賑わいがある。

 人の流れの比較的少ない、窓際の隅っこのスペース。テーブルや椅子の置かれていない、はっきりいって『やや広い通路』以外の何物でもないこの場所が、これから私がパフォーマンスを行うステージとなる。


 最前列……という程でもないが、とにかく近くの席はギッシリだ。

 彼らの抱えてきたお昼ごはん、ボリュームたっぷりの大盛り定食がとても気になるが……どうやら兵士の皆さんも私のことが気になっているようなので、まぁ『お互いさま』ということだな。



――――なにいってんの。はやくして、やくめでしょ。


(わ、わかってるってばぁ!)



 最前線からはいくらか距離を隔てているとて、戦時中の兵士が暇であるはずもない。

 あるいは、例の空戦型機甲鎧小隊の所属ともなれば、整備兵をはじめとする支援要員も多く在籍していることだろう。

 今後、私と相棒テアが正しい形でお世話になるかもしれないし……それにこうして、わざわざ私の近くに陣取って、私に対し興味を抱いてくれたのだ。彼らの時間を無駄にしたくはない。



 私は意を決して、今の私が『できること』をするべく……大きく息を吸い込んで。


 記憶を、思い出を、喚び起こす。













―――――――――――――――












 それは決して、大きな声というわけではなかった。

 むしろ見た目相応に少女らしい、儚げで控えめな歌声であった。


 しかしながらふと気が付けば……その声の届いた範囲、食堂に会した人間のほぼ全てが、神秘的な少女の歌声に聴き入っていた。




「わーれぁ、かんぐぅ、わぁてき、ぁー、

 てーんち、ぃえざぅ、ちょぅてき、ろー」




 ある者は匙を止め、またある者は歩みを止め。

 あるいは食事の傍ら、異国の音で紡がれる詩に、その顔をほころばせ。


 その歌がいったい何なのかは解らない。誰一人として聞いたことがない、由来不明で謎だらけの歌。

 それが『何を謳っているのか』は勿論として、そもそもその歌詞がどの国のものなのかも解らない。




「てーきの、たいしょぅ、たるもも、ぁー、

 こーこん、むそおも、えいゆぅ、れー」




 明らかにサイズの余る軍服の、その空っぽの左袖を靡かせて。

 だぶついた右袖は胸元へ、自らの胸を押さえるように伸び。


 誰がどう見ても、色々な意味で相応しくない装いで、しかし幼い少女は朗々と歌を紡ぐ。

 小さなその身に余る不幸を受けて尚……微かながらもその顔に笑みさえ浮かべて、嬉しそうに歌い続ける。




「こーえに、したがぅ、つあもも、ぁー、

 とーもに、よーかん、えっちの、ちー」




 基地の厚生施設の恩恵を受け、温かい湯で洗い清められた少女の髪は、まるで上質な銀糸のようで。

 傍らにて見守る女性兵士に、全幅の信頼を置いているかのように……まるでこの基地そのものを『安全地帯』であると認識しているかのように、無防備きわまりない隙を晒し。


 穏やかな相を湛える顔、そこに輝く瞳はしかし……二つあって然るべき光が、そこに煌めくことは決して無く。




「たまちる、つるぎ、ぬきつれ、てー、

 ちーぬぅ、かくごで、すすぅーべしー」




 帝国にて生を受け、苛烈な扱いを受けてきたであろうこと以外、その出自に関しては何ひとつとして情報の無い少女。

 片目と片腕を喪いながらも、まさに命からがら亡命を果たし……今やこうして安心しきったように愛想を振りまき、神秘的な歌声を響かせる少女。


 彼女の『捕獲』に関して、基地上層部より開示された情報は少ないが……たとえ敵国イードクアの出であったとしても、敵愾心など浮かびようもない。



 基本的には男所帯である軍用施設において、可愛らしい少女というものはそれだけで清涼剤であり、守るべき庇護対象なのだ。





「……いい歌だな。何の歌なんだ? ファオ」


「…………ん」



 やがて一曲を歌い終え、心なしか晴れ晴れとした顔を浮かべる少女へ、傍らに侍るお目付け役――けん護衛役――の女性少尉が声を掛ける。

 聞いたこともない、馴染みのない歌。歌詞を理解することは難しいとて、どのような場で歌われるものなのかくらいは知っておきたい。聴衆とてそれは同じであったらしく、少女の答えを黙して待っている。


 やがて少女……『ファオ』と呼ばれた小さな歌い手は、表情変化に乏しい顔を愛らしく傾げ。




「……くにの、ため……へいわ、の、ため……いのち、を、かける、ひと……たたえる……こぶ、する……うた……です」


「…………そうか。……ありがとう」


「…………んっ」


「……まだ、歌ってくれるか?」


「んっ。……まかせて、くだ、さい。……うた、たくさん、しってます……から」


「…………ありがとう」




 溢れんばかりの想いの詰まった、辿々しくも真っ直ぐな答え。

 それを耳にした聴衆は……ある者は目を閉じ顔を伏せ、またある者は天を仰ぎ、小さな歌姫の歌を聞き逃してなるものかと動きを止める。



 食事を摂り終えても、昼休憩の時間が過ぎても、席を立つ者は極僅か。

 そのため狭くはない食堂の席は、しかし空くどころかどんどんと密度を増していき。



 やがて、兵士達がいっこうに休憩から戻らないことに業を煮やした士官格の面々が乗り込んでくるという……正直、基地司令部さえ予想だにしていなかった事態にまで発展したとか。


 その良し悪しはさて置き……顔と名前を売るという目的自体は、成功したと見て間違いないのだろう。




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