十月、某日。十七時三十五分


 今コーヒーを飲んでしまった場合、デート中何度もトイレに立つことになるのが申し訳ないなと思いながら注文したレモネードはまだ三口しか飲んでいない。もう口をつけることはないので、氷が溶けて生まれた水とシロップの分離を気にする必要はないのに、何度ストローでかき混ぜたことだろう。


 膝に置いていた台本を、最終確認、と頭の中でカウントしてから開く。


 幼なじみとの十四年ぶりの再コンタクトは、あっけないものだった。


 上京をする際、幼なじみにさえ別れを言わず故郷を去った私にとって再び連絡するのはとても勇気がいったのに、章仁からの返事はいつも通り、いや、あのとき通りで拍子抜けした。


 さらに、私が何も言わず去ったことに対してもなんとも思っていない……東京行ってたんだ、くらいの軽い感じで返され逆にガッカリしてしまったが、早速章仁らしさを感じ懐かしくなった。


 さすがは私を熟知している幼なじみで、感動の挨拶もそこそこにいきなり「デートの台本を書いてほしい」なんてバカげた依頼を引き受けてくれたのだ。さらに話はとんとん拍子に進んでいき、三日前に台本があがってきたというわけだ。


 章仁は小学生の頃から、学校内外で作文コンテストが開催されれば片っ端から入賞するほど文章を書くのが上手だった。企業などが開催する公募と違って、まんべんなく学生に賞を取らせたい学校側からしたら、とても厄介な生徒だったに違いない。


 厄介と言えば見た目もそうだ。章仁は眼鏡にかかるほどのサラサラ前髪、そして色白という、いわゆる理系っぽい背格好なのだ。それが余計に教師を混乱させていたらしい。もちろん、勉強全般得意なことは前提だけど。


 幼い頃、彼から手紙をもらう度に、文字でなら章仁の思いがこんなにも伝わってくるのに、普段の彼からはまったく感じ取れず、そのギャップにジレンマを感じていたことを思い出す。大人になってギャップが生じる原理を少し理解できた気もする。


 二階にあるカフェのガラス窓から下を覗くと、まだ待ち合わせの三十分前だというのに、集合場所に向かって歩く空の姿が見えた。


 思わず台本を閉じて立ち上がろうとするが、このタイミングで出ていったら怪しすぎるのではないかと思い直した。傍から見たらさぞかし変な屈伸運動だっただろう。


 それと、さっきから開いているだけで本当は台本の内容なんて頭に入ってきていない。前日までの自分の暗記力を信じ、もう少しだけここから様子を伺うことにした。


 早速、サングラスをしたグラマラスな女性と身体の大きな外国人男性が一直線で空に向かって歩いてきて、何か尋ねている。


 今、空がいるその場所は私たち同様待ち合わせに使われることが多いのだろう、まるでポーズを指示されているかのように携帯を片手にひとり佇んでいる人が何人もいる。


 それなのに、どうしてこの外人二人組は彼を選んだんだろう? と思い浮かんだ疑問について考える暇もなく、その答えらしい空の行動が繰り広げられた。


 どうやら彼は道案内をしているようなのだが、右手人差し指でかまぼこみたいな半円を書くジェスチャーをすると同時にジャンプまでしていてなんともポップで愉快なガイドである。「ひとつ向こうの道路」と言っているんだろうな、とここからでも分かるくらいそれはそれは大きな身振りだった。

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