第40話 フロリアン王子との対決 2/3 白雪姫の王子様の正体

「ヘイ。サリー。

受刑者一万人を、この場にて召喚をお願いします。

パターンは四です」


フロリアン王子は、古代語でそう言った。


「承知しました。

パターン四で、受刑者一万人をこの場に召喚します。

危険ですから、その場を動かないようにお願いします」


黒い板がそう言う。

これも古代語だった。


黒い板がそう言うと同時に、真っ黒な影が黒い大釜から広がる。

水があふれて地面に広がるように、影は庭園を黒で覆っていく。

カタリーナたちを包囲するかのように地面をうその影は、光を一切反射せず、暗闇を切り取って敷き詰めたようだった。


「ヒイイイイ!!!」

「きゃああああ!!!」

「な、な、なんだあれは!!?」

「うわああああ!!!」


大地が漆黒の闇へと変わる光景を目の当たりにして、マルガレーテの侍女たちはこの世の終わりのような悲鳴を上げる。

侍女たちだけではない。

マルガレーテの護衛騎士たちまでが、一緒に悲鳴を上げる。


(オンブルの影と似た空間の揺らぎ……。

空間魔法みたいなものね)


唯一、カタリーナだけは冷静だった。

いくつもの感知魔法を発動させ、詳細に霊宝を分析する。


「あ、あ、あ、悪魔の軍勢だあああ!!!」

「うわあっ!!! うわあああっ!!!」

「きゃあああああ!!!」

「ちょっと王妃様!!! ヤバいって!!!」


護衛騎士や侍女たちが絶叫する。

護衛騎士にも侍女にも、尻餅を突いている者が何人もいる。

腰を抜かすほど彼らが驚いたのは、大地一面に広がったその暗闇から無数の悪魔がせり上がって来たからだ。


悪魔たちは、鎧兜よろいかぶとまとい、剣ややりを持っていた。

軍勢と呼ぶに相応ふさわしい様相、そして数だった。


二本足で立ち、二本の腕を持つその者たちは、姿形こそ人間のようであった。

しかしその顔色は、およそ生きている人間とは思えないほど生気がない。

そして、その目は赤く光っていた。


人間にしては、あまりに異質だった。

侍女や護衛たちの誰もが、自分たちと同種の生物だとは思えなかった。


「アンデッド!?」


侍女や護衛騎士が悲鳴を上げる中、カタリーナだけは冷静だった。

悪魔の軍勢の正体に気付いた彼女は、目を見開いて驚く。


これらの悪魔とよく似た者を、彼女は前世で見たことがあった。

魂はあるのに鼓動がない体、体内を循環する死気、赤く光る目、死体のように血の気を失った顔……。

感知魔法を含む各種方法によって得た彼らの特徴は、前世で死霊魔法師たちが使役していた不死者と酷似していた。


「……驚きです。

まさか、一目見て分かるほど詳しくご存知だとは」


フロリアン王子は彼女の博識さに舌を巻く。


(!!?)


「殿下っ!!

まさか、マルガレーテをアンデッドにするつもりなのかしらっ!?」


激しい詰問口調で、カタリーナが問いただす。

マルガレーテが狙われるなら、どういった形で狙われる可能性が高いのか。

セルビータたちの意見も聞き、カタリーナは以前よりそれを検討していた。


セルビータはこう言った。

『私たちは、魂にソウルコードを持つ方を主として認識します。

私たちのマスターになるためには、ソウルコードを得なくてはなりません。

ですが、たとえマスターを殺しても、ソウルコードを奪い取ることはできません。

マスターの資格を奪うのは、非常に困難です。

しかし、マスターになるのではなく、ただ私たちを自由に動かしたいだけなら、他に方法があります。

洗脳や色恋などの手段によりマスターの心、つまり魂を支配下に置いてしまえば良いのです。

この方法なら、マスターを介して間接的に私たちに命令を下せます』


前世では『猛悪の大魔女』と恐れられたカタリーナだ。

アンデッドを使役する死霊魔法の原理は、当然知っている。

死者の魂を縛り、その拘束を利用して使役するものだ。

つまり、マルガレーテの魂を支配下に置く術であり、まさにセルビータの言う抜け穴の一つだ。


(させないわ!! 絶対に!!)


カタリーナは強く決意する。


「そこまで気付かれるとは……。

うわさとは違って、驚くほど聡明そうめいな方ですね。

ご推察の通りです。

マルガレーテ王女には、これからアンデッドになってもらいます」


「そんなこと、絶対にさせないわ!」


カタリーナの目は怒りに満ちていた。

怒りのあまり、他国の王族を相手するときの言葉遣いさえ忘れてしまっていた。


可愛いマルガレーテを狙うだけでも、カタリーナにとっては絶対に許せないことだ。

その上、幼いマルガレーテを殺し、さらにアンデッドとして永劫えいごうに使役するというのだ。


アンデッドになるぐらいなら、奴隷になった方がずっとましだ。

どちらも道具として扱われることに変わりはないが、奴隷は死ねば解放される。

一方、アンデッドは死ぬこともできず、未来永劫、道具として使役され続ける。


「もしかして、白雪姫が生き返ったのって、アンデッドになっちゃった……てこと?」


目を見開くエミーリエが、ぽつりとつぶやく。


「先ほどのご質問にお答えしようと準備したのですが、もう半分以上を理解されているようですね。

それでは、残り半分をご説明しましょう。

王である父が重い腰を上げたのは、マルガレーテ王女の持つ霊宝の権能を私が教えたからです。

霊宝の権能を知ったからこそ、父は私をここに派遣したのです。

父や兄はきっと、私が王命に従ってマルガレーテ王女とともに霊宝を持ち帰ると思っているでしょう。

今頃、マルガレーテ王女の霊宝を自分たちが自由に使えると思って浮かれている頃だと思います。

それが、彼らの読み違いなのです」


『……今日までって、どういうことかしら?』

兄のスペアとして生きるのも今日までだと言ったフロリアン王子に、カタリーナがした質問だ。

その質問の直後、王子は悪魔の使役書ゴエティアを取り出し、悪魔の軍勢を呼び出した。

いきなりそんなことをしたのは、どうやらカタリーナの質問に答えるためだったようだ。


「読み違いって、どういうことかしら?」


「これが、その理由です」


また冥王の兜アイドス・キューネを使ったのだろう。

彼の手の中に突然、キューブ状の物が現れた。


現れたそれは、ガラスように透明な材質で、精巧に作り込まれた正確な立方体だった。

透明であるために中身も見える。

中にあるのは、果物らしきものだった。

半分は真紅でもう半分は純白で、色が縦にすっぱりと分かれた、これまで見たこともない奇妙な果実だった。


「何あれ!?

毒々しいバイカラーだけど、もしかして『トマト』!?」


カタリーナは見たこともない果物だったが、エミーリエには心当たりがあったようだ。

この世界にはない単語を口にする。


「それが、何なのかしら?」


「これは、禁断の異果アマン・アヴラッハという霊宝です.

悪魔の使役書ゴエティアが発掘されたとき、その近くでこれも大量に発掘されました。

この透明の箱から取り出すと、堪らなく美味しそうな匂いがして食べずにはいられないのですが、食べるとすぐに死んでしまいます。

恐ろしいことに、死ぬと分かっていても、匂いを嗅いでしまうと食べずにはいられないのです」


「毒殺用の霊宝ですのね?」


「毒殺に使えないこともありませんが、これで殺すとかじりかけの霊宝が現場に残ってしまいますからね。

この霊宝は王家所有のものだと少なくない者が知っていますから、王家による犯行だとすぐに分かってしまいます。

ですので、暗殺では使いものになりません。

これまで使い道がなかった霊宝でしたが……セルビータ様がこれの使い方をお教え下さったのです」


霊宝の使い方を教えたのはセルビータだと、フロリアン王子は明言した。

しかし、カタリーナには、セルビータを責める気持ちは一切なかった。


『僕の家族とか親戚とかにはさ、できるだけ親切にしてくれないか?』


前マスターは生前、家族や親戚を本機ベースに連れて来たことがあったそうだ。

部外者を警戒するセルビータたちに、前マスターはそう言った。

その命令を、彼女たちは神話の時代からずっと守り続けて来たのだ。


彼女たちの一途いちずな忠義を知り、ジビラは感動のあまり号泣していた。

涙こそ流さなかったが、カタリーナもその忠誠心に驚かされ、彼女たちに敬意を覚えた。


それを聞いても冷静だったのは、エミーリエだけだった。

彼女だけは「あー。アンドロイドならそうなるよね」と納得し、「早く命令の上書きしないとね」と即座に打開策を提案した。


彼女たちの忠義は、称賛されるべきものだ。

決して、批判されるべきものではない。

カタリーナはそう思っているから、セルビータの対処に一切不満はない。


「この霊宝は、僵屍キョンシーを作るためのものなのです」


僵屍キョンシーですって!?」


カタリーナは驚く。

彼女の前世にも、僵屍キョンシーは存在した。

かなりの手間を掛けて作る希少なアンデッドであり、高い魔法耐性と人間を凌駕りょうがする膂力りょりょくを持っていた。


王子の言う僵屍キョンシーが、前世の僵屍キョンシーと同じものなのかは分からない。

だが、警戒は必要だ。

カタリーナはそう考える。


「ねえ。セルビータちゃん。

僵屍キョンシーもアンデッドなんじゃないの?

アンデッドと僵屍キョンシーは、どう違うの?」


カタリーナ以外は僵屍キョンシーという言葉を知らなかったが、例外が一人いた。

エミーリエだ。

前世の知識がある彼女は、僵屍キョンシーを知っていた。

だが、詳しくは知らないようで、セルビータに尋ねている。


僵屍キョンシーもアンデッド、という理解で間違いはありません。

普通のアンデッドとの違いは、製造に際してあの薬剤を使用するかどうかです。

安価な労働力であるアンデッドですが、簡単に制御権を乗っ取られてしまうという大きな欠点があります。

それを防ぐために開発されたのが、あの果物のような薬剤です。

あれを食べさせることでアンデッド化した個体は、制御権の乗っ取りが困難となります。

そういった処理を施されたアンデッドを、僵屍キョンシーと言うのです。

それから、あの薬剤は、アンデッドの戦場投入を前提として開発されたものです。

セキュリティの向上だけではなく、戦闘力の飛躍的向上といった効果もあります。

戦闘力が高いことも、僵屍キョンシーの特徴の一つです」


「セルビータ様。

ご説明下さり、ありがとう存じます。

お陰様で手間が省けました」


フロリアン王子は、セルビータに丁重な礼を執る。

王権の象徴たる霊宝は、王族よりも地位が上だ。

コミュニケーションが可能な霊宝なら、王族であっても敬意を払うのが本来のマナーだ。


「セルビータ様のおっしゃった通り、この禁断の異果アマン・アヴラッハにはアンデッドの支配権を不動にする効果があります。

父や兄は自分たちが支配者になれると勘違いしていますが、彼らはそれを知らないのです!

セルビータ様にお教えいただいたことを、私が教えていませんから。

これを使えば、マルガレーテ王女を操れるのは私だけとなります!

民心を自在に支配する夢の霊宝は私の物になり、兄のスペアでしかなかった私が、今日から世界の支配者となるのです!」


実に楽しそうにフロリアン王子はそう言い、そして高らかにわらう。


(霊宝を自分の物にするために、ブルークゼーレ王国を利用したのね)


フロリアン王子の企み全貌を、カタリーナは把握する。


「も、もしかして、それが白雪姫の毒林檎どくりんご!?

王妃様が他所の国の霊宝なんて持ってるわけないし、じゃあ白雪姫に毒林檎食べさせた真犯人って、実は王子様だったの!?」


ふと気付いたことに、エミーリエが驚愕する。

それから彼女は「確かに、古い文献じゃ、トマトはPoison Appleポイズン・アップルだったわ」と独り言を言いつつ、うんうんと一人納得する。


「意外ですわね。

フロリアン殿下は、野心がないことで有名でしたのに、そんな野望をお持ちだったなんて」


「ははは。

野心がないのではありません。

そういう生き方を、せざるを得なかったのです。

父や兄はもちろん他の貴族も、国全体がスペアとして生きることを私に期待しているのです。

全方位からスペアとして生きることを望まれ、それにあらがうことができなかったのです。

ですが……それも今日で終わりです。

マルガレーテ王女の霊宝を使えば、国全体の考えが変わるでしょう。

私自身の華々しい活躍を、誰もが期待してくれるはずです!」


フロリアン王子はそう言ってわらった。

積年の恨みが晴らされたかのように、喜びの中に複雑な感慨かんがいも混じったような笑顔だった。


「はあ。贅沢ぜいたくな悩みだこと。

王太子のスペアなんて、平民なら大喜びで飛び付く破格の超好条件なのに。

それが嫌なんて、羨ましい限りだわ」


目線をあさっての方向に向け、エミーリエがぽつりとつぶやく。


エミーリエが王宮に来たのは、お金のためだった。

火事で家財と両親を失い、両親が商売のために借りた借金だけが残り、遊女に堕ちたくなくて王宮に飛び込んだのだ。

当然だが、そんな彼女からすれば、フロリアン王子の現状は相当な好条件だ。


エミーリエの一言は効いたようだ。

王子の笑顔が強張こわばり、ムッとしたことが見て取れる。


「……さて。

何も知らないまま殺されるのは、さすがにあわれだと思いご説明させていただきました。

この国がなぜ滅ぶのかもご説明したことですし、そろそろ良いでしょう?

皆様には、私が世界の覇者となるための踏み台となっていただきたいと思います」


そう言うと、フロリアン王子は丁寧な礼を執る。

別れの挨拶あいさつなのだろう。


「フロリアン殿下。

アンデッドは一万ほどでしょうか?

それで、勝てるとお思いですの?」


ころころと笑いながらカタリーナが言う。


「なに?」


この国の貴族たちがいばらつるに絡め取られても、これまで王子は、余裕綽々よゆうしゃくしゃくだった。

その顔には、常に微笑ほほえみが浮かんでいた。

カタリーナのその一言で、彼の顔から笑みが消える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る