第38話 ハインツの暗躍

「どうやって生き残ったのかしら?」


彼女を縛るいばらつるを解き、改めて騎士たちに拘束させてから、カタリーナはヴィルマに尋ねる。


「この首飾りのおかげです。

わたくしだけでも助かるようにって、母が家宝の呪術具を渡してくれたましたの。

これを使ってコルウィッツ家の兵士に化けてお城を抜け出して、それから商人に化けて街を出ました」


カタリーナの質問に答えるヴィルマは、涙ぐんでいた。

彼女の母親は、自分が助かるより娘が助かることを望んだ。

その愛の深さを想い出しているのだろう。


「でも、攻め入った家だって馬鹿じゃありません。

ボールシャイト家の人たちが領都を抜け出さないように、街から出る人を呪術具で変身していないか検査ぐらいはしてたんじゃないですか?」


「これは、ただ姿を変えるだけの呪術具ではありませんわ。

大抵の呪術では、それの使用を検知できない特別なものです。

万が一の際にも逃げられるようにと、ご先祖様が特別に作ったものですの」


ジビラの質問に、ヴィルマが答える。


「その変わり身の呪術具を使って、王宮に忍び込んだのかしら?」


「そうですわ」


「随分と凄い呪術具ね」


「本当です。驚きです」


カタリーナとジビラは舌を巻く。

変わり身や隠れ身の呪術具を使った不法侵入対策なら、どこの重要施設だってしている。

これらの対策は、もはや警備の常識だ。

特に対策の厳重な王宮にさえ忍び込めるなら、相当強力なものだ。

街の検問程度では、気付かれないだろう。


「なぜ、アショフ小侯爵を狙ったのかしら?

狙うなら、わたくしではなくて?」


カタリーナが尋ねる。


彼女の父親であるボールシャイト小侯爵は、庭園でカタリーナを襲おうとして逆にカタリーナによって殺された。

彼女の祖父であるボールシャイト侯爵、そして彼女の兄は、領地戦でカタリーナによって討ち取られた。

対してハインツは、彼女の関係者を誰も殺していない。


自分の方がよっぽど恨まれているはずだ。

カタリーナはそう考えていた。


「正直に申し上げれば、王妃殿下に思うところが全くないわけではありません。

ですが、領地戦は、お互い同意の上ですることです。

祖父や兄も、同意した上で参加しています。

もちろん、みなごろしにしてしまうのはやり過ぎだと思いますし、それに対する怒りもあります。

ですが、命を捨てても復讐したいと思うほどではありませんわ。

父については……自分でも調べてみましたの。

王宮の発表が信じられなくて……。

その……本当に、申し訳ありませんでした。

父に代わって謝罪しますわ。

同じ女として、到底赦せることではありません」


「ええ。謝罪を受け入れるわ」


カタリーナは同情してしまう。

調べてみたら、父親が本当に強姦魔だったのだ。

十三歳という多感な時期の少女には、相当ショックだったはずだ。


「ですから、王妃殿下に一矢報いたいという思いはありません。

赦せないのは、そこにいるその男です!

兵に化けて屋敷を抜け出す途中、将官たちが話しているのを聞きましたわ。

当家の滅亡を計画したのは、その男だって!

他の家を動かすために、アショフ家が多額の資金援助を他家にしたって!」


そういえば、領地戦が終わった後、ハインツは狼煙のろしを上げていた。

おそらく、あの狼煙のろしこそ作戦開始の合図だったのだろう。


謁見の間でコルウィッツ公爵らが領地没収を言い渡され、貴族家と王家との戦争が始まるかどうかというとき、領地を没収される家と王家が戦うなら王家の先鋒せんぽうとなって戦うと、アショフ侯爵は言った。

領地を没収される貴族たちは当時、アショフ侯爵に大層腹を立てていた。

もしヴィルマの言う通りだとすれば、彼らが怒るのも分かる。


領地を没収される羽目になったのは、アショフ家の要請に従って領地戦に参加した貴族家を侵攻したからだ。

にもかかわらずアショフ家は、領地を没収されないばかりか、あろうことか要請に応じた家を率先して滅ぼすと言ったのだ。

コルウィッツ公爵たちだって怒るだろう。

カタリーナはそんなことを考えた。


「仕方がなかったんですよ。

領地戦で王妃殿下を捕らえたときは、手荒なことをせず私に引き渡してほしいとお願いしたのに、ボールシャイト侯爵は断ったんですから。

王妃殿下を引き渡すのは慰みものにしてたっぷりと楽しんでから、なんて言われたら滅ぼすしかないでしょう?」


悪びれもせず、微笑みながらハインツはあっさりと認める。


「何を言うんですか!

祖父様じいさまは、そんなことしませんわ!」


ヴィルマは否定するが、これはハインツの言い分が事実だろう。

ボールシャイト小侯爵はカタリーナを襲おうとしたが、ボールシャイト侯爵もまた、オットマーの母親に対して似たようなことをしている。

さすが親子なだけあって、あの二人はよく似ている。

カタリーナはそう思ったが、ヴィルマの前なので口には出さなかった。


「まあ、目的は達しましたから満足ですわ。

その毒は一生、体から消えません。

生涯ずっと、毒で苦しみなさいませ。

文字通りの生き地獄を味わうと良いですわ」


ハインツとのしばらくの口論の後、ヴィルマはそう言ってわらう。


そんなヴィルマに、カタリーナは同情してしまう。

十三歳の貴族令嬢が一人生き残ったとしても、平穏に生きるのは難しい。

平民のように手に職があるわけでもないし、これまで着替えさえ一人ではしたことがなかったのだ。

持ち出した宝石などを売ってしまえば、生活さえ困難になってしまうだろう。


真っ暗な将来の展望しか描けない少女にはもう、復讐以外に道がなかったのだ。

前世の自分とよく似ている。

カタリーナはそう思った。


「このお話は、ここまでにしましょう?

それで、お話の途中だったけれど、この国が滅びるってどういうことかしら?」


「「えっ!?」」


カタリーナの言葉に、この話は初耳なジビラとヴィルマが驚く。


「フロリアン殿下です。

殿下は今日、この国を滅ぼすおつもりです。

王妃殿下。

もう私が一緒に逃げることはかないませんが、お一人だけでもお逃げください。

私はここに残っても殺されませんが、王妃殿下は違います。

どうか、お願いします」


床に座り込んで、壁に背中をもたれさせながらもハインツが言う。

毒で大分苦しそうだ。

もはやカタリーナを連れて逃げられる体調ではなく、彼の逃亡計画は破綻はたんしてしまっている。


「「ええっ!!?」」


ハインツの言葉に、今度はカタリーナを含めた全員が驚く。


「確かに、今日は各家からたくさんの武官が王宮に来ていますね。

まさか、その人たちを使って滅ぼすつもりなんでしょうかね?」


ジビラがそう言う。


カタリーナやフィーリップが二国間協議で忙しい中、フロリアン王子は会議を実務担当者に任せ、この国の貴族たち親睦を深めている。

今日は、王宮でちょっとしたパーティの真っ最中だ。

そして、今日のパーティでは、当主以外の出席者になぜか武官が多い。


「武官が多いと言っても、五十人程度でしょう?

その程度の人数で、しかも武装も解除しているのだから、脅威でも何でもないわ」


三の門で武装解除をしなくては、王宮の本郭には入ることができない。

普通に三の門から入ったなら、短剣さえ持ち込めない。


ヴィルマのように変わり身の呪術具を使えば、まぼろしで短剣を見えなくすることもできる。

しかし、王宮の呪術探知でも感知できないほど強力な呪術具は、そうあるものではない。


武官五十人は、ほぼ間違いなく全員丸腰だ。

鎧兜よろいかぶとで身を固め、長剣や槍を持つ近衛兵相手では、勝負にもならない。

よろいの上から殴っても、殴った方が逆に手を痛めるだけだし、素手では剣を受けることさえできない。


「あの……わたくし、パーティ参加者の武官のふりをして王宮に入って、パーティ会場まで案内されたから存じていますけど、わたくしが離れる頃には、皆様は鎧を着込み始めていましたわよ。

剣もありましたわ」


「なんですって!?」

「本当ですか!?」


ヴィルマの言葉に、カタリーナとジビラは驚く。


「どうやって武具を持ち込んだのかしら……」


冥王の兜アイドス・キューネですよ。

あの霊宝は、物を見えなくするだけではなく、消した物を持ち運ぶこともできるそうです」


「「「霊宝!?」」」


ハインツの説明に、カタリーナたちは驚きの声を上げる。


「はあ。そんなものを使われたら警備もお手上げですね。

でも、武装してもやっぱり戦力不足だと思いますよ。

たかが五十人程度じゃないですか。

丸腰じゃないなら近衛兵にも死傷者は出るでしょうけど、王宮を攻め落とすなんてとても無理です」


「フロリアン殿下は、どんな計画を立てているのかしら?」


ほっとした顔で楽観的なことを言うジビラとは対照的に、ハインツにそう尋ねるカタリーナの顔は深刻そのものだった。


「王妃殿下、お願いです。

逃げてください。

フロリアン殿下が用意した呪術無効化のお守りは、千人級です。

殿下の呪術も、間違いなく効きません」


千人級呪術具とは、千人の呪術師が自身の限界まで呪力を込めた呪術具のことだ。

カタリーナを襲撃したとき、ボールシャイト小侯爵も呪術無効化のお守りを持っていた。

あれは五十人級だったが、それでも凄まじく高価なものだ。

千人級ともなれば、その制作費は天文学的な数値となる。

大国の王子ならではの、恐ろしいほど高価な呪術具だ。


「どんな計画なの!

教えてほしいの!

お願い!」


カタリーナは腰を落とし、床に座り込むハインツに目を合わせると、彼の両肩をつかんで懇願する。

その表情は、今にも泣き出しそうなほど切羽詰まったものだった。


「……はあ。

そんな顔されたら、とても拒めませんね。

……最優先は、王女殿下の確保だと聞いてます。

この国を滅ぼすのは、それからになるそうです」


(!!?)


「ジビラ!

このことを、すぐ陛下に知らせてちょうだい!

急いで!」


「承知しました!

王妃殿下はどうされ……。

えええっ!!? 飛んでるっ!!?」


カタリーナの体がふわりと浮き上がると、物凄い勢いで飛び去って行った。

向かった方角は、王女宮の方だった。

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