10
表情にあらわれていないといいが、と寺岡は思った。人違いであってほしかった。
「画像、見れましたか? その男です」
「――ええ」
チームリーダーの言葉に、寺岡の反応はやや遅れた。
「どうかしましたか?」
「いえ。自分と年齢が近いんだなと思って」
寺岡の端末に転送されてきた画像に写っているのは、明らかに代田信哉だった。
「そのようです。まさか知り合いではないでしょう?」
チームリーダーは冗談めかして言った。カマをかけられている気配はない。「だったら話が早いんですけどね」と寺岡は笑った。
リーダーは自分も手元の端末を見ながら説明を始める。
「浅利さんが探しているのがその人物です。名前は石田信明」
「石田――」
「大まかな行動範囲はだいたい把握しています。石田と取引をしている人物からの情報です」
何の取引だろうか、と寺岡は思うが黙っておく。
「で、自分は何を?」
「次に取引に現れたときに尾行をしてもらいます。宮下君と野村君を同行させてください」
わずかながら寺岡は安堵する。自分を直接、信哉の前に晒さずに済むかもしれない。
「どうしても自宅がわかりません。リアルだけではなく、ネットでも彼に関する情報は極端に少ない。というか、ほとんどない」
寺岡はムダだとわかっていたが一応訊ねる。
「なぜ、この人物を?」
「浅利さんのビジネスのことは知っていますか?」
浅利はこの団体の幹部だ。サイドビジネスで簡易AⅠを使った風俗店をやっているという噂は聞いていた。本当の話ならばおそらく不法運用だ。だから、会員も話題することはお互いに避けている。そんな空気ができあがっていた。
「いいえ、あまり詳しいことは」
「ならば、それ以上知る必要もないと思います。石田という人物はそのビジネスに関わっています」
チームの仕事は、主に会員の身辺調査だったが、ときには際どいものになった。といっても、住居侵入のレベルだし、検挙されたこともまだない。ただ、もしも実際にそうした事態に陥ったときには、何も知らない方が身のためでもあるだろうという気はしていた。
寺岡は「なるほど」とだけ答えた。
二人きりの会議室にノックの音が響いた。
吉田利絵が小さなグラスを載せたトレイを持って入ってきた。事務的な薄い笑みを浮かべながら麦茶の入ったグラスをリーダーと寺岡の前に置く。
ドアの前で振り返り会釈をする彼女と視線が合う。
彼女はこのチームのことはほとんど何も知らない。しかし、寺岡が積極的に活動していることを喜んでくれていた。
彼女が会議室を出ていくとリーダーは言った。
「寺岡君、浅利さんはこのチームに期待している。一緒に頑張ろう」
「ええ。ありがとうございます」
寺岡からさほど力のこもった返事がないのはいつものことだったので、リーダーは気に留めることもなく「日時はあらためて連絡します」といって席を立った。
今日はこの件のために来たようなものだった。会議室を出てエントランスに向かうと、利絵はホールで待っていた。
「また何かあったの?」
「詳しいことは話せないんだ。いつものことだけど」
「そんなのいいよ」と利絵は笑った。
「ね、ご飯食べて帰らない? おいしそうなカレー屋さん見かけた。なんかね、普通の住宅地にいきなりあるの」
「ラヂィ、かな? あそこうまいよね」
「なんだ、知ってたの」
「この辺って以前は他にもいくつもカレー屋があってなかなかの激戦区だったんだ」
利絵に少し昔の話をしながら、寺岡は先日会った貢士のことを考える。
彼を失望させたくはない。しかし、信哉を見つけるのは自分たちの方が先になるだろう。団体は彼を見つけてどうするつもりなのだろうか。
「じゃ、連れてって?」
利絵が笑いかける。
「行ってみようか。おれも久しぶりだし」
二人はエントランスを出ると、いつも向かう駅とは違う方向へ、住宅地の中に歩いていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます