第十一章:「海の向こうから」
・11-1 第165話:「朗報:1」
タウゼント帝国とサーベト帝国は講和を結んだ。
それどころか友好的な関係さえ結び、両国間では速やかに通商が再開され、経済・軍事方面での協力が行われる。
その知らせは、かねてからの
タウゼント帝国の人々にとっては、これ以上ないほどの朗報として。
アルエット共和国を筆頭とする敵対者たちに対しては、悲報として。
共和国のアレクサンデル・ムナール将軍が発案し、実行した大陸封鎖令は、帝国に海軍力が欠如していることを突いた見事な作戦であった。
エドゥアルドたちはこれに対処しようと思っても自力ではどうすることもできず、経済封鎖によって国力は衰退し、その勢力は大幅に減衰する。
だが、延命されてしまった。
陸路を経由しての貿易は輸送手段を主に馬車に頼るしかない以上、その量は限定的なものとならざるを得ないが、それでも最低限のものは手に入れることができる。
経済封鎖だけでは戦力を削ぎきれないということで、帝国を屈服させるためには、別の手を打たなければならなくなった。
しかもそれは難しい、と来ている。
エドゥアルドは東の隣国であるオルリック王国とは以前から関係が良好であったし、今度は南東のサーベト帝国とも交流を復活させ、友好的な協力関係を構築した。
圧倒的に優勢な海軍力だけで倒せない、となると、やはり陸上からの攻撃が必要になって来る。
しかし、アルエット共和国とタウゼント帝国が争うのに当たって、背後に当たる二つの国家が帝国に味方をしてしまったことによって、陸戦だけで決着をつける芽は
先年、ムナール将軍は二十万以上もの兵力を動員して攻め込んできたが、エドゥアルドたちが防御に徹したために結局は攻めきれず、撤退している。
他国と同時侵攻をできない限り、共和国が単独で攻撃を仕掛けても、また、同じ結果になる可能性は高かった。
つまりは、手詰まりとなったのだ。
アルエット共和国はタウゼント帝国を単独で降伏させられるほどの力は持っておらず、同盟者を募って包囲しようとしても、味方の候補となるべき相手はすでに敵と友好関係を結んでしまっている。
もっとも、なす術がないのは、エドゥアルドの側も似たようなものではあった。
陸路での通商が再開したことで物資が決定的に不足する恐れはなくなったが、それでも、十分とは言えない。
あくまで、最低限。
なんとか生き延びることが出来るというだけで、逆転できるような切り札は持っていない。
すでに海軍の建設が始まっていたが、その完成は十年以上も先の話だ。
それまでの間は、自力ではアルエット共和国による経済封鎖を解くことはできない。
海路と陸路とでは、物資の輸送効率に大きな差がある。
ムナール将軍の大陸封鎖令を無効化しない限りは、帝国にとっての苦境は続くのだ。
(これからが、重要な時期だな……)
ヴェーゼンシュタットでの会談を終え、急いで帝都・トローンシュタットに戻ろうとする馬車に揺られながら、エドゥアルドは険しい表情をしていた。
あちらも、こちらも、互いに決め手を欠いている。
このままでは決着をつけることができないまま、ズルズルと時間だけが過ぎて行くことになるだろう。
その間に、何をするのか。
何ができるのか。
それによって、両国の明暗は分かれることになるはずだった。
十年待てば、タウゼント帝国には立派な海軍が誕生する。
それまで耐えれば、状況は間違いなく好転するだろう。
だが、エドゥアルドはそこまで待っているつもりはなかった。
ムナール将軍の大陸封鎖令によって屈服せざるを得なくなる、という事態は回避できたが、ダメージは間違いなく入り続けており、経済的な損失は無視できない。
代皇帝はこれまで、産業革命の進展により生産効率が向上し、高い経済成長率が続く、という前提で統治を行って来た。
たとえば、鉄道事業のために国債を発行したことなどだ。
このまま十年も、低い経済成長率が続けばどうなるのか。
国債の返済が滞れば、———この国の財政は、危なくなるかもしれない。
ヴェーゼンシュタットで講和交渉を行っていた際には、それを成立させることが最優先でまだ気がついてはいなかったが、こうしてあらためて先のことを考えてみると、大きな危険が待ち受けているのだと理解できる。
現状でもなんとかやって行けるが、やはり、経済封鎖の無い状態で国家の発展を促したい。
それができなければ、エドゥアルドの半生は低成長率による停滞による遅れを修正するために費やされてしまうだろう。
そうなればきっと、後悔をする。
もっと、大きなことが出来たはずなのに。
そう悔やみながら、多くの課題を次世代に引き継がせることとなってしまう。
まだ気の早い話であるのかもしれなかったが、馬車に揺られて移動している間は、景色を見ているか、どういうわけか居心地が悪そうにしているメイドの様子を眺めているくらいしかすることがない。
自然と考えごとに費やす時間が増え、どんどん、想像が飛躍していってしまう。
(イーンスラ王国が、なびいてくれればな……)
いったん頭を切り替えるために自身の髪をガシガシとかいた後、少年は窓枠にもたれかかり頬杖を突きながら、そのことを思う。
イーンスラ王国。
ヘルデン大陸の西方、海に浮かんだ島国。
強大な海軍を持っている。
かの国にとっては海洋権益こそが国家の命運を左右する重大事であり、それを保護するため、多くの軍艦を保有し、優秀な将兵を養っている。
もし、彼らまでも味方とすることが出来れば。
アルエット共和国に対する海軍力の劣勢を一挙に逆転することが出来、この経済封鎖も終わらせることが出来るだろう。
そう思って何度もアプローチをかけているのだが、今のところ、反応はよろしくない。
というのは、イーンスラ王国にとっては海上のことが大事であり、ヘルデン大陸上の勢力争いには関心がないからだ。
かつて、大陸のことだけを見て来たタウゼント帝国とは、ちょうど真逆。
このために、何度交渉を持ちかけても、真剣に考えてはもらえなかった。
だが、驚いたことに。
帝都・トローンシュタットへと帰り着いたエドゥアルドを、朗報が待っていた。
これまで我関せず、という態度を貫いていたイーンスラ王国が、突然にその態度を変え、帝国に対して使節団を送ってくることとなった、という報告を受けたのだ。
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