第60話 もっとお店を続けたい

「もう明日から学校ですか。

 お店終わるの、寂しいですわ……」



戸締りをして店を閉め、二人は家に帰る前、少し話そうと公園へと寄る。


先日デートをした際に行った広い公園は、人影もなくゆっくり話すにはぴったりだった。


ベンチに座ると、空腹でレベッカのお腹が鳴ったので、恥ずかしげに俯いていたら、クロードがちょっと待っていてくれと近くのパン屋へ寄り、夕飯がわりのサンドイッチとコーヒーを買ってきてくれた。


柔らかいパン生地と卵の優しい味が口いっぱいに広がり、パクパクと食べ進んでしまう。



「せっかく顧客もつき、うまく経営が回っていくところでしたのに、閉めてしまうなんて…」



もったいないな、とレベッカは好評だった自分の店を終えることに未練があった。


前世ならば、テナント代が高いから店舗展開を止めても、ネットショップをすれば、在庫を置いておく場所さえ確保できれば可能だ。


ただ、異世界ではネットも無いし配送システムも無い。


学生の本業として学校に通い勉学に励むしかないか、とため息をつきサンドイッチを口に運ぶレベッカ。


隣に座るクロードは、無言でホットコーヒーを飲んでいたが、



「休日だけ開店すればいいんじゃないか。

 テナント代は開けない日分もったいないが、今の売り上げの良さなら回るだろう」



しょげているレベッカを励ますように、静かに救済処置を提案するクロード。



「休む暇がなくて大変かもしれないが、俺も手伝う」



レベッカはクロードの横顔を見て、なんて頼りになる人なんだ、と改めて心から感謝した。



「わたくしは体力には自信があります、大丈夫です! わあ、嬉しい……!」



なぜなら前世では何連勤もして持ち帰り残業までしていた限界社畜だ。学校生活は夕方で終わるし、休みの日にまったり自分の店の接客をするぐらい、なんてことはない。


クロードはあくまでも、『レベッカの幸せが俺の幸せ』という信念を崩さぬつもりのようだ。


少しでもレベッカの顔が曇ると、すぐにその状況を打破する案を提示してくれる。


頼もしく、大切な、かけがえのない人だ。


彼の濃いブルーの瞳をそっと見つめると、心が温かくなるのを感じる。



「そうですわね、じゃあ学園を卒業するまでは『レベッカ・クローゼット』は学園の休日のみ開店にして、卒業してから毎日開店にしましょう。うふふ、楽しみ!」



ベンチに座っているレベッカが嬉しくてパタパタと足を鳴らす。


しかし、よく考えたら自分はエイブラム家の令嬢で、一人娘だったはずだ。


学生の遊びなら言い訳はつくが、卒業後、のんきに貴族が城下町で商売なんかしていていいのか?



「クロード様。普通、貴族の跡取りって、学園の卒業後は何をするのですか…?」



乙女ゲームのストーリーでは、在学中に意中のキャラと結ばれて終わりなので、その後の彼らの人生は分からない。


クロードは自身の銀髪を掻き上げ、視線を宙に向ける。



「そうだな。領主であれば広い土地の管理が必須だろう。屋敷の維持費や、執事やメイド達の賃金支払いもせねばいけないし、代々受け継がれたものを自分の代で失うわけにはいかないから、色々と忙しいだろうな」


「うう……そ、そうですわよね……」



サンドイッチの最後のひとかけらを食べ終え、レベッカは肩を落とす。


悪役令嬢レベッカ・エイブラムは、エイブラム家の一人娘のため、家を守るために教養高く礼儀正しい女だ、とゲームのキャラ紹介にも書いてあった。


服飾店の経営をしながら、自分の家も守らなければいけないとなると、体が一つでは足りない。


かといって、先日屋敷に帰った際に会った父親はとても優しい人だったので、自分の夢のために家族を裏切る不届者になりたくはない。

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