第57話 意地悪な人

開店初日にしては、上々の出だしであった。


その後も呼び込みの成果があってか、何人も店に立ち寄ってくれた。


貸し出しというシステムが珍しかったのか、これから恋人とデートに行く若い女性がネックレスを借りたり、久々に孫に会いに行く老紳士が背広を借りてくれた。


夕方には、一人目の客であるセリーヌが店へと戻ってきて、ライム色のワンピースを着てのお茶会はとても楽しかった、と嬉々として感動を伝えた。


元々着ていた白いワンピースに着替え、親しい友人たちにもこの店のことを勧めてみるわ、と上機嫌で帰るのを見送る。


閉店時間になったので入り口の看板をしまい、店じまいをした。


接客疲れでふと息をついたレベッカと、売りげの合計金額を計算し、目に見えるところの掃除をテキパキとを済ませたクロード。



「初日にしてはかなかよかったのではないか。

 さ、店を閉めよう」



閑古鳥が鳴き、誰も客が来ないという最悪の事態は免れたので、クロードの言葉にレベッカも頷く。電灯を消し、店の入り口へと向かう。



「そうですわね。特にセリーヌ様はメイクを含めて全身のコーディネートを気に入ってくださって、嬉しかったですわ」



優しい貴婦人は、また来てくれそうだった。ぜひ常連になってもらいたい、とレベッカは胸を震わせる。



「レンタルもいいですが、やはり私の作った服ももっと売り出したい。

 帰ってからまたハンドメイドします。

 あと、新しい形のワンピースも作りたいから、型紙や作り方の書かれている本を探さなきゃ」



指を折りながら、次にやるべきことを数えているレベッカ。


その様子を見ていクロードは、売上金を金庫にしまい、革靴の音を響かせてゆっくりと歩み寄る。


クロードはそっとレベッカを見下ろすと、親指で彼女の頬を撫でた。



「なっ、なんですの?」



急に間近で触れられて、驚いたレベッカは素っ頓狂な声をあげる。



「目の下に隈が出来ている。

 開店準備のために無理をしていたんだろう、今日は早く寝ることだ」



クロードは心配そうに、レベッカの顔色を気にしていた。


緊張と不安であまり昨晩は眠れなかった。自分でも自覚があり、目の下は厚めにコンシーラーを塗ったつもりだったが、見抜かれていたようだ。



「今日はゆっくり寝て、明日開店前に、学園の図書館へ一緒に行くのはどうだ。

 目当ての洋裁の本もあるかもしれない」


「ああ、それは良いですわね」



確かにあの広い図書館なら期待ができる。クロードの提案に頷くレベッカ。


電灯を消した店内には、窓から月明かりだけが差し込む。


薄暗い空間で、クロードはじっとレベッカを見つめた後、再び一歩踏み込んだ。


レベッカは目を瞑り、ぎゅっと体をこわばらせた。



次の瞬間、自分の右肩に、クロードが額をつけているのに気がつく。



「く、クロード様……?」



身長差ゆえ、クロードは背筋を丸め、うなだれる形になっている。



「君を抱きしめたい、と思ったのだが」



レベッカの肩にうなだれたクロードは、その胸の内を吐露する。



「……まだ俺は、店主に片想いする、ただの共同経営者だものな」



本当は抱きしめたかったのだろう。


しかし、レベッカがそれを察して体をこわばらせたのを見て、寸前で止めたようだ。


目の前の銀髪からは、彼の香りが漂う。



「――クロード様は」



心臓の音が聞こえないかと思いながら、レベッカは言葉を紡ぐ。



「クロード様は、私の大切な人です」



友人でも、恋人でも、夫婦でもない。


ただ、舞踏会で真っ直ぐにその思いを伝えてくれた。秘密を打ち明けてくれた。一緒に店を開いてくれた。


大切な人だということは、しっかり伝えたかった。



「そうか。それはよかった」



クロードは頷くと、体勢を起こし、至近距離でレベッカに微笑みかける。



高まる胸を抑えながら、レベッカは視線を合わせ、気になっていたことを問う。



「そういえばどうですか。

 まだ初日ですが、何かループする予兆などはありましたか?」



この店を開いた理由は、レベッカの幸せが俺の幸せだと言い切った彼が、レベッカの夢を叶えたいと言い出したからだ。


実際やってみてどうだったか純粋に問いかけると、クロードは顎に手を置き、首を捻る。



「そうだな、君が客の男と恋に落ちて、俺を捨てて逃げてしまったりしたら、またやり直したいと過去に戻るかもしれないな」



案に、今日は特にループする予兆はなかった、と言いたいようだ。



「そ、そんなこと、しませんわ」



レベッカは顔が赤くなるのを感じ、どもりながら目線を逸らす。



「……少し意地悪だったか?」



彼の好意は、たまに分かりづらく、時に意地悪だ。


薄暗い店内で、月明かりに照らされた銀髪の青年は、悪戯っ子のように微笑んで、レベッカの髪を優しく撫でた。

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