第43話 俺だけを見て欲しい

演奏の合間、そっとダンスフロアの端に彼女の手を引き、歩み出た。


中心ではエメラルドグリーンのタキシードを着たユリウスと、ラベンダー色のドレスを着たリリアが見つめ合っており、皇太子カップルの様子に全員が注目している。


人目にさらされないのはちょうど良い。


ゆっくりと次の曲のビオラの音が流れ出し、俺はステップを踏んだ。


手を取ったレベッカの動きがぎこちないので、緊張をしているのか尋ねると、男性と踊るのは初めてだからだと言う。


彼女が踊る初めての男になれて光栄だ。



「俺の目を見て」



ダンスは、目を合わせ呼吸も合わせるのが大事だ。


照れているのか、ずっと視線を下げ姿勢も曲げてしまった彼女の腰を抱く。


彼女の真紅の瞳に、俺の顔が写っている。妙に深刻で冷たい、冷徹公爵。


初めて一緒に踊るダンスに、俺も緊張しているだけだ。


目を合わせると、レベッカがステップを踏むのが上手になった。優雅にターンをすると、黒いレースの裾が弧を描き、美しい。


心臓の音と、呼吸の音と、甘い香りを至近距離で感じる。


ずっと、この時間が続けば良いのに。


追放令を出される君も、ユリウスにプロポーズされる君も、もう見たくない。



* * *




一曲は時間にしたら数分だったのだろう。


終わると、うっすらと彼女の額には汗が浮かんでいた。


失敗せず安心したように、息をつくレベッカに、夜風にあたろうとテラスへ誘った。


ボーイに頼み、水をグラスに入れてもらい、喉を乾いているだろうと先にテラスへ行ったレベッカへと持っていく。


月明かりに照らされ、手すりに手を置きぼんやり夜空を眺めている黒いドレスを着たレベッカは、月の化身かと思えるほど美しかった。


思わず立ち止まってしまった俺の姿に気がつくと、口角を上げて優しく微笑む。



「ふぅー緊張した……!」



俺から受け取ったグラスに口をつけ、水を一気飲みする姿も、なんだか新鮮だ。


レベッカの神秘的な紅く長い髪が、夜風を受け揺れていた。



「私が初めてのダンスの相手で申し訳ございません。

あんな泣き言言われたら、男性なら誘わざるを得ないですもんね」


貴族としての身分差を気にしているのか、ダンス初心者だったのが気まずかったのか、彼女は恥ずかしそうに俺の表情を伺い見ている。



「いや、嬉しかったよ」



何度も繰り返した抜け出せぬ地獄。永遠に繰り返される舞踏会での悲劇。


今回、リリアとレベッカは仲の良い友人となり、レベッカの悪い噂は流れなかった。


園庭を散歩し、図書室でたくさん会話をした。


彼女が俺にためにタキシードを作って渡してくれた。


それを着て、彼女と一緒に舞踏会で踊った。



「……夢みたいだ」



思わず口から本音がこぼれ落ちた。


もう戻りたくない。


ほっと気が抜けてしまったのと、押し込んで黙って耐えていた苦労や悲しみが溢れ出て、涙が滲みそうになってしまった。


それを隠すため、舞踏会用に固めて上げた前髪を指で触り、前に下ろし瞳を隠す。


レベッカに笑いかけると、俺の顔を見て少し驚いたようだった。


彼女が何か言おうとした瞬間、フロアの中で歓声が上がる。


振り返ると、ユリウスがリリアの手を取っており、丁度プロポーズをしているところのようだ。


何度も見た光景だからわかる。


だが、レベッカはそれに驚き声をあげ、プロポーズの様子を見ようとテラスから部屋の中に入ろうとしている。



咄嗟に、その手を掴んだ。



「行かないでくれ」



悲痛な俺の願いが、テラスに響く。



「……ユリウスのことを見ないでくれ」



レベッカは、驚いたように真紅の目を丸くした。


もう、抑えていた気持ちは止まらない。



「俺はずっと、君だけを見ていた。

何度も何度も、君と結ばれたくて、人生をやり直していたんだ」


役立たずの三男、皇太子の腰巾着、冷徹公爵が、初めてした恋。




「願いは一つだけだ。俺を選んでくれ、レベッカ」




その笑顔を、俺にだけ向けてくれ。


この世で一番愛しい少女の手を取り、そっと口付けた。

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