第40話 別人なのか?

じれったい日々が続き、少し焦りが出てきた頃。


廊下を歩いていたら、フラフラとした人影が見えた。


何やらダンスのステップを踏んでいるらしい、レベッカの姿だった。



「いち、に、のさーん、でターンして……」



ぶつぶつと独り言を言いながら、熱心に練習をしているようだ。


足元はおぼつかないし、姿勢は悪く、腕は伸びていない、ぎこちない様子だ。


背後の俺に気がつくことなく、目が回らないか心配になる程、くるくるとターンしている。



「くるっと回って…っきゃあ!」



危ない、と思った時には体が勝手に動いていた。


体勢を崩したレベッカに腕を伸ばし、その腰を咄嗟に支える。


レベッカは転ぶと思ったのか、体をこわばらせ目を閉じていたが、恐る恐る顔を上げた。


至近距離で、目が合う。



「まったく。君たちは廊下で転ぶことが決まりなのか?」



もっとスマートなことが言えれば良いのに。


事実、腕の中のレベッカは恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして謝ってきた。


もっと女性に気を遣わせないような言い方ができれば、と軽く自己嫌悪に陥る。


そっと体を起こしてあげると、レベッカの髪から甘い香りがした。


なぜ廊下でダンスをしていたのか聞くと、リリアがドレスを作るお礼に教えてくれたのだという。


一体、レベッカはどの男と踊るつもりなのだろう。


ユリウスはリリアを誘って成功したと言っていたし、他の誰と?


新しい運命の分岐が始まったのかと、内心がざわつき、奥歯を噛み締める。


俺の不機嫌な様子を訝しみながら、レベッカはダンスは苦手だと弱音を漏らす。



「男がうまければ、女性もステップを踏める。……手を」



嫉妬心に駆られた俺は、レベッカの細い手を取り、ワンステップ踊ってみる。


ライネス家の三男として恥を晒すなと、物心ついた時から徹底的に叩き込まれたダンスの技術。


くるりと一回転したレベッカは、呆然と俺のことを見上げてくる。



「こういうことだ。良いパートナーを見つけるといい」



どうせ俺は選ばれないという自虐心と、一体どの男がレベッカを誘ったんだという嫉妬心で、うまく笑えなかった。




* * *




舞踏会が近づき、学園の雰囲気は日に日に浮き足立っていく。


皆、ドレスの準備やパートナー探しで忙しいようだ。


放課後の喧騒の中、一人静かに考え事がしたかったので、最上階の一番奥の図書室へと向かう。




誰もいない図書室の奥の机にノートを広げ、頭の中を整理するようにメモを書き込んでいく。


ユリウスとリリアはお互い好意を持っており、舞踏会でおそらくユリウスがプロポーズする。


レベッカがリリアに靴を送ったことで二人の仲は良く、今回悪い噂は流れていない。




そこに『リリアとユリウスに嫌われていない→追放令は出ない?』と書き込む。


黒いペンで、次々と書き込んでいく。



『今までで一番良い展開』、『二度と繰り返さない』、『レベッカを守る』とペンを走らせていく。



その下に『レベッカの舞踏会のパートナーは?』と書き、動きを止めた。


文字に視線を落とし、考える。


無邪気に笑うレベッカの横顔。

服を作るのが好きで、ダンスは苦手で、俺にも気さくに話しかけてくる。


気高きエイブラム家の一人娘の第一印象とは、だいぶ違う。


俺は『レベッカ』という字を丸で囲むと、線を引っ張る。



そしてそこに、『別人?』と書き込んだ。

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