母親の死んだため富豪の叔父と暮らすことになりました

@kotomi_25

第1話 嫌な父親

 分厚いたくさんの本が入った段ボール箱にキツくガムテープを貼り、両手を箱の底に滑り込ませ、勢いよく持ち上げた。部屋の入口までそのまま持って行こうとしたのだけれども、本の重みに耐えきれずに、段ボール箱に貼られたガムテープが破れ、箱が左右にパカッと開き、分厚い本がユキの足に落下した。


「い!!……たぃ」


 ばらばらと本が散らばり、ユキは分厚い本の角がぶつかった足の甲を両手でつかんで、しゃがんだままうめき声をあげていた。

 痛みが和らぐまでしばらくそのままジッとしていた。痛みを我慢しながら立ち上がり、周りを見渡してため息をつく。

 部屋の中はほとんどの物が片付き、閑散としており、二週間前の生活感のある様子なんて全くなくなってしまっていた。高い本棚に入っていた本はもうほとんど残っていない、勉強机には高く積みあがった参考書や辞書があったのだが、それもない。ポールハンガーにはジャケット、コート、帽子、バッグ、雑然と掛けられていたけれども、今は重みが無くなったそれが気楽な顔をして、たたずんでいるだけ。

 そんな静かな部屋で、散らばった本を一冊一冊集めているとまたため息が漏れた。なぜならば、玄関の扉が開き誰かが入ってくる音がしたから。その人は一直線にユキの部屋までやってきて、迷いもなく扉を開けた。

 中年の男性用のラフなシャツを着た眼鏡をかけた男だった。ユキの父親で祐二という名前だ。ユキは祐二を見ると、俯いて本を集める手を速めた。


「アオイさんが来た」

「わかった」


 男はそう言ったきり、部屋を出て行こうとしたけれども、ユキを見て我慢が出来なくなったのか口を開いた。


「ユキ、本当に秋田高校を辞めるっていうのか」

「うん」


 そのはっきりした返事が気に食わなかったらしく祐二は眼鏡の奥で目を細めた。


「あんなに努力して入った高校なぜ辞める必要がある。学費ならお父さんが払う。暮らしはお父さんと、祐樹の家で暮らせばいいだろう。ユキの欲しい物は何でも買ってやる」


 息が詰まりそうなその空気にユキは喉がつっかえていた。


「私、叔父さんのところに行く」


 その返事がますます祐二を不機嫌にさせた。眉をひそめてドアノブを握りしめている。


「秋高をでれば、東大だって夢じゃないんだぞ。どうして辞める必要がある。留学したいなら留学だってさせてやる。東大じゃなくても、早稲田や慶應でも。お母さんの死が苦しくて勉強が嫌なら、せめて秋田南か、北か。どちらかに編入すればいい。偏差値を落とせば少しは楽になるだろ。それも嫌なら横手か」


 話が白熱すると感じたユキは本を集め終わり、近くにあった無傷の段ボールに詰めると、立ち上がり祐二の横をすり抜けた。


「叔父さんのところに行かなきゃ」


 廊下を歩き、ユキの部屋のすぐ隣の部屋に視線をやった。部屋の扉は開いたままで、中は二週間前と同じままだ。

 長くもない廊下を歩き、玄関の扉を開けると、冷気がユキの体を冷やした。玄関の前にはユキの母親であるユズヒによく似た顔立ち、叔父のアオイが立っていた。すっきりとした顔立ちに、紺色のジャケットに黒のパンツ。

 ユキを見るとアオイは寒いながらも、優しくにっこりと笑った。


「ユキちゃん、荷造りは大丈夫?」

「はい。あと少しで終わります」


 俯き元気の一つもないユキの後ろから祐二がやってきて、アオイに向けて外面の良い笑みを向けた。


「アオイさん。これから娘をよろしくお願いします。編入先の学校はどこか見つかりましたか?」

「はい、ユキちゃんと一緒に相談して、私の自宅に近い、女子高はどうかと思っています」


 それを聞き、間髪入れずに祐二は「偏差値はどれほどですか?」「東大合格者はどれぐらいですか?」と尋ねた。東京の高校ということで期待に目を輝かせている。東京ならば、田舎よりもいい高校、塾なんていくらでもある。

 そんな期待に応えられないためか、アオイは苦笑いをして視線をユキに変えた。


「五十五とか、それぐらいじゃないですかね。東大は、そうですね。でも、かなり自由度の高いフリーな学校ですよ」


 フリー、自由、その言葉を聞き、考えていた最低の想定より下だったとわかった祐二は口角を引きつらせ、嫌味ったらしく言った。


「アオイさんは経営者ですから、子供のことはあまりわからないでしょう。私が提案しても?」

「お父さん」


 ユキは手を握りしめて、祐二のことを睨みつけた。そんなユキの視線を無視して祐二は苦笑いをするアオイへ鋭い視線を向けた。


「アオイさん、ユキは偏差値が七十もあり、可能性が無限のように広がっているんですよ。だからこそ、もっと可能性が広がるような高校に入れてくれてはしれませんか?」


 父と叔父の間にユキは割り込み、祐二の肩を強く押した。


「私がその高校に入りたいって言ったの。だから、叔父さんに勧められたわけでもない。お父さんは何も知らないんだから。黙ってて」


 細い体でユキは毛を逆立てるようにして怒り、祐二を睨んで殺せそうなほどの眼力だった。父である祐二は眼鏡越しにユキのことを見て、目を細めた。


「ユキのことを思って言っているんだ。せっかく勉強ができるのに、それを潰すようなことをしてしまったら、とてもいいとは言えないだろう」

「お父さんは、自分や、お姉ちゃんやお兄ちゃんが東大に行けなかったからって、私を東大に行かせたいだけでしょ。自分の夢を私に押し付けないで」


 図星だった。はっきりと言い当てられて祐二は怒りを抑えるようにして手を握りしめた。


「まともな仕事に就けないで、後悔しても知らないぞ」

「東大入れなくて、ニートになったお兄ちゃんよりマシでしょ」


 癇癪を起した祐二は口を開いてから、すぐにぎゅっと閉じ「知らん!」と言って玄関の扉を勢いよく閉めた。締め出されたユキは、手をパーカーのポケットの中に突っ込み、アオイの方を申し訳なさそうに見た。


「すみません。空気悪くて」

「大丈夫だよ。追い出されちゃったし、ファミレスでも行こうか。好きな物頼んで」


 今までのことをまるでなかったことかのように、笑いかけた葵はコートのポケットの中から漆黒で太陽の光を反射するカードを取り出して見せた。

 そのカードを見てユキは目を丸くした。


「ブラックカードぉ♪なんでも買える~♪ブラック、ブラック、カ・ア・ド♪」


 おかしな音程でアオイは歌って見せた。


「見たいって言ってたから」

「でも、実際見てみると、ちっぽけですね」

「うん、僕もそう思う。これは魔法のカードだけど、何も知らないで見たら、普通のカードと一緒だ」


 アオイはブラックカードを財布の中に仕舞って、乗ってきたらしい車を指さした。

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