31 新しい人生(ナサニエル視点)

「そうではなくて、心から好きだから安易な道を選びたくないのです。私は自分の力で国王陛下から爵位をいただきたいと思っています」


 私の言葉は思いがけなかったのだろう。デリア嬢の美しい瞳が大きく見開かれた。


「ほぉーー。では、どのようにして叙爵しようと考えているのかね? 魔法省で活躍したとしても、叙爵するほどの手柄は立てにくいだろう」


「魔法騎士団に入団しようと考えています。実は数年前から古代魔法を研究していました。形態変化魔法や召喚魔法等です。今ならそれも使いこなせそうな気がしています。身体を毎日鍛えていたのも、夢を諦められなかったからです」


「だから、世界の至宝の身体なのね? でも騎士団なんて危険なのにっ」

 デリア嬢が頬を染めながら小さな声でつぶやいた。


(度々口にする『世界の至宝』ってなんだ?)


 首を傾げながらデリア嬢を見つめると、「ナサニエル様のおばかさんめっ」と、また呟かれた。多分、デリア嬢のその言葉は私への「大好き」と同義語だと気づく。やっぱり、たまらなく可愛い女性だ。


「魔法騎士団か。あちらは実戦だぞ。平民が魔法騎士団に初めて配属される部署は緊迫感があり、命の危険が潜んでいることが多い。魔物の森に行き魔物退治をすることもあれば、対立する国や組織の魔法使いとの戦いもあるだろう。わかっているのか?」


「はい。デリア嬢の価値は私の命よりも重い。大好きな女性は自分の力で得るものだと思います」


「デリアの婿に相応しい発言だな。私はナサニエル君を誇らしく思うぞ」


 グラフトン侯爵閣下は満足そうに私を見つめておっしゃった。


 ところが、グラフトン侯爵夫人とデリア嬢は難色を示した。


「私は反対! ナサニエル様の志は尊いですし、ご立派だと思います。ですが、大けがをしたり命を失う危険もあるのですよ? ナサニエル様が儚くなったら、私は未亡人になってしまうでしょう?」


「デリア。まだ婚約もしていないのよ。未亡人にはならないわ。でも、私も心配だわ。その志はとても素晴らしいと思うけれど。命はひとつだけなのですよ」


 グラフトン侯爵夫人もデリア嬢も、私のことを心配してくださるのはわかる。しかし、これだけは譲れない。


「申し訳ありません。ですが、どうかそうさせてください。私とデリア嬢のあいだに息子や娘が生まれた時に、その子たちに誇れる自分でいたい。私はグラフトン侯爵閣下のように、家族からも使用人からも尊敬される人物になりたいです」


「私たちの子供に誇れる・・・・・・もちろん、ナサニエル様のおっしゃる意味はわかりますわ。でも・・・・・・」


「皆でナサニエル君を応援してやろうじゃないか。これほど立派な男がいるか? デリアのために命まで賭けるといっているんだ」


「魔法騎士団に入ったらますます人気がでてきて、大商人の夫人たちはなお一層しつこくしてきますよ。お父様、ナサニエル様はグラフトン侯爵家に婿入り予定だと世に知らしめないと・・・・・・」


「大丈夫ですよ。誰に言い寄られてもデリア嬢以外は好きになりません」


「そんなことわかっているわ。ナサニエル様は好きにならなくても、あちらが絶対に好きになって追いかけ回すでしょう。それに魔法騎士団だと模擬試合があるわ」


 模擬試合は、魔法の技術や戦闘スキルを向上させるために重要な訓練の一環として行われることがよくある。確かに、そこには貴族のご令嬢たちが群がり、人気の高い騎士だとファンクラブができたりするらしい。


「心配性ですね。私などがそれほど人気者になるわけがないです。心は常にデリア嬢のもとにあります」


 デリア嬢は泣きそうな顔になり、私の手を握って首を横に振る。頭を撫でて落ち着かせていると、ぷくっと頬を膨らませて私を脅した。


「もしナサニエル様が先に亡くなったら、嫌いなものを毎日お供えします。私をひとりぼっちにしたら、天国では嫌いなものしか食べられませんからね」


「私は嫌いなものがないので大丈夫です。デリア嬢が墓前に置いてくれたものは、なんであっても嬉しい。それにデリア嬢をおいて先に逝くなどあり得ません」

 

 なぜか、私が死ぬ前提で話を進めるデリア嬢に苦笑しながらも、とても愛されていると感じた。これから、私の新しい人生が始まろうとしている。


 私の生まれたスローカム伯爵家はなくなった。家名さえも残らず、歴史には愚かな最後の当主の名前だけが刻まれるだろう。

 

 だが、私の家族はここにいる。グラフトン侯爵家の人々こそが、これから守るべき大事な真の家族なのだ!





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※次回、飯テロはいります。ビーフシチューを食べさせあう二人。魔法騎士団の制服をたくさんあつらえようとするグラフトン侯爵夫人。ますます大事にされるナサニエルです。

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