23 なぜ、グラフトン侯爵が怒ったんだ?(スローカム伯爵)視点)
ナサニエルに勘当を言い渡した。もちろん本気ではなかったし、あれは単なる脅し文句にすぎない。すぐに謝ってくることを期待したのに、涼しい顔で出て行った次男のことは、やはり生意気で好きにはなれなかった。
ナサニエルは明らかに隔世遺伝だろう。私の父上にそっくりなのだ。先代のスローカム伯爵は背が高く、それは麗しい容姿をしていた。きらめく金髪に、瞳の色は海のようなブルーとグリーンが混じり合う。美しすぎるその容姿を受け継いだのは兄上だった。
つまりだ、ナサニエルは兄上にも似ているわけさ。同じ学園に通った頃が一番辛かった。学園の至宝と謳われる美しい姿の兄に比べて、私はあまりにも平凡だった。学業、スポーツ、芸術、どれをとっても完璧な兄上に劣等感だけを感じて生きていた。
優秀すぎる兄上が憎いし疎ましい。もっと凡庸な兄だったら、どんなに楽だったか。わたしだって優秀なのだ。出来すぎる兄上を持っただけで、無能扱いされた自分が不憫だ。
だから、兄上が流行病で亡くなった時は少しも悲しくなかった。お陰で、次男の私がスローカム伯爵家を継げたのだから。
癪に障る兄上の記憶が鮮明に思い出されて、つい近くにあるテーブルを足で蹴り上げる。
「痛っ! くっ、くっそぉーー!」
どうせ蹴るのなら、クッションのような柔らかい物にしておけば良かった。
☆彡 ★彡
ナサニエルを勘当してから半月ほどが過ぎた。
「旦那様、裁判所から通知が来ております」
執事がわたしに王家の紋章入りの裁判所送達状を差し出す。貴族の罪を裁く場合は、王家も交えた慎重な判断が下されるのだ。私はスローカム伯爵家のサロンで、長男のマクソンスと妻の三人でお茶を飲んでいた。
「は? なんだこれは? グラフトン侯爵に詐欺罪で訴えられているぞ? ナサニエルと家庭教師が証人だと?」
送達状には釣書に添付した成績簿の偽造の件が記されていた。ナサニエルに証言されたら裁判で負ける。おまけにクラークの学費や慰謝料の件まで争う気らしい。
やはり、ナサニエルはグラフトン侯爵家に金を払わなかったのか。
自分の責任を放棄するとは、なんと勝手な息子だ!
「ナサニエルに会いに行くしかないでしょう。あいつに説教をしたほうが良いです。次男のくせに生意気すぎますよ。魔法省に勤務することじたい、出すぎなんですよ。私より目立つなんて許せない」
「魔法騎士団は諦めさせたが、魔法省にはどうしても行きたがった。確かに生意気だが、しようがあるまい。あいつは生まれつき優秀なのだ。しかし、裁判で証言なんてされてみろ。不味いことになるぞ」
☆彡 ★彡
翌日、私とマクソンスは王都の庁舎に向かった。昔は三日ほどかかった王都までの道のりも、馬が疲れないようにサポートする魔道具のお陰で、およそ半分の時間で到着できた。
省は政府や組織内で特定の職務や任務を担当する部門や組織を指す。私たちはエントランスで受付に向かうと、優雅な音楽が鳴り響くロビーを通り抜け、受付カウンターに到着した。
受付カウンターはクリスタルで作られ、その表面には微かに輝く魔法の模様が浮かび上がる。背後には大きなガラス窓が広がり、外の風景が庭園とともに透き通って見えた。受付が名前や目的を尋ねる。
「私はスローカム伯爵だ。息子のナサニエルに会いに来た。こっちはナサニエルの兄だ」
「何時のご予約ですか?」
「は? 予約だと? そんなもの、家族に必要ないだろう? こっちは急いでいるんだ。はやく会わせろ!」
「おや、スローカム伯爵の家族などここにはいないだろう?」
優雅に階段から降りてくる人物に思わず目を逸らした。私を訴えたグラフトン侯爵だったからだ。魔法省の上階は外務省だ。グラフトン侯爵が外務大臣だったことを失念していた。こんな偶然もあり得るということを考えるべきだった。
「グラフトン侯爵閣下、お会いできて光栄でございます。魔法省には息子のナサニエルがおります」
「勘当したと聞いたぞ。まさか、冗談でそのような言葉を口にはしまい?」
「ただの親子喧嘩です。ところで、あの成績簿の件ですが、確かにあれはナサニエルのものでした。申し訳ありません。弟思いのナサニエルの提案だったのですよ。もちろん、私は反対しました」
「そうです。全てが邪悪なナサニエルのせいで起きたことですよ。あいつがクラークのために自分の成績簿を偽造したのです。それでいて、弟に酷いことを言い愚行に走らせました。あいつは悪魔ですよ」
私は訴えを取り下げてくれるように願った。
とにかく全てナサニエルのせいにしよう。
他に名案が思いつかず、咄嗟についた嘘だった。
「なんだと?」
周囲の気温が急速に下がり、冷たい風が吹き始めた。周りの大気中には氷の結晶が花開くように形成され、私の身体が急速に冷えていくのを感じた。
なぜ、グラフトン侯爵はこれほど怒っているんだぁあーー?
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