第7話 とある男のブログの抜粋

4月8日 晴れ 

 今日から⚫⚫町での新しい生活が始まった。

 東京で記者としてがむしゃらに頑張ってきたけど、何が得られるわけでも無く。俺がどれだけ頑張っても、俺が社会における小さな小さな有っても無くてもいいような歯車の一部であることは変わらない。その事実に気づいたとき、なんだかもう疲れてしまった。

 そうなると仕事も生活もどうでも良くなって、いっそのこと全て投げ捨てて田舎で悠々自適な生活も悪くないなと思った。幸い、これまで頑張った分の貯金はある。思いついたが吉日。俺はすぐに準備をした。

 そして今日、⚫⚫町へとやってきた。豊かな自然。都会過ぎず、かといって田舎過ぎもしない町並み。何より心優しい町民の笑顔に、なんとなく癒やされた。交通の便は悪いけど、役所や病院、スーパーにコンビニは自宅から徒歩圏内にある。

 あ、その自宅だが、なかなかにイイ。二階建ての町営住宅を借りたがとても綺麗で、家具家電も新品があてがわれていた。俺は最高の町に来たのかも・・・・。

 今日からそんな最高の町での、悠々自適な生活をこのブログで綴っていく。


4月10日 晴れ

 今日は家庭菜園の手入れをしながら、これまで読まずに溜まっていた小説を三冊消化した。時間を気にせず土をいじり本を読む。最高の贅沢だ・・・。

 自宅の二階にあるベランダは結構広くて、町のシンボル『薬師山』に面している。ベランダにアウトドア用の椅子を置いて雄大な自然を眺めつつ本を読めるなんて、本当に幸せだー!


4月12日 曇り

 今日は空がどんよりと曇っていて気分も上がらない。気分転換に家の掃除をして、ゴミが出たのでゴミ捨てに行くと、近所のおばちゃん方に会った。

 軽く挨拶をすると、笑顔で挨拶を返してくれた。流れで世間話を少ししたんだが、町のこととかオススメの飲食店のこと、移住者が参加するべきイベントの情報など親切に色々教えてくれた。やはりこの町の住民は東京の人に比べると温かいなと感じた。

 その話の中で一つ不思議に思ったことがあって・・・。というのも、おばちゃん方は話の中で「『ことなり様』に感謝して」とか「『ことなり様』のために」って言うんだけど、『ことなり様』って何? 流石に気になって「その『ことなり様』って何ですか?」って聞いたんだけど、なんかいまいち要領を得ない回答しか帰ってこなくて、「守り神様だ」「この町を助けてくださる」「そのうち会える」なんて言われた。

 その時は深追いせずに、さっさと帰ったんだけど。正直、すごい気になっちゃって。久々に元記者の血が騒いだ。明日から近所の図書館とかに言って調べてみようと思う。


5月1日 雨

 あっという間に5月。俺は相変わらず『異形様』について調べてる。「異なる形」と書いて『異形様』。様々な形を取るからその名が付いたらしいが、どうも不思議な神?化物?である。そもそも起源が分からない。薬師山近くの資料館で見た本には山に住み着く人喰いの化物とある。でも、この前のおばちゃん方は「守り神様」と言っていた。元々化物だったのが守り神に? というかこの化物はどこから来た?分からないことが多すぎる。


5月12日 晴れ

 今日も今日とて『異形様』調べ。隣がうるさいなと思えば、どうやら俺と同じく都会から誰かが引っ越してきたらしい。隣の家の前にはおしゃれな家具を運び出す女の子の姿が見えた。

 その日の昼頃、「隣に引っ越してきた」と一家で挨拶に来た。引っ越してこられた一家のお父さんが俺に粗品として東京ばな奈を手渡して「移住者同士、仲良くしましょう」と言った。都会人にしては柔和な笑みを浮かべる彼に、俺も笑顔で「よろしくお願いします」と返した。


6月10日 雨

 俺は一つの答えを導き出した。『異形様とは神が変じた存在』ではないか?

 この町には異形様とは別に『薬師如来』の伝説がある。内容は平安時代に薬師如来によって疫病が鎮まり温泉が湧き出した、というもの。ありがちな伝承といった感じだが、いくつか気になる点がある。一つは『薬師如来』の伝説の後に『異形様』の伝説が突然現われたこと。『薬師如来』のように「疫病が流行ったから・・・」という前置きもなく、『異形様』は現われた。異形様という存在は薬師如来が変じた存在だからこそ、異形様には起源が、前置きがないのではないか。

 また、この薬師如来は「京の法師によって作られた」とあるが、どこの誰が作ったのか。どのように持ってきたのか。昔、具体的には平安時代の頃は今と違い道が整備されている訳ではなく、東北地方の人々が差別されていた時代。東北の一村落のために七尺もの大きさの仏像を創る者がいたのか、わざわざ持ってくる者が居たのか?

 俺の推測が、果たして合っているのかは分からない。まだまだ謎が多すぎる。一体、『異形様』ってなに?


10月10日 雨

 正直、疲れてきた。いくら考えても、何を調べても分からない。やっぱり俺は記者に向いてなかったんだと痛感した。暫く休もうと思う。


11月1日 晴れ

 「一緒にバーベキューでもどうですか?」と隣の方に誘われた。どうやら最初の挨拶以来姿を見せない俺を心配してくれていたらしい。最近はずっと家で調べ物してたからなぁ・・・。

 断るのも悪いなと思って参加したら、思いのほか楽しかった。お隣の方(ブログなんで仮にSさんとする)はとても気さくな方で、お酒も入ってたからかなり盛り上がっちゃってすぐに友達みたいになった。奥さんと娘さんもフレンドリーで優しくて。こんな負け組のおじさんとも仲良くしてくれるなんて・・・・。Sさん達の温かみに触れて、少し泣きそうになってしまった。


11月27日 曇り

 冬が近づいてきて、大分寒くなってきた。ゴミ出しに行くと、Sさんの奥さんがいて軽い世間話をした。

 どうやら最近、娘さんが学校でうまくいっていないらしく不登校気味らしい。他人事ではあるがまるで自分のことのように心が痛い。


12月1日 曇り

 今日は部屋で溜まっていた小説を消化した。午後四時近くなって辺りが大分くらくなってきた頃、ふと窓の外を見るとSさんの娘さんが歩いていた。周りには数人の同級生と思われる女子生徒がいて、娘さんは彼女達の荷物を持たされていた。心がきゅっと締まる感覚を覚える。ここで俺が出て行って注意してもいい、怒ってもいい。でもそれが原因で余計話がこじれたりいじめが酷くなっても困る。俺にはどうすることも出来ないのか・・・。


12月23日 雪

 朝、ドンドンと扉を叩かれ玄関を開けると、Sさんが立っていた。何も言わず彼は焦げたような黒い紙を見せてきた。「これに心当たりはありませんか」と尋ねられ、俺は首を振った。話を聞くと今朝、洗濯物を干そうと奥さんがベランダに出たところ置いてあったという。疑うつもりは無いが、一応俺に聞きに来たらしい。娘さんのこともあってかSさんはとても怒っていた。「もしかしたら娘に対する嫌がらせではないのか」と。俺はとりあえず落ち着くようにと彼を宥めた。

 そのベランダにあったという紙は全体的に黒く焦げていて元々なんだったのかは分からないが、よくよく見ると「お・・でとう・・・ざい・・・す」と所々に文字が見える。何はともあれとりあえず、俺は警察に相談することを勧めて「何か気づいたこと、見た事が有れば教えてください」と言い残してSさんは帰って行った。


12月24日 雪

 Sさん一家が失踪した。

 俺は見た。白かった。


12月25日 雪

 あの山にいる。

 確かめに行かないと


 


 この日を最後にブログの更新は止まっている。




 

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