第12話 息抜き
どのサラマンダーも息絶えた。
「さて、
二つあるサラマンダーの卵の内、片方にドラゴンの魂を入れる。もう片方には人間の魂を。
どこまで差が出るかは不明瞭だが、差が出たら質の良さそうな魂はなるべく使わない、出なかったら実験が楽になる。だから私はどう転んでも構わない。
多少時間は掛かるが、今回の結果によっては魔道具を使う事も視野に入れておこう。時間は有限なのだから無駄には出来ない。
サラマンダー達に長生きして貰いたい気持ちはあるが、無駄に長く生きられても私の研究が止まるから早く死んで貰いたいジレンマ。私もまだまだ人だなと認識して卵を結界の中に置けば、暇な時間が生まれる。
こういう時間の過ごし方として本を読んでも良いが、生憎この塔にある本は全て読み終えているし、持ってきた研究資料については頭に叩き込んである。
何かないだろうか。面白くて、暇を潰せるもの。
「ふむ」
無いな。
そんな都合の良いものは無い。サラマンダーの卵でお手玉をしても良いのだが、この体では数回目に落として割るだろう。
魔導溢れるこの国で暇を潰す方法が無いというのも面白い話だ。こんな事になるのなら
幾ら考えても妙案が湧かない。
ならば学園の探検といこうじゃないか。
最終手段だからまだまだ先に取っておきたかった暇の潰し方ではあるものの、こんなに暇なら仕方ない。
私は常に面白いものを求めている。二千年もの時が経てば嫌でも学園の構造は変わってるだろうし、早めに理解しておく事は大切だろう。これは仕方の無い探検なのだ。
何か娯楽さえあればなぁ。
娯楽や甘味などは何にも勝る
「という訳で私に同行する気はあるか?」
「……何も聞いてないし、何をするつもりだ?」
「察するのも役目だとも。暇なのだよ。言わせるな」
「いや、魔法の発動に慣れたいから今日は付き合えないぞ。明後日とかなら考えなくもないが……それよりも不老の為に研究しているんだろ? まさかもう終わったのか?」
「生憎まだだ。息抜きだよ。私は長く机に向き合うタイプでは無いからな。それじゃあ少し遊んでくる」
学園の正面から一つ一つ見て回るのも良い。しかし、どうせジャックは暇を持て余しているだろうから転移先は学園長室。
何か書類を書いているらしいが、私には気付いたのかジャックは書く手を止めて立ち上がる。
「当然の訪問失礼する。学園探索をするから――」
両脇に手を差し込まれて持ち上げられた。
この私をそんな扱いが出来るのはお前だけだ。腹黒い狸だったら股間を蹴り抜いていただろう。
「まあまあ、少し休憩といこうじゃないか。取り寄せたチョコやお菓子が余っていてね。どうだい?」
「頂こう」
チョコは偉大だ。
古来から何故か存在する嗜好品。程良い甘味と苦味が織りなす絶妙な味わいは至高の一品と呼んで差し支え無いだろう。勇者だった頃の世界には無かったからこの世界で独自に発展した嗜好品だと思われる。
最近――およそ三十年前にはホワイトチョコとやらも出来たらしい。私はチョコが好きなだけだから何かを言うつもりは無いけど、結局はシンプルな商品の方が美味いと思う。
ジャックが椅子に座ったのを確認してから私も向かい合う形で長いソファに腰掛ける。テーブルの上にはチョコ以外のお菓子も置かれていて、ジャックが何かしらの長方形の箱を開ける。
「何だそれは」
「あれ、知らない?
「むん?」
適当な箱を取って魔法を灯した指でなぞる。
これをしなくては文字を読めないというのは不便だが、こんな体で生きていれば慣れてくる。
文字を読み取ると、火炎の棒付きキャンディだと分かる。どの辺が火炎の要素なのかを確かめる為に取り出すと、飴が燃え始めた気配がする。熱くは無いが、温かい。一口舐めてみれば飴が溶けて舌に纏わりつく。
一気に食べるものでは無いな。
纏わりついた飴を咀嚼して未だ残る棒に付いた飴をジャックに渡す。
温かい飴は不味くはないが、格別に美味いという訳でもない。他にも色々あやかった商品があるらしい。
「ふむ、面白いな」
「君のもあるよ? これとか」
私は歴史が途絶えていなければチョコ好きな存在だと伝わるだろうから指でなぞって商品名を確かめると、簡潔に虫のチョコレートと書かれている。
箱を開けると何の変哲も無いチョコが出てくるが、何かの卵にも思えるそれを試しに耳元で振れば、何か粒の様な物が入っていると分かる。
卵から虫が生まれるのを再現しようとしているのだろうか? それなら龍をチョコにして少しずつ食べるとか、そういう商品にして欲しかったが、取り出して一つを口に入れると一気にチョコが溶けて私の口内で何かが完成する。
流石に一度入れた物を吐き出す真似はしないが、噛んでみると程良いパリパリとした食感。
何の虫を参考にしたのかは分からない。
しかし不味くは無いからもう一つ口に入れると今のと変わらない変化が起きる。変化パターンが一つなのは減点対象だが、不味くは無いから再び一つ放り込む。
「君のは基本的に美味しいけど、他の七帝のは癖が強いというか、奇を衒っているというか……」
「まあ、私達はそんな存在だからな。それよりも良い香りだ。私にも一杯頂けるかな?」
「喜んで」
他の奴らのお菓子に興味が無い訳ではないが、あいつらの性格を思い出すと真面なお菓子では無さそうだから今度食べる機会があれば頂くとしよう。
別に避けている訳では無い。断じて。
「はい、どうぞ」
「頂こう」
私好みの味だ。砂糖を入れて、良く練られたココア。甘ったるいくらいが丁度良いし、チョコを食べた後のココアは格別に美味い。
そして、私がお菓子を食べる為に来たのでは無いと思い出させてくれるのだからココアという飲み物は偉大だ。この歳では飲めないが、酒なんかよりも体に良いと私は考える。
カップを置いてから立ち上がり、杖を取り出す。
杖が無くとも歩けるが、私の様な小柄な目隠しをした人間が何も持たずに歩くというのは少しだけ違和感があると思う。だから杖を出した。
「学園の探索をしようと思っていた事を思い出した。何処か立ち寄ってはいけない場所はあるかな? 教室を開けて回る予定は無いから授業の邪魔をするつもりも無い」
「うーん……」
「無いなら行くぞ」
正確な今の時間は把握していないけど、昼前なのは確かだ。生徒と鉢合わせになるなんて事も無いだろうから安心して探索出来るから早く行きたいが、ジャックはうんうん唸りながら何かを言おうとしている。
これで何もなかったら暫く口を開けない様に呪いの一つでも掛けてやろうと思ったのも束の間、下に向けて唸っていた顔を上げて此方に向ける。
朗らかな笑みは普段と変わらないが、少しの心配が見て取れる。
「うん、昔と変わらないんじゃないかな。ただ、一つ問題があってね」
「問題?」
「君達の魔導が絡みあって学園は異界――ダンジョンの様な造りになっていてね。転移魔法のある君なら帰りは問題無いとは思うのだけど十二、三年前に迷子になった子が居てね」
「ふむ、そうか」
異界化させる様な魔導は何一つ組み込んでは居なかったと記憶しているが、アストラエアの尽き果てぬ想いがそれに応えた可能性が高い。彼女の力なら私達の予想を越えて何かを引き出すなど容易だからなぁ。
迷子になったと思えば転移魔法。
これを胸に探索をすれば問題は無いだろう。生徒と遭遇した時は学年を曖昧にするとか、魔法で隠れるとかすれば何とかなるだろうし、何も問題は無いな。
「それじゃあ行ってくる。あまり書類を溜めるなよ」
「あはは……いってらっしゃい」
部屋から出て杖をつきながら歩けば、授業をしているであろう部屋があったり、明らかに研究専用と思われる部屋があったりと中々面白い景色を見れた。それと同時に感じた違和感としては、外から感知した限りの広さと中身が合致しないというもの。これは異界化の影響かもしれない。
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