第10話-2 書人は籠の中

 ボディマーニ村の村長の家はすぐに見つかった。

 人に聞いて探すつもりではあったが、その村には塔と呼べる建物は1つしかなかったのだ。

 ロプたちは塔に近づき見上げる。石造りのその塔は蔓が蔓延ってはいるが、手入れされている様子がある。塔の周りには花が植えられていて、ただ閉じ込めるためだけに作られたものとは見えなかった。

 ふと、ジャンが塔の裏側から声が聞こえることに気付き、そちらに足を向ける。するとそこには少年がいた。ロプよりは年上の見た目だが、それでも幼さが残っている。少年がジャンに気付くとその目を吊り上げた。


「誰だお前! トルペを狙ってるのか!?」

「トルペ?」


 ジャンが首を傾げる。ジャンの背後から顔を出したラピュが少年を見る。


「他にも仲間がいるのか……っ!」

「待って、アスチルさん」


 足元の石を拾って投げようとした少年を止める少女の声が聞こえた。ラピュが少女の声がした方を見ると、塔に開けられた窓にその姿があった。

 赤みの強い黄色の髪を持ち、夕焼けを思い起こさせる瞳、そして何よりその色を際立たせるようにその肌は黒かった。彼女が村の女性が言っていた悪魔なのだろう。だが、その姿が悍ましいとはラピュは思わなかった。


「警戒させてごめんなさい。僕たちは今日ここにやってきた旅の者ですの」


 そう言ってジャン達を押しのけてロプが少年に挨拶をする。子供の姿のロプに警戒を解いたのか、少年も名を名乗る。少年はアスチルと名乗った。

 そして窓から身を乗り出す事もできない様子の黒い肌の少女はトルペと名乗った。


「旅の人、でしたか。私はここから出る事ができないので、中からの挨拶になる事お許しください」

「トルペが謝る必要はないよ。それに、あんたたちトルペの噂を聞いてやってきたんだろ」

「否定はできませんね」


 ロプが肩を竦めていると、ジュスティとラピュはトルペを窓越しにまじまじと見る。


「すごいです、本当に肌が黒いですね」

「日に焼けた、違う。そもそも、書人?」


 ラピュの書人との言葉にトルペが目を丸くする。


「書人を知っているのですか?」

「小生とラピュ殿は書人なんです」

「え、本当に? 見た限りではかなり成長しているように見えますが、書人なのにそんなに長く生きれるのですか?」


 トルペがジュスティとラピュに問い詰めようとするも、その間にアスチルが入った。


「お前ら、トルペを見世物みたいにするな! 失礼だろ!」

「そ、そのつもりはありませんでしたが、すみません。アスチル殿はトルペさんと仲が良いのですか?」


 ジュスティの言葉にトルペはフフンと自慢げに腕を組む。


「ああそうだ。俺はトルペの唯一の友達だ。偶然トルペに会ってからずっとこうして会いに来てる。皆はトルペのこと気味悪がってるけど、俺にはトルペはすごく美しくみえるんだ」


 アスチルの言葉にトルペは控えめに笑っているだけだ。その様子にジャンはなるほどと頷く。アスチルはまるでトルペに片想いしているようで、そしてその気持ちは届いていないのだろう。

 可哀相にとジャンがアスチルに哀れみの目を向けていた時だった。


「何をしている!!」


 背後から怒声が響き、全員の肩が跳ねる。ジャンが振り向くと、そこには1人の若い男性がいた。


「げっ、村長……」


 アスチルの呟きにロプは目を細め、村長に向かって一礼する。


「ボディマーニ村長様、御無礼をお許しを。僕たちはここにやってきましたのは」

「挨拶などいらん! この場からさっさと立ち去れ!」


 村長は怒りをそのままに腕を払う。その様子に取り付く島もないとロプは感じ、ジュスティの腕を引く。


「失礼いたしました。それでは」


 ロプが歩き出し、それにジャン達も続いた。

 しばらく歩いて村長の家から離れても、村長はロプたちがちゃんと立ち去るか確認するようにその場に立っていた。


「……アスチル、あれが村長なのね?」

「ああ。まだ若いけど、いい村長だってみんな言ってるよ。俺はそう思わないけど」


 アスチルはそう言って忌々し気に親指の爪を噛む。


「あいつ、ここにトルペを連れてきて、でもみんながトルペを嫌うから人目につかないようにあの塔に閉じ込めたんだ。トルペもそれを受け入れてるみたいだけど、トルペは外に出たいに決まってる!」

「…………」


 トルペの様子に、ジュスティとラピュは顔を見合わせた。




 その夜、宿の2つの部屋の扉が開かれる。部屋から出たジュスティとラピュは静かに扉を閉める。隣に並ぶ二部屋をとっていたので2人が合流するのはすぐだ。ジュスティとラピュはお互いに頷き合ってから、足音を忍ばせて宿から出た。

 そして誰もいない夜闇を駆け抜け、2人は村長の家に辿り着いた。付近に誰もいないのを確認してから、ラピュとジュスティはトルペがいた窓に近づく。そこにはトルペが窓の外の夜空を眺めている姿があった。


「トルペ」


 ラピュが声をかけて顔を出すと、トルペは驚いたように目を見開く。


「貴女は、旅人さんの」

「名前、ラピュ。こっちはジュスティ」

「ちゃんと名乗ってませんでしたね」


 ジュスティも顔を出し、トルペに笑顔を向けた。ラピュは窓から塔の中に入る。ジュスティも続こうとしたが、ジュスティの身体は窓を通らず、諦めて周囲を警戒する。


「昼間、ちゃんと話せなかった。トルペ、書人?」

「え、ええ。そうです。お2人も書人、なんですよね」


 トルペは胸に手を当てて、その手をぎゅっと握りしめる。


「あの、お2人は15歳を超えているように見えますが、あっていますか?」

「ん。ラピュ、19歳。ジュスティは28歳」

「……っ、なら、書人はもっと長く人の姿をとれるんですね!?」

「いえ、小生たちが特殊だという可能性があります。ほとんどの書人は15歳には人の姿をとれなくなります」


 ジュスティの言葉にトルペは表情を暗くする。ラピュはその様子に首を傾げた。


「トルペ、長く人の姿とりたい?」

「……ええ。私は、ずっとこの姿でありたいんです。私はもっと、もっとこの世界を見たい」


 そう言って目を閉じ、それからトルペはラピュを見る。


「ラピュさん、ジュスティさん、よければ私を夜の散歩に連れ出してくれませんか?」

「散歩?」

「私、この村をちゃんと見た事ないんです。人の視線が気になってしまって……。一度だけ、外に出たいんです」


 トルペの言葉に、ラピュは迷うことなく頷いた。ラピュはトルペの背中を押して窓に近づく。窓の向こう側にいたジュスティがトルペに手を差し出した。


「少し高くなってます。足元気をつけてください」


 ジュスティの手にトルペは少し驚いたように目を丸くしたが、その目を細めてジュスティの手を取った。

 2人の手によって、トルペは塔の外に出た。

 トルペは夜空を見上げ、目を輝かせた。


「すごい……広い空を眺めるのは久しぶりです。……私がいたリトゥアの図書院と、夜空は変わってないですね」

「ん。夜空はどこにいても変わらない」


 そう言ってラピュは、ジュスティが握っていないトルペの手を取る。そして2人はトルペを強すぎないように加減しながら引っ張った。


「折角外に出たんです。早く村の中に向かいましょう」

「すぐに気付かれて、戻される。それは避ける」


 2人の言葉にトルペは笑顔で頷き、2人と一緒に駆けだした。

 誰もいない村の中で、誰かに気付かれないように声を潜めながら、3人は歩き回った。人の目を気にする事もない状況にトルペは嬉しそうに、だが自由に歩き回った。


「アスチル、こうして外に出さない?」


 ラピュの問いにトルペは困ったように肩を竦める。


「アスチルは本当に私の事を思っているわけではないから。外に出してあげたいと口ばかりなのです」

「そうなのですか? トルペさんを大事そうにしているかと思いましたが」

「人と違う自分に酔っているような感じですもの。その証拠に、手に触れようとすれば逃げますし、口ではああ言っていても、私の事を怖れてるんでしょう」


 私も別に外に連れ出してくれる王子様を待っているわけではないですし。

 そう言ってから、トルペは嬉しそうに笑う。


「だから、ジュスティさんとラピュさんがこうして何も気にせずに私の手を握って下さるのは嬉しいんです。まるで図書院に戻ったみたい。私、今すごく幸せなんです」


 トルペは今にも踊り出しそうな程にその足取りが軽いものだった。その様子にジュスティは図書院にいた年下の書人たちのことを思い出してしまい、目を細めた。

 そうして、村中を歩きまわってから、ジュスティとラピュはトルペを塔に帰した。2人の手で塔の中に入ったトルペは2人に身体を向けて頭を下げた。


「ありがとうございました。お2人のおかげでいい思い出ができました」

「よかった。……できるならもっと外に出してあげたいですが、小生たちも旅に戻らないといけないので」

「いいんです。私は別にここから出たいわけじゃないんです。ただ、私がいる村を見たかった、それだけなんです」


 トルペは嬉しそうに笑う。


「私がこの姿でいられるまでに、美しい村を見たかった。それが叶えられて満足しています。私ももう11歳で、いつこの姿になれなくなるかわかりませんから」


 トルペの言葉にジュスティが表情を曇らせる。ラピュはいつもの無表情のまま、トルペに小指を差し出した。


「もし、私達が村に戻って、トルペいたら、また散歩行く。約束」


 ラピュの言葉にトルペは笑顔で返し、ラピュの小指に自分の小指を絡めさせた。


「じゃあ、また会いましょう、ラピュさん、ジュスティさん」

「うん。バイバイ、トルペ」

「はい。おやすみなさい」


 そう言って、トルペと別れ、ジュスティとラピュは宿に足を向ける。しかし目の前に何者かが現れてその足を止めた。

 そこに立っていたのは村長であった。怒鳴られるとジュスティが顔色を変えたが、村長から発されたのは怒声ではなかった。


「トルペと同じ、書人だったか」

「……え、あ、はい」


 予想外の言葉に思わず間抜けた返答をしてしまう。ジュスティたちが書人だとわかっているということは、トルペを散歩に連れ出す前の会話を聞いていたのだろうか。ジュスティが問う前に、村長は続けた。


「自分は、トルペを気に入ってこの村に連れてきた。なのに、トルペは村民に敵視されてしまい、自分はトルペを閉じ込めて守ることしかできなかった……。それが最善だとは思いたくない。自分は、トルペを自由にしてやるべきだろうか。外に、出してやった方がいいだろうか」


 村長のその言葉は、トルペを想っている言葉であるとジュスティは感じた。彼はトルペを守ろうとしているのだ。トルペを本当に思っていない者を遠ざけ、トルペが望んだなら外に出ることを黙認する。もしトルペが外に出たいと、この村を出たいと言えば、彼はきっと受け入れるのだろう。

 ジュスティは苦笑してみせた。


「彼女が望むときに出してあげたらいいんですよ。絶対にそうしなければいけないことはないです。……見た目が違っても、彼女は書人で、小生たちと同じで心があるんですから」


 ジュスティの言葉に村長は拳を握りしめ、ジュスティたちに背を向けた。


「考えて置こう。……感謝する、旅人の書人よ」


 そう言って、村長はその場から去って行った。


「ジュスティ、帰ろう」


 ラピュの言葉にジュスティが頷いた。

 ふと、何かの視線を感じてジュスティは振り返った。そこには1匹の黒猫がジュスティとラピュを見ていた。


「猫」


 ラピュも黒猫に気付き、近づいてその体を抱き上げた。黒猫は抵抗する様子もなく、ラピュの腕の中に納まった。


「可愛いですね」

「ん。飼い猫? 大人しい」

「どうでしょう。……連れて行くんですか?」

「宿まで」


 そう言って歩き出したラピュの後をジュスティは慌てて追いかけた。ラピュの肩に顎を乗せている黒猫を見て、ジュスティはロプが持っている革の鞄に黒猫のキーホルダーがついていたことを思い出した。

 ロプも黒猫が好きだろうか。それならこの黒猫を見たら喜ぶだろうか。そう考えているうちに宿まで辿り着く。ラピュが黒猫を抱えたまま宿の中に入ろうとしたが、黒猫はラピュの手をすり抜けて建物の隙間に入って行ってしまった。


「あ、逃げた」

「また会えるといいですね」


 そう言って2人が宿の中に入ろうとしたが、扉を開けた先に誰かが立っているのに気付いた。ラピュが声を上げる前に、それはラピュに抱き着いた。


「ラピュウウウウウウウウウウウウウウウウウ!! 何処に行ってたんだよ!!」


 近所迷惑な声を上げながらラピュに抱き着いたジャンはラピュに頬ずりをしている。それを受けているラピュは無表情ではあるが、不満を湛えているようにジュスティには見えた。ジュスティが宿の中に目を向けると、そこにロプがいた。


「2人でお出かけでもしていたのかしら?」


 その言葉には怒りが滲んでいる。ジュスティは渇いた笑みを向ける。


「すみません、主。散歩してきました」

「そう……。すっきりした顔してますわね」


 そう言ってロプはジュスティの太ももを軽く叩いた。


「これで許してあげますわ。……勝手に外に出るのはこれきりにしてくださいまし。ジャンをなだめるのが大変だったのよ」

「あはは……すみません、主」


 ロプはそれ以上ジュスティを責めることはなく、笑みを浮かべてから部屋に戻っていった。



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