第28話 破顔




「…………すきなの」

「……………………は?」



 短い言葉で簡潔に自分の想いを口にする。たった二文字の単語。けれどそれを声に出して伝えるのは、ひどく勇気がいるものであった。

 彼の反応を待つ間の一分一秒がやけに長く感じ、緊張からか手のひらには汗が溜まっていく。

 しかしながら彼は長い沈黙の後。冷たい声でわたしの言葉を切り捨てようとした。



「散々別れるだなんて言っておいて、誰が信じられる?」

「蓮くん」

「一花は別れようとしていたじゃないか! なのにどうして今更そんな嘘を吐くんだ」



 確かに彼からすればわたしの言動は急な心変わりだ。それを訝しむのは仕方がない。けれど、あからさまに嘘だと決めつけられるのは、わたしだってさすがに傷付く。


(ああ、もう……!)


 泣きそうになる自分に気が付いて、唇を噛み締める。そして推し黙ったわたしに彼は追い討ちを掛けようとしていた。



「どうせ『好き』だなんてこの場から逃げたいための嘘なんだろ。一花は残酷だよね。俺がきみを好きだと知っていて、好意を盾にして煙に撒こうとするんだから」

「……嘘じゃない」


 彼に拒絶されるたびに心が張り裂けそうになる。

 けれど、これは自分も彼にしてきた仕打ちだ。



(蓮くんもこんな気持ちだったの?)


 誰だって自分が想っている人に好意を否定されると悲しい。

 だというのに、わたしは彼の気持ちをろくに考えもせずに一方的に別れることを告げてきた。

 ならばこれはまさに因果応報。その報いをわたしが今、受けているに過ぎない。



(どうしたら、蓮くんに信じて貰える?)



 彼の顔はわたしが想いを告げてから伏せられており、様子を窺うことは出来なかった。

 だからこそ、わたしが今どんな顔をしているのか彼も知らないのだ。


 涙が粒となって溢れる。それを乱暴に拭って、彼の頬に手を伸ばす。

 無理矢理交えた視線の先で彼が戸惑いの表情を浮かべていた。



「いち、か。泣いて……」



 彼の言葉を奪うように口付ける。いくら言葉を重ねても無意味ならば、行動で示そうと思った。


 彼はまさかわたしからキスをするだなんて思いもしていなかったようで、目を限界まで見開いている。

 触れるだけのキスは呆気なく離れる。しかし、彼はわたしの言葉を聞く気になったようで、耳まで赤らめてじっとわたしを見やった。



「わたしは蓮くんが好き。どうしたら信じてくれる?」


 想いを疑われるのならば、わたしの好意の過程をゆっくりと伝えていく。

 なるだけ懇切丁寧に。もうすれ違わないようにーーその話を聞いて、ようやく彼は納得したらしい。


「もう良いから。一花が俺を好きになってくれたのは、良く分かったから」



 これ以上は心臓が保たないと彼は溢した。

 実際に彼の胸に頭を埋めてみると、彼の鼓動は破裂しそうな程に大きく音を立てている。

 そして、わたしから距離を詰めたからか、更に鼓動が早鳴る。



「……これが夢だったらどうしよう!」



 心底参ったといわんばかりに、顔に手を当てて天井を仰ぐ彼にわたしは微笑む。

 そして先程まで言えなかったことをようやく口にしたのだ。


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