第3話 罰ゲームの行方
(……朝から疲れた)
結論からいうとわたし達は連絡先を交換していない。というより、慌てて支度したためにスマホを家に忘れてしまっていたのだ。
取りに戻るという名目で彼との登校も免れた。もちろん彼も一緒に家まで戻るとは言っていたが、学校までの距離は既に半分近いところまで来ていたし、往復すれば遅刻ギリギリになるので――お昼ご飯を一緒に食べることとその場でスマホの電話番号を教えるということで二人での登校は諦めてもらった。
(お昼ご飯は葉山くんと一緒か〜)
幸い、待ち合わせ場所は今は使っていない空き教室だ。あの場所ならそこまで目立つことはないはず。
本音を言うなら行きたくない。だけど、もしも行かなかったら家まで迎えに来た葉山くんのことだ。教室まで訪ねてくるかもしれない。
既にわたしのスマホの電話番号は葉山くんに知られている。ついでにいうなら家まで取りに戻ってからスマホの画面を見てみたら、知らない番号からの着信が一件と、ご丁寧にショートメールで葉山くんが掛けてきたことを知らせてくれていたので、わたしも彼の電話番号を把握済みだ。
(わたしが葉山くんの恋人、ね)
わたしには荷が重すぎる。
彼はわたしのことをどうしようと思っているのだろうか。遊びにしては少し気合が入り過ぎている気がする。
けれど、今さらあの告白は罰ゲームだったんだよね、とは自分からは聞きにくい。
(……どうしたらいいの?)
考えても答えはでない――否、気付いているくせに面倒ごとを避けてしまった。
だからこの後、とびきり大きなバチがあたるのだ。
「良かった。来てくれたんだね」
「約束したんだから破らないよ」
昼休み、空き教室に到着すると既に葉山くんが待っていた。教室の真ん中に机と椅子が向かい合うように対峙してあった。どうやら彼が先にセッティングしたらしい。
彼はわたしの元まで近付き、そのまま教室の戸口に鍵を掛けた。
「水本さんとお昼一緒に出来るの嬉しいよ。俺はいつもこの教室で食べているけど、ここなら誰も来ないし静かに過ごせるんだ」
そういえば前に聞いたことがある。彼のファンクラブの会員達が、葉山くんとお昼を誰が一緒に過ごすか争奪戦になるほどの騒ぎになった、と。葉山くんから一喝された彼女らは、お昼休みの間は彼に関わらないようにするように誓約を立てたのだと。
ということは、もし他の人達にわたしがこの教室に入っていくところを見られたらファンクラブの人達に取り締まられるんじゃないか。
慌てて後ろを振り返って、他の人達の足音や話し声がないか耳をすませる。ここに来るまでの間、葉山くんとご飯を食べるということにいっぱいで周囲のことなんか気にしていなかったのだ。
そんなわたしの様子が面白かったのか彼は抑えきれないといわんばかりに吹き出してきた。じとり、と彼を見れば軽く謝れる。
「ごめん、ごめん。あんまりにも慌てるから。ここならお互いの教室より遠いし、人が来ることなんてほとんどないから大丈夫だよ。煩い奴らはここには来ない」
なんだか含みを持った言い方だったのに、誰も来ないという事実に安堵していたので気付くことはなかった。
「さぁ、食べよ」
「うん」
わたしはお弁当を取り出し、彼はコンビニ袋を取り出した。袋の中からは焼きそばパン、カレーパン、コロッケパンにわたしの拳骨くらいの大きさのおにぎり。形の歪さから察するにこちらはお手製のものらしい。
「水本さんのお弁当すごく美味しそうだね。自分で作っているの?」
「うん。でもお母さんの作った夜ご飯を余った分詰めたりしてきたから、わたしが作ったのは卵焼きとウインナーくらいだよ」
「それでもちゃんと用意するのは偉いよ。それに卵焼き綺麗に巻けてておいしそうだと思うよ」
「そうかな? あの、よかったら一つ食べる?」
じーっ、と卵焼きを見つめる葉山くんについ聞いてしまう。自分でも調子に乗ってしまったと思ったけれど、今さらあとには引けない。
(あ、葉山くんお箸持ってないんだった)
彼のお昼ご飯はパンとおにぎり。どちらも箸の必要はない。ということは彼が食べるというならば、わたしが使っていた箸を使うことになる。
――これって間接キスじゃない。
いや、昨日本当のキスをされたけれど。咄嗟に昨日の出来事がフラッシュバックしてしまい、頰に熱が集中する。
「……ねぇ、何を考えているの? やらしいな。顔が真っ赤だよ」
ふと、彼を見るといつのまにかわたしの頰を包み込んでいた。そしてそのまま親指でゆっくりとわたしの唇をなぞる。たったそれだけなのに彼がするとひどく艶やかな仕草に見える。
「は、やま……く、ん」
「……蓮だよ。せっかく恋人になったんだから名前で呼んで? 俺も一花って呼びたい」
ぞっとする程、綺麗な笑みで彼はこちらを見ている。ほら早く呼んでよ、と彼は催促しながら、もう一度わたしの唇をなぞった。
「……れんくん」
「うん、よく出来たね。こんなに頰を染めて、瞳を潤ませて――いちかは本当に食べてしまいたいくらい可愛いね」
「ひっ!」
思わず、悲鳴が飛び出たわたしを彼はなにが可笑しいのかクスクスと笑っている。そして彼はわたしの耳にこう囁いたのだ。
――ねぇ、一花。昨日の告白、罰ゲームなんかじゃないよ?
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