第35話 黒幕

 陽斗は、住所変更届を、彩芽はそれに加えて戸籍謄本申請書を記入して、一緒に窓口へ行く。

「お二人とも写真付きの身分証明書お願いします」

 一緒に、運転免許証を提示する。陽斗は、すんなりと終えたが、彩芽は、更なる確認をされた。

「姓が変わられたんですか?」

「はい。結婚しまして、姓が変わりました」

「では、謄本は、名前変更のために必要ということですね? 他に旧姓の身分証明書、前住所が書かれた書類等お持ちですか?」

 ちょうど、郵便物を回収してきておいて、よかった。彩芽が実家のポストから回収しておいたDMを出すと、担当者はそれぞれ丁寧に確認し、申請書を後ろへと回していた。

「では、この番号札をお持ちになって、そちらでお待ち下さい。番号、お呼びします」

 渡された二十八の番号札を手に、示された先の待合の椅子に腰かける。これで、無事に手続きは終えそうだと、ほうっと息をつくと、忘れていた手の中の存在が主張するようにガサっと音を立てた。


「気になる……」

 彩芽が紙袋の中にある茶封筒を睨み、唸り始める。

「待ってる時間暇だし、開けちゃう?」

「ハサミないだろ?」

「ちょうど、申請書書く台にあったんだよね」

 彩芽が指さした先。確かにハサミが見える。

 手持無沙汰になると、人の頭は奥に沈めて置いておいたものが、うずうずと動き始める。そうなると、どうしても頭の大部分をその出来事で埋まっていってしまう。彩芽と陽斗も、例外ではなかった。

 この茶封筒の中身。一刻も早く確認したい。

 ふうっと息を吐いて、陽斗は彩芽へ釘を刺して、立ち上がった。

「いいか? どんなことが書かれていても、ここでは騒ぐなよ」

「わかってる。陽斗もね?」

「もちろん」

 頷いて、二人でハサミが置いてある台へと向かう。彩芽が茶封筒を手に取り、封筒の上部にハサミを入れていく。いざ中身を取り出そうとした時「二十八番の方」と呼ばれた。

 

 二人は仕方なく封筒から意識を外して、紙袋へ戻す。そして、呼ばれた窓口へ向かった。

 窓口の女性の首から『水谷』というIDが下げられていて、その職員証の中の写真はとても穏やかな笑顔を浮かべていた。だが、今目の前にいる水谷は、とても難しい顔をしている。その違和感が緊張感を生んでいた。

 

「そちらの高島彩芽様は、婚姻届けを出されて、姓が変わったとお聞きしたのですが、お間違いないでしょうか?」

「はい。そうです」

「婚姻届を出されたのはこの役所で、お間違いないですか?」

「はい。代理で母が婚姻届を出しに」

 彩芽が答えると、水谷はさらに眉を寄せて、言いにくいが仕方ないと、申請した戸籍謄本を二人の前に見せてきた。

「こちらが、たった今申請された戸籍謄本です」

 普段あまり目にしない書類のため、目の前に出されてもあまりピンと来なかった。両親、自分の名前、住所がずらりと書かれている。ごく普通の書類にしか見えないのに、どうしてそんな顔をするのか不思議に思っていると、水谷は意を決したように息を吸った。

 

「婚姻届を提出された形跡がありませんでした」

 彼女の返答に彩芽と陽斗は、声もでなかった。

 ただ口をパクパクさせて固まってしまっている二人に水谷は、申し訳なさそうに言葉を重ねる。

 

「こちらの手違いでしたら、大変申し訳ないので、確認しているところですが……本当に、こちらへ婚姻届けを提出されていますか?」

「……十二月に私たちが直接提出したのではなく、母が提出しに来たはずで……」

「ここの市民課に勤めている道端悟志という職員がいると思うんですが、そいつへ確かに提出して、受理したと聞きました」

 陽斗が彩芽の説明に道端の名前を付け加えると、水谷の硬かった表情が、更に強張っていた。

「あの……道端は、私の同期でよく知っていますが」

 そして、彼女は静かに衝撃的な一言を添えていた。

「彼は土木課です」


 

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