第三十八話 愛、I(我)AI 〔中〕
人は時に、存在しないものに色を見る。
"黒"歴史、"赤"っ恥、”黄色”い声、”青”春────無論、歴史に色など無いし、恥にも声にも春にも実際には色は付いていない。
なんなら春に至ってはこの世界において概念すら存在しなくなって久しい。なーにがアオハルだ、こちとら灰色の汚染物質の冬だぞお前。桜の花びらの代わりに汚染物質が舞い散る雅な地獄こそが、この世界の春夏秋冬である。
普通はさ、転生モノってなんかこう……あるじゃん?学園パートみたいなのが。同年代の仲間たちと切磋琢磨したりとか、ちょっと甘酸っぱい空気に包まれてみたりとか。
だが残念!この青春ならぬディストピア灰春においては、学園の代わりに怪しくコポコポ言ってる巨大な試験管が、甘酸っぱい空気の代わりに無臭の緑色の培養液が与えられます!
その代わりに同年代の仲間はちゃんと居たけどね、同じ顔のクローンが。実戦投入されたクローンの寿命が1〜2年であることを考えると、多分俺以外全員死んでるので同窓会を開いたなら同じ顔の遺影が立ち並ぶシュールな光景になるのは間違いない。
閑話休題。
そこに無いものに、概念に、形なきものに人は色を見る。それは比喩表現によるものであり、あるいは────根源的な恐怖からなるもの。
死の色。終わりの色、果ての色。古来より、人はそれに黒を当てた。目を瞑った時、意識がなくなる時、死ねば何も語れぬが故に死に最も近いその状況に満ちた色を、死の色としたのである。
そして、今日も元気にこのブラック国家で酷使されつつ死に続けている死亡ソムリエ(現在の有資格者1名)の俺から言わせて貰えば、割とその認識は間違っていない。死ぬ時は目の前が真っ暗になるし、体の中から何かが奥深くに沈んでいくような感覚になるあれに色をつけるならば”黒”がふさわしい。
だが、しかし。この時、この瞬間において俺に迫り来る死の色は鮮やかな虹色であった。それもメルヘンな感じの方じゃなくて、やばい薬キメた時のトリップみたいな方のサイケデリックな虹色ね。
薙ぎ払うように解き放たれたその一閃は、無数の武具によって体を貫かれ、身動きの取れない増殖系焼き鳥ガールズこと偽課長(五人セット)を一瞬にして飲み込み、そしてついでとばかりにその近くに居た俺へも牙を剥く。
………死亡ソムリエだけではなく、死因ソムリエの資格を取っている俺から一つ言わせてもらいたい。
いやね、死因ランキングの1位はそりゃもちろん敵との交戦によるものだけれどね?それと張り合えるくらいの割と僅差の2位に『味方から殺される』があるのは異常だと思うんだ。どう思いますか?
『死ぬ方が悪いです。というかとっとと死んでください。』
『まぁ、気を付けてはいるんだけど……まさかあの程度で死ぬだなんて思わなくて……。』
『ハハハハハハハ!死にたまえ!』
俺が勝手に脳内で召喚した、真顔で親指を立てる
次の瞬間、虹色に染まった視界が晴れた。目の前には無数の武具で貫かれ、空中に固定されたままに顔を苦悶に染める少女達。くるりと時間は裏返り、死の巡礼に新たな一歩が刻まれる。
春音が剣を高らかに掲げ、七色の光を束ねて純白の光輝をその刃へと纏わせれば、薄暗い胡乱な闇に支配された廃墟の都市に差し込む一条の光。背負った翼も相まって、神々しさすら感じるその立ち姿はまるで世界に祝福されているかのようで───いいや、この世界はこいつの為にこそ存在している。
主人公、物語の主題。真実の追求という法則をその身に宿し、すべての過去が隠匿され、未来が独占されたこの世界に戦いを挑む少女。これは、正義が秩序を打倒する物語だ。
というか、こんな清純!潔白!純粋!みたいな溜めの後にあんなサイケデリック砲をぶっ放してくるとは。これがギャップ萌えという奴だろうか。
「
────響くは号砲。
背部や脚部に跳躍を補助するジェット噴射機構こそ仕込んではあるが、広範囲を無差別に薙ぎ払う虹の奔流から逃れるほどの飛距離は想定していない上に、加えて
つまりはいつも通りに絶体絶命、というわけだ。慣れ親しんだ死が迫る感覚。背筋がひりつき、クローンの戦意高揚の為に脳内に設けられた器官が自動的に脳内麻薬を分泌し、思考が冴え渡る。
そのせいだろうか、脳内では死因ランキングを更新しようと得点ボードの前で骸骨がウキウキとペンを片手に待っている幻覚すら投影される中、俺は左腕の肩へと指を這わせた。
金属が擦り合う音と共に、義手の肩にあたる部分から突出する異形の装備。真っ赤な日輪の国旗を側面に刻んだソレは春音による破壊の奔流が解き放たれたと同時、轟音と共に白煙と炎を撒き散らしながら俺の肩を離れ飛翔を開始する。
これなるは大東亜工業謹製個人携行用弾道ミサイル、
個人が携行可能な戦略的目標を精密に攻撃する手段として開発された
なぜ作ってる途中に気づかなかったのかは謎である。気づいてたけどノリでそのまま完成させちゃったんだろうか。というか、ノリで作ったものを搭載しないでほしい。この前の定期メンテの後に確認してみたら左肘の内側にピザカッターが収納されていたので、もう色々と手遅れな気はするが。
個人携行には不釣り合いな射程、噴射力、威力。どこに出しても恥ずかしい欠陥兵器だが、この瞬間においては正しく俺の命綱、救世主となりうる代物である。
一筋の光の矢となって、虹色の奔流が迫る死地から空中を目指して駆け上がるミサイル。そして同時、俺の体を浮遊感が包み込む。
側面に踊る日の丸のど真ん中に俺の左手首から射出されたワイヤーの先端がガッチリと食い込み、それに引きずられるようにして俺は超音速の世界へと足を踏み入れたのだった。
個人で扱うには過剰すぎる推進力に、意味のない超極大の射程。ソレが初めて日の目を見た瞬間である。……地下だけど。
まぁミサイルもロケットもたかが4文字違いの親戚みたいな物だしな!これはある意味想定の範囲内の使い方みたいな物だろう。
産廃ミサイルを活用した華麗なる回避術。瞬く間に上昇していく身体を包み込む浮遊感と共に、俺がさっきまでいた場所を薙ぎ払った七色の光に冷や汗を垂らす。
止まる気配もなく、縦横無尽に廃都の上空を駆け巡るこの光を見るに、明らかに春音は力の制御を失っている。というか、覚醒しすぎである。
魔神の亡骸、セフィラツリー。適合者の根幹にある“
それはこの世界がセフィラツリーの齎す新たな法則を拒んでいるからか、はたまた自身の本質を本能的に疎んでいる者だけが適合者となる故か。
まぁ、適合者の大半がその“
主人公、つまり春音は物語を進めていく上でキャラを攻略し、彼女等の底に眠る本質……本当の“
ラスボスたるブラック国家の元締め、暗黒腹黒幼女アマイモンとの語らいにより、自身の“
なの!だが!
この序盤にあるまじき火力、明らかに制御できていない力、どう考えても覚醒暴走パートである。
いや、俺も春音が覚醒するのは良いんだ。どっちにしろ完全不死身なパチモン課長達に囲まれていた状況では主人公としての覚醒を待つしかなかったからな。
だから『お前の本質を見つけろ』的な事言って少しでも自分の欲望に目を向けさせて、そこからお父さんの居場所をどうしても見つけるんだー!うおー!覚醒ィ〜!すごいビーム!みたいな流れにしようと思っていたのだが。
この破壊規模を見るに多分、おそらく、というかほぼ間違いなく、自分の根源的なナニカに触れてしまっている。
えぇ……自分探しの旅が得意すぎるだろ。通常、セフィラツリーの適合者は自分の本質みたいなのを自覚したとしてもすぐに目を逸らすか忘れてしまう。
あるいは一時的な覚醒……自身の本質の片鱗に気づき、瞬間的に力を上昇させることはあるが、それも此処まで長くは続かないだろう。
それは先述した通りの忌避感が成せる現象であり、春音が原作において自身の“
……うーん、考えても分からん!たまたま自分探しがめちゃくちゃ得意な時期だったのかもしれん。ほら、青春ってなんかそういう時あるじゃん。
そもそもこの新宿駅の地下の廃都に来た時点で原作から流れは大きく逸脱している。ならばこの中で俺がするべき事は一つだけだろう。
「………春音を、生きて地上まで連れて行く────!」
春音の背後、間違えて蛇口全開にした後に手を離したホースみたいに荒れ狂う光の射程外へと達した瞬間、上体を捻り、ワイヤーとミサイルを切り離す。
流れていく視界。もう何度目か分からん落下の感覚。それ等を諸々ひっくるめて意識の隅に追いやりながら、俺は視界の端に映る半透明の天秤のマークへと意識を向ける。
射程外から一瞬で接近し、そしてこちらに気づかれる前に無力化する必要がある以上、なるべく使いたくなかったが、仕方ない。俺一人でこの身体を十全に使うには限度がある。
「JDACS、オフラインにて起動。落下軌道計算開始、スラスター制御は任せた。目標は此方でマーキングする。視線トラッキングで捕捉しろ。」
『長らく起動されなかったので浮気を疑っていました。オフライン故、微力ですがサポートを開始します。』
響くは聞きなれた無感情な合成音声。最近変なユーモアを身につけ始めた電子の戦友が戦場の支配を開始する。
『マーキング捕捉、演算開始………完了。背部スラスター、及び反重力機構の制御開始。急な揺れにお気をつけください。』
──────刹那、加速。
俺の身体に仕込まれたあらゆる推進機器が、俺を定められた地点へと突き進ませる為に稼働する。装着者の人命なんぞ二の次の殺人的な加速はその甲斐あって、俺を轟音と共に春音の背後へと着地……いや、着弾させた。
濛々と舞う粉塵、なりふり構わずに周囲に光を振り撒く剣を握り締め、微動だにせず立ち尽くすその後ろ姿へと俺は───────
「ふんッッッッッ!!!!!」
男女平等チョップ!なーにが主人公だお前、その補正の百分の一でも良いから俺に寄越せよ!俺も覚醒して合法的に上司殴りたい!………いや、多分普通に負けるから良いかな……。
メンヘラを黙らせる事に定評のある俺の手刀が、的確に春音の色白な首筋へと叩き込まれる。斜め45度がコツです。ただしやる時は一発で決めないと逆襲で死ぬからやりたい奴が居たら気をつけろよ!
同時に起動させた暴徒鎮圧用の
急いでその体を支え、首筋に手をやれば確かに脈打つ拍動に胸を撫で下ろす。主人公殺して原作崩壊とかやってやれねぇからな……良かった。
『解析中……
良くなぁぁぁい!
『素晴らしい、朱羽亜門調整官。羽曳春音を確保。即時極刑の対象です。セーフティを解除します。』
無機質な極刑宣言が骨伝導で耳の中に響き、全身の武器の安全装置が解除される感覚の中で、俺はふらつきながらため息を吐くのだった。
◆
この都市が世界から隔離されて幾年が過ぎただろうか。
かつて星条旗が翻った白亜の居城の上で斜めに傾いた時計塔。その上で、“彼女”は虚ろな目で虚空を見つめていた。
過去、今、未来。全ての時間軸に偏在する魔神という生命は確定された死が訪れたとしても、その意識の残滓の様なものが残る。
遥か太古に死した魔神。この星に骸を埋め、数多の伝説や神話の源流となった始まりの魔神。その残留意識は、この世界のゴミ捨て場とでも言うべきどん詰まりの変わり映えのしない光景を見つめ続けていた。
何をするわけでもない、何かをする力が残っているわけでもない。
此処は忘れ去られた物が世界から切り捨てられ、行き着く場所。忘れられた歴史が、命が、建物が流れつき、朽ちていく地下の墓標。
この白亜の建物も、この時計塔も、どこかで歴史から消えた物。忘却の泡沫に溶けて、魔人の墓所を彩る墓石の一つとして行き着いたものである。
此処は永劫に続く牢獄。不死にして不老にして不滅なる魔神の亡骸が眠る場所。その中心にて、少女はぼーっと遠くを眺め続けていた。
揺れる銀の髪を廃墟の都市に広がる暗闇の中で唯一の月のように煌めかせながら、ふわぁ、と欠伸を一つ。
精神も不滅である魔神は狂うこともまた、あり得ない。永遠に不変であり、この星から全てのものが忘れ去られるまでこの墓地にて全てを見守り続ける。それが、彼女が自身に課した責務─────
その時、聞きなれぬ風切り音が響く。傀儡の兵か?それとも狂い果てた不死鳥どもか?いいや、どちらもこの辺りには踏み入らぬ筈。
「………何、かしら。」
ダウナーな雰囲気を纏った少女がゆらりと立ち上がり、下に真っ黒な隈が刻まれた瞳をゴシゴシと擦る。退屈と無気力に満ちたその目が凝らされ、遠方から迫る何かを捉えたその瞬間、怠そうに半分閉ざされていたその瞳は驚愕に見開かれる。
「え?」
それは、ミサイルであった。寝耳にミサイルであった。
目標が設定されずに発射されたミサイルはその場において、最も破壊すべき─────つまりは最も大規模な構造物へと突き進んでいた。
突入角度と速度を最適化することで最大限の貫徹力を確保しながらミサイルは目標に接近し、先端に装備された徹甲弾頭が作用を開始する。
衝撃センサーが感知し、瞬時に信管が作動。数ミリ秒の遅延の後、内部に搭載された炸薬が起爆した。炸薬は、爆速の高いHMX(ヘキソジェン)を使用しており、極めて強力な爆風と高温を瞬間的に発生させる。爆風は衝撃波となって、周囲のあらゆる物を破壊の中に叩き込み──────
「えっ、えっ、えっ、ええぇぇぇぇ!?」
魔神の亡骸、遥か上方でお嬢様レスリングを繰り広げている
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます