第三十三話 包囲戦

紅蓮の花弁が花開き、廃墟を構成していた朽ち果てたビルの一角が爆発と共に崩れ落ちる。


無数の瓦礫が重力に導かれるままに落下を開始し、十数メートルの高みから物理法則により与えられたエネルギーを満遍なく破壊として振り撒きながら降り注いだ。


雷鳴の如き轟音と共に来たる圧倒的な物量。明確にして慣れ親しんだ“死”の感覚を前に、俺は手元のデバイスに踊る文字列に目を奪われていた。


【スキャン完了:一件該当あり】

【該当兵器:視覚的認識干渉フィールド】

【開発コード:合衆国ステイツ


それは要塞や基地を視覚的に隠匿するフィールドを構築する兵器。だが、余りにも旧式に過ぎる。


サブリミナル映像により無意識に認識を逸らすでも、其処に何も無いという欺瞞映像イリュージョンを投影するでもなく、ただ闇で覆うだけ?


少なくとも今の戦場ではそんな中途半端な隠形は通用する事はあり得ない。こんなものが通用するとするならば、それこそ超常技術が発展途上であった戦前くらいのもの。ならば何故そんな骨董品がレベリング用のダンジョンの地下なんぞにあるのか。


うーん、厄ネタの臭いしかしない。最近、厄ネタの臭いばっかり嗅いでるせいで鼻が麻痺しつつある。つーか、大戦の時に国土ごとぶっ飛んだ超大国がこんな地の底で何をやっているってんだ?


もしかしたらこの世界でのアメリカは、南極とか月の裏側とかでちょび髭美大落ちの勢力が世界征服企んでるのと同じ様な枠にいるのかもしれない──────


「危ない!」


降り注ぐ瓦礫の前で走馬灯気味に引き伸ばされた思考は、切羽詰まった声と共に俺の首へと加えられた衝撃により中断された。思い切り掴まれた襟首がそのまま首吊り縄の要領で俺の頚椎を圧迫すると共に凄まじいスピードで地面から足が離れていく。


「今の待ち伏せ!?というかこの街なに!?そもそも敵がいるの!?」


止めろ止めろ。そんな一気に話しかけるな!俺が知りたいわそんなもん!

しかしまぁ、腐っても主人公と言ったところだろう。俺の首根っこを掴んだままに翼を羽ばたかせ、落下する瓦礫を縫うように避けながらひたすらに上を目指している。


それは空を駆ける燕の如く、人が単身にて空を飛ぶというイカロスより連綿と続く夢想を体現するが如く────


つまりは俺の首を掴んだままに芸術的なまでの空中起動を行う事で、俺の首と三半規管への多大なるダメージを与え続けているという事なのだ。おごごごごご!首が締まる脳が揺れる死に瀕する!


そして悲しいことに走馬灯のほとんどが死に戻りデッドレース最中の記憶!チクショー!ぜってぇ公務員辞めてこの世界から出て行ってやるからな!


そんな俺の思考を他所に春音は俺をボロ雑巾の様に振り回しながら瓦礫を避け続け、そして至るはこの都市の真上。檸檬色の翼を広げ、この荒廃した都市の全てを見下ろす高みへと彼女はその細腕に見合わない力で俺を持ち上げたのだった。


空を舞う春音とその手にぶら下げられた俺。猛禽類が獲物をその足で掴んで運んでいる様な光景を無数の眼窩が見つめているかのように、廃ビルの割れた窓ガラスが彼方此方で仄かな光を反射したその瞬間、その窓をぶち破る轟音と共に閃光が迸る。


空気を切り裂き、ここまで届くはずのない硝煙の香りを幻嗅させる程に俺の身体に染み込んだ鉄火場の気配が瞬く間に周囲一帯に立ち込める。一箇所や二か所ではない、空中を飛行する俺達を射線で包囲するかの様に複数のビル群から撒き散らされる弾幕は憎たらしい程に正確に俺達を補足していた。


「くぅッ……!」

「降下するべきだ、このままでは良い的になる。撃ち落とされるぞ。」

「分かってる!でもそんな……!暇っ、無いってば!下を目指しても落とされちゃう!」


翼を折りたたみ、苦悶の声を漏らしながら空中を駆け抜ける春音。


義手と義足を引っ付けたお荷物────つまりは空中での移動手段を持たない俺────をぶら下げながらも一切その速度を落とす事なく、アクロバティックな動きで照準を撹乱すべく縦横無尽に羽ばたくその力と技量は正しく“天空を支配する”と言っても差し支えない優雅さと力強さに満ちた光景だろう。


だが、それでも。今俺たちを狙っている奴等には対抗できない。


虚空の暗闇を切り裂く曳光弾が残像を引きずりながら飛翔し、それが翼へと掠り檸檬色の羽毛が花弁が散る様に撒き散らされる。歯を食いしばり、限界を超える速度で空を駆ける春音は成程、この場における何者よりも速さにおいてその圧倒的な優位性を確保している。


しかし俺達を狙うべく下に陣取っている奴等……そいつらが合衆国ステイツの亡霊かどうかはまだ定かではないが、奴等は圧倒的な弾幕による圧殺を此方へと仕掛けている。


廃ビルのいたる場所から無尽蔵に放たれる弾丸は面制圧の極致と言う他ない。


幾ら線での動きが素早かろうが、同時に面を捉える攻撃をされて仕舞えばいつかは被弾の憂き目に遭う事は間違いない。


「こん、のッ─────!」


それを理解していたのか、それともただこの状態を愚直に打破せんとする足掻きか。少女らしい鈴を鳴らす様な声で紡がれた勇ましい怒号と共に、その手に握られた無数のカットを内包した水晶の大剣が眩いばかりの極光を放つ。


天庭聖秩イッシム!」


その言葉に導かれる様に、水晶の煌めきが溢れ出す。弾ける光が幾つもの光線となって空中から降り注ぐその光景は天から下される罰を思わせる。


それは複数の敵と対峙した時に用いられるいわゆる“雑魚狩り”の為の技であり、一度に大量の敵を相手とする遠距離戦……即ち今のような状況において効果を発揮する攻撃である。


春音の手に握られた大剣から放たれた幾つもの光の筋が、此方へと弾丸を振り撒いていた火点たる廃ビルへと突き刺さるその光景へと大剣を構えながら、春音はぽつりと言葉を漏らす。


「やった………?」


あ"っ、馬鹿っ、テメェ!なんでそう軽々とフラグを……!


お手本の様なフラグ建築には匠(死神)の粋な殺意が当然の様に隠されており、待ってましたとばかりに再び無数の弾幕が俺達を包み込まんと放たれる。


「わ、わっ、なんでっ!?撃ってる場所を狙ったのに!」

「あれは常に移動しながらの狙撃だ!火点を狙っても意味がない!撃った瞬間には移動しているからな!」


そもそも、多すぎる火点の数に比べて攻撃総数が少ないのだ。子供のリュックについたままにぶん回されるキーホルダーの様に、春音のアクロバティック軌道に振り回される俺の視界を収めた視神経に直結している画像解析システムによれば廃ビル群の中の火点の数は優に百に迫りかけている。


だが、其れ等の火点が全て同時に攻撃してくる事はない。その時点で発砲している火点はその総数の数分の一程。同時に射撃した方がより濃密な弾幕を張れるのにも関わらず、奴等はそれをしない。


それは、つまり──────


「奴等はビルの中を常に動き回りながら此方を正確に狙い続けている!さっきまで火点だった場所を攻撃したところでそこには誰もいない!」

「じゃあ……ビルごと破壊するしかないってコト!?」

「この周辺のビル全てを一度に破壊できるならな!“今の”お前じゃ無理だろう!」


先程彼女が使用した天庭聖秩イッシムの上位互換に当たる天獄浄罪ネツィヴ・メラーならば周囲に極太レーザーをぶち撒ける事による一斉殲滅が可能なのだろうが、こいつが解放されるのはまだかなり先の事。スキルツリーの序盤の能力しか修めていないであろう今の春音にはこれを期待する事はできない。


まぁ、これをやると副次効果として塩の柱が乱立するので、空中戦が更に阻害される結果になるからどちらにせよこの状況では使用できないのだが。


「………ッ、じゃあどうするの!このままっ、避け続けるのにも限界があるし!逃げるにしたって、この攻撃から撤退しきれるとは思え、ないっ!」


弾切れという概念を知らないかの様に絶え間なく様々な方向から打ち付けられる弾幕の嵐。その中で常に曲芸じみた空中機動マニューバを強いられている春音の額には汗が浮かぶ。


確かに彼女の言うとおり。この膠着状態を続けるのも、逃げるのも、常に移動し続ける複数の目標を────撃たれるまで何処に居るのかも分からない敵を予測して撃つのも、全てが至難の業だ。


だが、だが、だが!


「──────不可能でないのであれば。」

「え?」

「それは、俺にとって100%成し遂げられる事だ。」


俺の血中を駆け巡るナノマシンが駆動する。片目の網膜が熱を発する中、俺は腰のホルスターに収められていた拳銃レメゲトンのグリップから伸びるコードを己の脊髄に設けられたコネクタへと差し込んだ。


「俺が合図したら離せ。」

「話せ!?何を!?じょ、ジョークとか!?この状況で場を和ませる自信ないけど!」

「馬鹿阿呆、俺から手を離すんだ。」


鋭い痛みと共に俺の視神経と照準が直接、接続される。俺の視線が向けられた場所への自動的に照準が定められ、そして義手がそれに応じて引き金を引く機械仕掛けの狙撃。


現代技術の粋を凝らした正確無比にして、認識から発砲までのタイムラグを極限まで減らしたその狙撃も、敵の居場所────数秒先に自分がどこから撃たれるのかを熟知していなければこの状況において意味はない。


「何、言ってるの!貴方には話してもらわなきゃいけない事が──────」

「俺が犠牲になってお前を逃すと?生憎と死ぬ予定も、死ぬ願望もない。」


だが、俺にはずるチートがある。血塗られた最適解を選ぶ力が、死を積み重ねて0とコンマの先に続く無数の0の先にある1を無理やりに100へと近づける力が。


「俺はただ、勝つだけだ。いつだってそうだったし、これからもそうだろう。」


無理やりに分泌された脳内麻薬が俺を饒舌にしていく。アルコールなんて即座に分解してしまうこのクソッタレに優秀なクローン兵士の身体でも味わえる陶酔が意識の隅々を満たす。


「………信じて良いの?」

「ああ。」

「そう……分かった。何考えてるのかも、何やるつもりなのかも分からないけれど。信じるよ。」


弾丸を避け続ける空中旋回によって目まぐるしく変わる視界の中で、春音の表情はわからない。だが、その声に迷いと疑いは微塵もなかった。


嘘と、欺瞞と、灰色に溢れたこの世界で。その声は余りにも真っ直ぐで───────


「じゃあ……行ってらっしゃい!」


合図してからって言っただろうが!!!!!!


即座に全身を包み込む浮遊感。世にも珍しい空を飛ぶ狂犬が金色の軌跡を描きながら飛び去るその背へと声にならぬ罵声を叩きつける。


こっちがちょっとしんみりしたら此れだよ。俺は腕を組みながら、一斉に瞬く十数の死の輝きの場所を記憶する。脳内麻薬により引き延ばされた時間感覚は敵が何処にいるのかを雄弁に俺に見せつけ………


その瞬間。先程まで振り回され続けていた故に安定しなかった俺の視界に捉えられたものが一つ。


ここから数キロ先。この薄暗がりの中では強化された視力によってのみ視認できる建造物。そこには俺の理解を遥かに超えたものが聳え立っていた。



《big》半壊したホワイトハウス大統領官邸ビッグベン時計塔がぶっ刺さっている。《/big》



風邪のときに見る夢の煮凝りの様な光景に俺の理解が追いつくよりも先に、空中を駆け抜けた無数の殺意が俺の肉体をボロ雑巾の様に引き裂くのだった。







手を離した瞬間、あの人は真っ逆さまに落ちていく。


訪れる一瞬の静けさ。奴等が飛んで逃げ続ける私から、猛スピードで落下する単調な標的へと狙いを変える為に齎した一瞬の空白。


──────そしてそれは、鋼鉄の魔人にとっては余りにも充分すぎる時間だったらしい。


左手に握られた銃が目まぐるしく動き回り、眼下に広がる廃ビルの窓を穿っていく。迷いの無い、躊躇の無い、そして根拠の無い素早い動き。


だがそれが正答なのだと私は知っている。


割れた窓ガラスの隙間に突き刺さった弾丸。それが放たれた轟音の残響だけが、この場に残された唯一の音だった。


弾幕の光も、電動ノコギリの様な発射音も、放たれた弾丸が何処かの建物の老朽化しきったコンクリートを穿つ音も、この場を支配していたあらゆる騒音が拭い去ったかの様に消えていた。


この数分の間に放たれた数千、ともすれば数万発の弾丸の暴風雨は彼の放った十数発の死の宣告により終止符を打たれる。それは圧倒的な異能の発露でも、魔神の加護でも、あらゆる超常の為せる技でもなかった。


只管に冷静で、機械的で、計算され尽くした“人間の技”。どれだけの研鑽が、どれだけの改造が、どれだけの“何か”がこの狙撃を生み出したのか。それは私には想像もつかない。


彼が左手から四方に射出したアンカーロープがビル群の横っ腹に着弾し、蜘蛛の巣に引っかかった虫のようにぶら下がっているその様子を見ながら、想起する。


『俺はただ、勝つだけだ。いつだってそうだったし、これからもそうだろう。』



それは、何のために?何のために貴方は勝ち続けるの?



私はお父さんを探すために────“真実”を突き止めるために。 


レジスタンスの人達はこの世界を“正常”に戻すために。


政府の人達は“今”を維持するために。



じゃあ、貴方は?レジスタンスの人たちの言う様にただ、この国に従うだけの機械人形?


いいや、そうは見えない。もし“そう”なら私にお父さんの情報を教えるなんて取引は持ちかけなかった筈。


彼にとっては政府の敵対者である私を殺して、1人でここから立ち去るのが最適解だ。


ならどうして?貴方は何の為に戦うの?何で私を助けてくれたの?


突き止めたい。その真実を突き止めたい。貴方の中にあるはずの“希望”を、冷たいだけじゃない何かの熱を、私は────


「そこで永遠に俺がぶら下がってるのを見てるつもりか?降りるのを手伝ってくれる方が有意義な時間の過ごし方だと思うぞ。」


……あともうちょっと吊るしてようかな。


ぶん殴る様にぶつけられたぶっきらぼうな言葉に早くも前言を撤回したくなりながらも、私は翼を羽ばたかせながら彼の下に向かうのだった。

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