第1-6話

「そもそも、遺体に火をつけたタイミングがわからない。」

 俺は表現に悩んだ。明確に言うと四戸に自分の父親がどう殺害されたのか考えさせるようなものだから。あまりに酷だ。本来、身内が絡む事件ならば担当から外されるべきだ。だがそうできない事情があるのか。

 コイツも俺と同じように逆らえない権力からの命令で捜査しているのだろう。あまり強くも言えない。宵業の事情かもしれないし。他人の組織には口を出せない。

 四戸は読んでいた資料から目を離して俺を見る。正直この手の話は顔を突き合わせて離したく無いから運転してて若干救われた気分だ。

 だが言いづらいものは言いづらい。どう表現しようか思案していると、痺れを切らしたのか四戸は急かしてくる。ストレートに話してほしいタイプか。じゃあシンプルにいくぞ。傷ついても知らんからな。俺は意を決して話す。


「あの呪符で被害者は生きたまま焼かれたのか、誰かに殺された後に焼かれたのか、殺された後にそいつにそのまま焼かれたのか。」

 一応、気を遣って四戸の表情を盗み見しながら話した。今のところ四戸の表情に変化はない。怒鳴られずに済んだことに安堵する。


 それにしてもさっきから自分の親父が焼かれた写真やら俺のストレートな表現を見聞きしてメンタル大丈夫なのか?

 俺はそこが気になり先ほどから奴の表情を見やるが、ほぼ無表情。表情筋死んでんのかコイツ。


「オイ───」

 やっぱり気に障った?だよな。

 やべー。車という密室で人を怒らせちゃったよ。先ほどの自分の言動を後悔した。

 しかし、そうやって一つ一つ疑問を解消して推理して、その過程で関係者や遺族に嫌われたり怒鳴られたりするのも刑事の務め。

 ちょうど赤信号で停車したタイミングで俺は怒鳴られる覚悟で四戸の方を見た。が、そこにあったのは助手席の窓ガラス。しかも超目の前に。俺はパニック。

 アイツどこ行った?!

 右側を振り返ると四戸がいた。運転席に。シートベルトを締めて。理解が追いつかない。運転してたの俺だよな?!

「なになになに、どーういうこと?!コレお前がやったの?!?!ちょっと怖いんだけ!!!いきなり何すんだよ?!?」

 四戸があまりに冷静で、シートベルトなんか締めて普通にハンドルを握るものだからコイツの術式だということがわかる。でも急にやられた身にもなってみろ。恐怖でしかねえ。涼しい顔しやがって。

「なんだよ?!俺の言い方が気に障ったのか?!なら謝るからビビらせるなよ!」

「ビビったのか?」

 四戸はこちらを見ずにまっすぐ信号を見つめている。

 ビビったのか?ふざけんな。

「あたりめーだろ!俺はお前の術式なんて知らねーんだよ!いきなりかまされたら誰でもビビるわ!せめてひと声かけろ!」

 四戸は鬱陶しそうに目を細めるが視線は相変わらず前方だ。

 ムカつくなコイツ。

「え、ていうかお前の術式だよな?この瞬間移動。違うとか言うなよ????」

 俺は一通り騒いだ後、一瞬冷静になり、そもそも今起きた現象が四戸である確証がないことに気づいた。ノーモーションだった。普通は印を結んだりあるだろ。

 明らかにビビってる俺を見て四戸は鼻で笑う。ムカつく。

「安心しろ、俺の術式だ。対象を入れ替える。身体に負担はない。」

 どうだ?凄いだろ?と言わんばかりのドヤ顔をする四戸。なんか鼻につくなコイツは。確かに凄い術だけど。

「ハイハイ凄いですね。つーか、何勝手に運転してんだよ?」

「お前の運転ノロいから。」

「法定速度だバカヤロウ。」

 信号が青に変わった瞬間、どんどん加速していく。

「あの、ちょっとスピード出しすぎじゃない???」

「大丈夫だ。これくらいで事故ったりしない。」

「そういう過信が事故の元だぞ。もっとスピード落とせ。」

 四戸は俺の言葉を無視してハイスピードのまま進んでいく。法定速度なんてお構いなしだ。

「仮にも現役の警察官を隣に乗せてるんだからさ、法律は守って運転してもらわないと。」

 俺は半ば呆れて注意する。が、四戸はどこ吹く風。しかも行き先変更してどこ行くか全く分からないし。

「どこ向かってるのよ?せめて目的地だけでも教えてくれ。」

 四戸は俺への答えに俺が出していた式神にデータを投げて寄越した。


「コイツに会いに行くのか?」

 渡邉浩太(24)ストリートマジシャン。スリの常習犯。暴行事件の前科なし。まあ、確かに、小銭稼ぎに闇バイトに応募しそうな輩ではあるが。

 四戸はスマホでインスタを開いてあるストーリーを見せる。レストランで撮影されたようだ。空中に浮いた3枚のナプキンが同時に燃えて中から客が選んだトランプが出てくる手品だ。

「何これ。お前マジック好きか?」

 四戸はため息を吐いて、解説を始める。俺に資料だけで伝わらなかったことに呆れたか?

「このナプキンだけ燃やして、包んであったトランプは燃やさない手法。遺体があった部屋の壁に貼られていた呪符の状態に似ている。」

 確かに。言われてみるとそうだ。呪符自体が燃えると周りのものも燃える。だが呪符自体が貼られた部分の壁は綺麗に残っていた。つまりこれは、

「条件指定をして術式を発動させてるってことか?じゃあ呪符は術式ではなくて引火させるための着火剤?」

「俺の見立てはそうだ。コイツが何か知ってそうだ。手法が同じだからな。」

 確かに、手法が同じだ。ストーリーを見る限り、コイツも火の気を引く術を使うらしい。

「で、コイツ今どこにいるんだ?」

「毎週火曜日、スカイツリーでマジックショーをしてるらしい。あと15分で始まる。」

「え、じゃあ急がないと。法定速度内で。」

 四戸からは舌打ちが聞こえたが、聞かなかったことにしよう。目の前で犯罪されたら見逃せないから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る