第1-3話

睡魔に抗えずにそのまま眠ってしまったらしい。

 カーテンの隙間から陽が入り込み顔を照らす。眩しくて起きた。時計を見るとまだ6時。

 あと1時間は寝られる。再び目を閉じようとした時、式神が出続けていることに気づいた。

 一度解除しようと人差し指と中指を立てて薬指と小指を親指で押さえて空中を横一文字に切ろうとしたその瞬間。

「待て、まだ読んでいる。」

 読んでいる人がいるのか、じゃあもう少し出しておこう。

 手を納めた後に違和感に気づく。

 ここ俺の部屋だよな?昨日は一人で帰ってきた。鍵も掛けた。この部屋に俺以外の人間がいるはずがない。誰だ今の声。

 俺は勢いよく起き上がった。


「よく調べたな。昨日の今日だろ。」

 そこには昨日の男がいた。火災現場で証拠品も捜査権も掻っ攫っていった、被害者の息子だと名乗った宵業所属のあの男、四戸凛。

 しかもこの男、勝手に珈琲も淹れてやがる。しかも俺のカップで。俺のソファで優雅にくつろぎやがって。

「なんでお前がここにいるんだ?どうやって入った?ここで何してる?」

 俺は驚きながら、慌てながら、怯えながら一つ一つ言葉に出していくが四戸はびくともしない。

「お前の資料だと今回の事件は火焔宮の者の仕業か?」

「いやまず俺の質問に答えろ。不法侵入の現行犯で捕まえるぞ。」

「術師が何を今更。」

 そう言って四戸は右手をかざすと部屋のあらゆる鍵が開く音がした。

 たまにいるんだよな、その場にいる術師の気に乗って操作するやつ。

「お前がどうやって入ったかは分かった。なんでここに来た???ていうかここ、警察の社宅だぞ???」

 警察から事件を掻っ攫ってその上、社宅に不法侵入。良い度胸だ。


「あの事件は警察の手に負えるものじゃない。」

 四戸はそう言って一呼吸置く。

「あの現場を見ればわかるだろ。普通の妖霊事件じゃない。人を焼き、術に術を重ね、大元の術式が誰の何であるのか分からなくなっている。」

 四戸の言葉に嫌な予感が増していく。

「…あの結界はお前が張ったんじゃないのか?」

「結界は張った。だが俺のは家全体を囲う結界だ。昨日あの家にあった結界は部屋一つ一つ。俺が張った結界は火災の通報があった頃に解けたのを確認している。」

「つまり、お前の結界は何者かに破られた…宵業でも結界を破られることがあるんだな。」

 俺は四戸に嫌味のつもりで言ったが、四戸は呆れた顔をしてため息をついた。


「その宵業の人間が張った結界が破られたんだ。だからわかりやすく牽制したつもりだったんだがな。捜査権も剥奪して。だがお前は諦めが悪く、データにアクセスしてきた。上は慌てて閲覧制限をかけたが時すでに遅し。そのデータはお前が閲覧した後だった。」

「で、俺を口封じに来たと?」

 俺は嫌な汗が出た。なぜなら、目の前にいるのが宵業の人間だからだ。しかも第七部隊。CIAのような連中だ。口封じに来たのなら、俺の命はない。俺は唇を無意識に噛み、瞬きもせずに四戸の動向を警戒した。それを見て四戸は笑う。

「お前を殺したりはしない。」

「…じゃあ何しに来た?」

「本当は、お前が調べた情報を頂に来た。それだけだった__」

 四戸は一度言い淀んで瞳に迷いを見せた。大胆不敵に不法侵入した人間には似合わない目だった。何を迷っている。

 俺は四戸の目を真っ直ぐ見てその先を促した。

「が、お前は思った以上に勘が良い。」

 今度は悔しそうな表情だ。その態度にどういう意味があるのか俺は読めないでいた。思わず俺も怪訝な顔をしてしまう。

「お前のこと全然知らないけど、なんかお前らしくないからハッキリ言ってくれない?何よ?俺が勘が良いとなんなの?」

 俺が促すと四戸は一呼吸置いて口を開く。

「俺の…バディになれ。」

「ん?」

 こいつ今何てった?バディ?バディってあのバディ?相棒?

「この事件を俺と一緒に捜査しろ。」

 うわーすげー上から目線。こんな奴と組むの嫌なんだけど。

 そもそも昨日、寝落ちする瞬間に俺はこの事件には関わらないと決めたんだ。

「嫌だね。」

 俺が拒否をすると四戸は酷く驚いた顔をしている。断られると思わなかったのか。

「捜査権は警察から防衛省に移った。そっちが取り上げたんだ。責任持ってそっちが最後まで調べてよ。このデータ全部持ってって良いから。」

 火焔宮が関わってると知る前なら、きっと喜んで捜査に協力しただろう。宵業やら火焔宮やらややこしい組織が出てくるあたり面倒ごとは確定だ。

 俺は手を引きたい。こうして不法侵入されるのなら尚更。

「これだけ調べておいて犯人が誰なのか特定せずに満足できるのか?」

「俺のこと知ったような口きかないでくれる?調べれば調べるほど面倒くさい事件だって思ったよ。特にお前のような宵業や宮廷が絡んでくるなら。尚更関わりたくないね。」

 そうだ、俺は平穏に生きたいだけだ。だから術師業界とは程よく距離を取れる刑事をやっている。妖霊部だけど。

 今更、宵業やら宮廷やら面倒くさい核心に近い人間とは関わりたくない。

 警察が捜査する事件なんてたかが知れていて、厄介なのはこうして宵業に回される。

 俺は警察の妖霊部がちょうどいいんだ。


「俺が見聞きした情報は一切忘れる。」

 昨日寝落ちする瞬間に思ったこと。それは“これは思った以上に面倒くさいから関わっちゃいけないやつだ”ってこと。

 深追いしなきゃよかったな。昨日の自分の行動を後悔するが後の祭り。


 関わらないと突っぱねようとした時、俺と四戸の間に襖が出現した。

 襖が左右に開き、中から誰かが現れる。

 金髪の長髪を高い位置で一本に結び、前髪は左右に分けられている。隙間から覗く赤い目。白から灰色にグラデーションがかかった光沢のある着物に金色の刺繍。このご時世に帯刀までしている。

 その人物の声は綺麗な見た目に似つかわしくない低音。だが凛と澄み渡っており、存在がなんとも神々しい。


「よく調べたな。さすが明工の孫と言ったところか。」

 俺の祖父の名前を口にした目の前の男は、男にしては顔が整いすぎていた。

 そして、誰だ?

 俺は口を開けてポカンとしていると四戸が跪き頭を垂れる。

「宵月様、このようなところにおいでになさらなくとも、こちらから伺いましたのに。」

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