第65話 ぼったくり、アポなし訪問を受ける

「なんてことを……! 私は、モルカン家の次期当主ですよ!?」

「どうぞお引き取りください」

「今すぐ責任者を出しなさい」

「当機がこの状況の責任者となります。どうぞお引き取りください」


 執事型ゴーレムから発せられる言葉に、負傷した正魔術師が小さく鼻を鳴らす。


「自律稼働の魔法道具アーティファクトにどんな責任が取れるというのです? オーナーをここへ呼びなさい。私の正当な権利を侵害したばかりか、ケガまでさせた。これがどれほどの問題になるかわかっているのですか?」


 血まみれの右腕をだらりと脱力させながら、険のある目で執事ゴーレムを睨みつけるトライフ。

 いまいち状況を理解しきれない俺は、どうしたものかと小さくため息を吐く。


「ヴォッタルクさん! あなたもあなたです。チャンスをあげたというのに、それを悪意で踏み倒すなんて」

「いや、迷惑をかけられた記憶しかないんだけどな?」


 俺の返答が理解できなかったのか、トライフが小さく首を振ってため息を吐く。


「神前決闘から逃げておいて、その言い草。どこの野蛮な国から来たのか知りませんが……恥ずかしくないんですか?」

「いいや? まったく。逆に聞きたいんだが――観光客の恋人が自分の好みだったからって奪うために無理やり決闘の魔法契約を押し付けるのは適法なのか? そっちのがずいぶん野蛮に思うんだが……」

「我が国が野蛮だとでもいうのですか!?」


 ああ、そうだった。

 言葉は通じるけど話が通じないタイプだったな、お前。


「適法だってなら、まあその通りだな。そういう好き放題がまかり通る国ってのは、文化の程度に関わらず野蛮だと思うがね。そこんところは、どうなんだ?」

「あなたは決闘を承諾したでしょう!?」

「してないけどな!?」

「手袋を胸に受けたじゃないですか」


 トライフの言葉に首を傾げる。

 投げた手袋をぶつけられたら決闘を受けたことになる?

 子供がやる遊びの『靴下鬼』みたいなことで?

 そんなことで、魔法道具アーティファクトまで使われて決闘に?


 ホーグって国はさっぱりわからんな。

 さすが大陸も西に込み入ってくるとわからない習慣が増えてくる。


「それにつきましては問題ございません」


 首を傾げる俺に執事型ゴーレムが向き直る。

 無表情なはずだが、少しばかりの笑顔が見えるような気がするのは錯覚か。


「『神前決闘』はホーグの正魔術師および騎士にのみ適応される条項です。ヴォッタルク様はそのいずれにもあたりません」

「だとよ、正魔術師殿」

「私を侮辱しないでください!」


 興奮した様子でこちらを睨みつけるトライフに、思わずため息が出る。

 ホーグ王国は魔術師の国で賢人じみた連中もいる、ちょっと変わった国だとは聞いていたが……まさか、こうもおかしな魔術師貴族がいるとは。

 まさかと思うが、上層部の連中が揃ってこんな感じじゃなかろうな。


「これは、問題とさせていただきます……! 『大陸横断鉄道』もヴォッタルクさんも、ただで済むと思わないように!」


 そう捨て台詞を残して、トライフが背を向ける。

 唖然としながらそれを見送る俺とアルに、執事ゴーレムが恭しく頭を垂れた。


「それでは、お席にご案内いたします」

「あれ、放っておいていいのか?」

「問題ございません。すでにオーナーに状況を共有しております。ご安心ください。ほどなく問題は解決するでしょう」


 そう告げて、俺たちを車内に促す執事ゴーレム。


「考えても仕方ないッス。ただの負け惜しみッスよ」

「まあ、そうなんだろうが……逆に心配になってきたな」


 そんな俺の懸念は、翌日の朝に現実となった。


 ◆


 ――翌日。

 アルにもらった懐中時計が午前九時を指すころ。


「ヴォッタルク様、お客様が面会をご希望です。如何いたしますか?」

「えっと、どちら様から?」


 軽く寝ぼけた頭で応対する俺に、客室乗務員ゴーレムが「ピ」と小さく音を立てる。


「ホーグ王国政務大臣ギャグレット氏、ホーグ王国魔法大臣リュドン氏となります」

「——は?」

「アポイントメントなしの訪問になりますので、返答を保留しております」


 国の上層部が朝イチで何の用事だってんだ。

 いや、まあ……十中八九、例のストーカー野郎の関連だろうけど、さて。

 どうするべきか。


 なにせ俺は起き抜けで、アルはまだベッドの中だ。

 昨日はお互いに少しばかり盛り上がってしまい、汗だくで眠りについたのは朝方で、人前に出るにはシャワーを浴びる必要がある。


「支度に時間がかかる。一時間ほど後に来てもらうことはできるか、尋ねてもらっても?」

「承知しました――はい、問題ありません。お客様には応接客室でお待ちいただくとのことです。ご用意ができましたら、お近くの乗務員にお声がけください」


 会釈した客室乗務員ゴーレムが、その場を後にするのを確認して大きなため息を吐く。

 さて、このお客人は謝罪か抗議かどっちで来たんだろうか。

 俺ってのは、引退した武装商人で今はただの旅人だ。

 国のお偉いさんに面会を申し込まれるような立場じゃないはずなんだが。


「ロディさん~……? どうしたんスか?」


 ベッドで上体を起こしたアルが、しょぼしょぼと目をこすりながら寝ぼけた声をあげる。


「俺たちに客だとよ」

「あのヘンテコ魔術師の関連スか~?」

「そうらしい。シャワー先に浴びるか?」


 毛布を引きずりながらよたよたと歩いてきたアルが、俺にゆるく抱き着く。


「一緒に入るッスー……。ロディさんの頭を洗うのは、ボクの役目ッスからー」

「わかったわかった。じゃあ、アルの頭は俺が洗おうな」

「んふふー。わかったッスー」


 まだ半分寝ぼけてるが、シャワーを浴びればしゃきっとするだろう。


「とりあえず、お偉いさんを待たせてる。そこそこには急がないとな」

「了解ッスー……」


 俺の言葉に、寝ぼけたままのアルが小さく頷いた。










==========お知らせ==========

近況ノート(https://kakuyomu.jp/users/Yazma/news/822139836795027842)でもお知らせいたしましたが、本作の書籍が10/10に発売されます('ω')!


どうぞよろしくお願いいたします!

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