第45話 ぼったくり、身を清める。

「……ってことで、依頼を終わらせて帰ってきたわけだ」

「さすがはロディさんっス! 竜王の仕事まで受けちゃうなんて!」


 あの後、竜王ハクシャと竜司祭チリルに別れを告げた俺は、ジェノバールに頼んでラヴァナン共和国の交易都市モーザッタへと〈転移テレポート〉で送ってもらった。

 お互い武装商人らしい軽い別れの挨拶をして、俺はアルの待つ列車へと向かい、あいつはまた風のように消えた。

 ま、俺は停車時間内に戻ってこれてほっとしたが。


「すまんな、せっかくの旅行なのに仕事ばっかりだ」

「そのくらい頼りにされてるってことっスよ。それよりおなか減ってないっスか?」

「あー……言われてみれば」


 軽く携帯食を口にしただけで、もう丸一日はまともに食っていない。

 それを自覚した瞬間、俺の腹が小さく不満を漏らした。


「あはは、ロディさんのお腹は正直者っス。食堂車に何か食べに行くッス」

「ああ、それよりも先に……」


 立ち上がったアルを引き寄せて、ぎゅっと抱擁する。


「はわわ、ロディさん!?」

「あー……帰ってきたって感じがする」

「お帰りなさいっス」


 俺の背中に腕を回して、抱擁を返すアル。

 柔らかな感触と温もりが、冒険からの帰還を実感させてくれる。

 今回の依頼は少しばかり危険が多かった。

 こうして無事に帰還できたことを、しっかり喜んでおきたい。


「ロディさん、ロディさん」

「ん?」

「ちょっと言いにくいんスけど、独特の匂いがするっす」


 アルの言葉に、思わず跳び退る。

 勢いあまって軽く壁に背中をつけてしまったが、それでいい。

 どうやら俺は、気を急いてやらかしたらしい。


 冒険から帰ってきたら、まずは汚れや埃を落とすのが常識だというのに。

 武装商人を引退して、気が緩んでいたらしい。

 特に今回は煤の舞う火山迷宮をうろついた上に、『白舌舐リッキングリプス』なんて魔物モンスターとも戦ったのだ。

 あまりいい衛生状態とは言えない。

 それなのに、うっかりアルに抱きついてしまった。


「すまん、アル。飯の前に風呂にするよ」

「その方がいいかもっス。あ、汚れた冒険装束はボクがチェックしてランドリーに出しておくっす」

「ああ、頼むよ。……と思ったが、それも後回しにして、アルも着替えと風呂だな」

「え、そうなんスか?」

「まあ、念のためだ」


 煤けたままで抱きついてしまったのだ、きっと汚れと一緒に臭いもついてしまっている。

 それに汚れに迷宮の良くない病か何かの元が含まれている可能性がある以上、アルも着替えと入浴はした方がいい。


「んー、わかったっス! それじゃあ、一緒にバスタイムと洒落こむっス!」

「一緒に、だ……と」


 アルの提案に思わず喉を鳴らす。

 そんなつもりはなかったのだが、きっとそんな風になってしまう。

 たぶん。おそらく。きっと。


「えへへ、ちょっぴり寂しかったので、一緒がいいッス」

「そうか、そうだな。そうしよう。うん」


 理性のいくつかを取りこぼしながら、俺はアルに手を引かれるままバスルームへと向かった。


 ◆


 少しばかり時間をかけて二人でバスタイムを楽しんだ後。

 ようやくさっぱりとした俺達は、食堂車へと移動していた。


「明日はモーザッタ観光っスか?」


 海老の身を練り込んだコロッケを美味そうに頬張ったアルが、そう小さく俺を見る。

 少しばかり行儀が悪い気もするが、可愛いからよし。


「そうしよう。せっかくの交易都市だから買い物もしたいし、気球船も見てみたいな」

「見どころたくさんっスね」

「仕事を手早く終わらせた甲斐があった」


 あんな未踏地域にある迷宮ダンジョンに踏み込めば、普通はもっと時間を取られる。

 今回は、規模が比較的小さかったのと目的がはっきりしていたことで、かなりスムーズに依頼を完遂できた。

 〝転移屋〟ジェノバール・ロッソにも借りを返せたし、少しばかり心が軽くなった気持ちだ。


「そう言えば、報酬はもらったんスか?」

「いいや? 今回は武装商人同士の貸し借り、みたいなもんだ。長らく武装商人なんてやってると、馴染みとはいろいろあるもんさ」

「ロディさんのお値段はいかほどなんスかね」


 くすくすと笑いながら、アルが付け合わせの人参をパクリと口に放り込む。

 相変わらず、なんでも美味そうにに飯を食うやつだ。

 食うに困った幼少期の影響もあるのかもしれない。


「お食事中、失礼いたします」


 給仕型ゴーレムではない個体が、そんな言葉と共に恭しく会釈しながらテーブルの隣に立った。

 うちの部屋によく来る客室係ゴーレムだ。


「何かあったか?」

「ロディ・ヴォッタルク様宛に、速達書簡が届いております。こちら、手渡し必須とのことでお持ちいたしました。後ほどお部屋に届けることも可能ですが、いかがいたしますか?」


 差し出された純白の封筒には、ラヴァナン共和国の紋章。

 公用通信に使うような、かっちりとしたもの。

 どうもこれは、さっさと受け取っておいた方がよさそうだ。


「今、ここでもらうよ。ありがとう」

「こちらとなります。それでは、失礼いたしました」


 手紙を俺に渡したゴーレムが、くるりと背を向けて歩いていく。

 それを見送ってから、俺は受け取って手紙をくるりと回して差出人を確認した。

『ラヴァナン共和国大統領府』と簡潔な文字。


「なんスか?」

「わからん。飯を食い終わってから開けるべきか、今すぐ開けるべきか」

「むむむ……これは厄介事の匂いっス! ご飯の後にするっス!」

「賛成だ。なんなら、開けるのをやめたいくらいだけどな」


 一介の外国人旅行者に大統領府から手紙だなんて、アルの言う通り厄介事の匂いしかしない。

 おそらくは俺が先だって受けた竜王ハクシャからの依頼関連だと思うが、どうにも動きが早い。

 下手をすると、何らかの国家事業に手を出したってことでしょっ引かれる可能性だってある。


 ……と、するとこれは出頭命令か何かか?


「ロディさん、上の空になるくらいならもうあけちゃうっスか?」

「ああ、悪い。いや、やっぱり飯を食ってからにしよう。アルの言う通り厄介事だったら、飯がまずくなるしな」


 軽く笑って返しながら、牡蠣がごろごろ入ったトマットリゾットを一掬い口にする。

 牡蠣の濃厚な旨味が、俺の不安を少しばかり霧散させた。

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