第20話 ぼったくり、人生を預ける

 仕事疲れをアルにしっかりと労ってもらってから、俺達は二人で冒険者ギルドに向かった。

 俺が休息している間にクインスがホテルに来たらしく、フロントに「ギルドに来てほしい」と言伝を置いて行ったからだ。


「報酬の話ッスかね?」

「規定の報酬をギルド銀行に振り込んどいてくれりゃ、それでいいんだけどな」

「ギルド銀行?」

「ああ、アルはしらないのか。冒険者じゃないもんな」


 『全国冒険者ギルド信用銀行』──通称ギルド銀行は、この大陸全土の冒険者を統括する冒険者ギルドの運営する巨大銀行である。

 冒険者証と本人確認ができれば、大陸のどこであっても金を出し入れすることができるので、冒険者にとって口座開設は必須だ。

 その口座の開設にも冒険者信用度スコアという、冒険者の総合評価が必要になるので、若手は必死に働くのである。


「なるほどッス。ボクもちょっと口座を作りたいかも」

「そうか、じゃあこれをやろう」


 魔法の鞄マジックバッグから、小さな金属板が付いた革紐を取り出しアルに手渡す。


「なんスか、これ」

「念のために言うと、アクセサリーではない」


 初めてアルにプレゼントするアクセサリーがこれと認識されては困る。

 しかるべきタイミングで、アルに似合うものを選ぼうと思ってはいるが。


「俺のギルド銀行の家族用タグだ。旅の最中、ないと困ると思って作ったんだが……渡しそびれててな。これがあれば、俺の口座を使える」

「え、ロディさんのッスか?」

「そうだけど?」

「こんなの、ボクに渡しちゃっていいんスか? ロディさんのお金なんすよ?」


 何やら不安な顔をするアルの腰をそっと抱き寄せる。


「アルだから渡すんだ。ずっと一緒にいてくれるんだろ?」

「当たり前っス」

「じゃあ、遠慮することないさ」


 アルが少し涙目になって、俺の脇腹に顔を押し付ける。

 照れ隠しのつもりかしらないが、少しこそばゆい。


「持ってるだけッス、使わないっス!」

「必要なら使っていいんだぞ?」

「ボクは、ロディさんと一緒なだけで十分ッス」


 ああ、もう! かわいいな。

 なんだって俺の恋人はこんなにかわいいんだ!


「でも、嬉しいっス。ロディさんに、信用された気分ッス」

「おいおい、お前のことはずっと信用してるぞ? 店の金勘定から何から全部任せてたじゃないか」

「それはそうッスけど……」


 小さく笑うアルの手をそっと握る。


迷宮ダンジョンん中でさ、思ったんだよ」

「何をっすか?」

「アルが、俺の帰るところだったんだなって。俺は迷宮から帰る時、いつもお前のいるところに帰ってたんだよ、きっと」

「ロディさん……」


 アルが静かに俺を見上げる。

 夕焼けがうっすらとアルの顔を朱く照らして、その笑顔を輝かせる。

 これが見たくて俺は頑張ったんだ。


「だからさ、それはお前に持っていてほしいんだ。金の話となると、少しばかりアレかもしれんが……そこに積み上がった金貨は、確かに俺の生きた証なんだ。それを、お前に預けるよ」

「責任重大っッス……!」

「なに、減ったら減ったでまた稼げばいい。ほら、今日の仕事の金をそこに増やしてもらおう」


 そう笑って俺が指さす先には、夕日に染まる巨大なヤージェ冒険者ギルドが見えていた。


 ◆


冒険者信用度スコアの加算、報酬の支払い額、その他諸々の書類です。ご確認下さい」


 クインスが差し出す数枚の書類に目を通していく。

 どれもこれも規定のものが記載されており、特に問題なさそうだ。

 緊急性の高い『とばし依頼』だったせいか、報酬欄には『特別報酬』のスタンプがでかでかと押されているのには少し笑ってしまいそうだったが。


「確認した。大丈夫だ」

「あ、はーい、受け取りますね」


 サインをした書類をクインスに渡す。

 なんだか挙動不審に見えるのは気のせいだろうか。

 いや、明らかに挙動不審だな。視線が泳いでる。


「なあ、クインス」

「な、なんでしょうか」

「お前、ホテルまで来たんだよな?」


 俺の言葉に、ぎくりとして固まるクインス。

 あからさまにおかしいんだよな。

 ギルド職員たって、別に暇じゃない。


 迷宮ダンジョンから帰って、一度ここに報告をしたとき、「ホテルに帰る」と俺は言ったのだ。

 それなのに、まるで不在だったかのようにホテルフロントに言付けを残して帰った。

 普通、そこまで来たんなら、俺を呼ぶか部屋までくるかするだろう。


「……お前、まさか」


 俺の言葉に、目を逸らして赤面するクインス。

 そんな俺達のやり取りを見て、不思議そうにするアル。


「おいおい、ギルド職員。正直に吐いたほうがいいぞ?」

「な、ななな、なんのことでしょう?」

「動揺しすぎだ。だいたい……あんた、普段から足音が全然しないんだよな」


 俺の指摘に、湿気の高い笑みを浮かべるクインス。

 それで誤魔化せると思ったのか?

 やっぱり黒じゃないか!


「どうしたんスか?」

「なんでもありませんよ、オホホホ」


 オホホってお前。

 はぁー……やれやれ、天下のギルド職員様が何やってんだ。


「報酬額、倍プッシュだ」

「え」

「おいおい、俺は〝ぼったくり商会〟のロディ・ヴォッタルクだぞ? ただで済むと思ったのか?」

「いえ、あのその……」


 たじたじとなるクインスにそっと耳打ちする。


「──わかってるだろ? 口止め料だ。それとも、今からギルマスに苦情を入れるか?」

「あは、あはは……報酬額アップですね! 承りました! 1.5でいかがでしょう?」

「値切れる立場か?」

「──ううう! この、ぼったくり!」


 クインスの言葉に、軽く苦笑する。

 何でもかんでも、ぼったくりって言うんじゃないよ。

 まったく。

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