第92話 VS.メイルストロム その2

 ファンタジアロッドを伸ばしたアーデンは、その刀身に炎の属性を込めて真っ赤に染めた。メイルストロムに突き刺すと、刺さった場所から煙が上がる。


 高熱の刀身に身を焼かれ、メイルストロムは更に大暴れする。しかしアーデンは振り落とされない、粘液がまとわりついた体に貼り付くのは容易ではないが、高熱を帯びた刀身ががっちりと焼き付き、アーデンはそれで体を支えていた。


 更にエネルギーを刀身に集中させる、体を溶断しながらアーデンは下りていった。激痛に身悶えるメイルストロムはアーデンを必死に振り落とそうとする、何度も海へ叩きつけられるもアーデンは手を離さなかった。


 触手を伸ばしてアーデンを振り払おうとする。しかしそれはレイアとアンジュのコンビが許さない。遠距離から射撃と魔法で、触手の動きを的確に邪魔をする。


 メイルストロムは数多くある触手の内、空いているものでレイア達を狙った。勢いよく振り下ろされる触手を、カイトが殴りつけて弾き飛ばした。


「ぐぅぅオオオオオッッ!!」


 重量もあり巨大な触手、それを高くから振り下ろされるだけで強力な攻撃となる。しかしカイトも一歩も引かない。何度も振り下ろされる触手を、拳や腕から血が吹き出しても殴り飛ばした。


「カイトッ!」

「俺ぁ心配いらねえ!!お嬢とアンジーはアー坊の援護をしろっ!!」


 カイトは一人で攻撃を引き受ける。レイアとアンジュは自分たちに向けられる攻撃の一切をカイトに任せ、アーデンの援護に回った。


 アーデンも所々から血を流しながらも食いしばっていた。暴れるメイルストロムにしがみついているだけでもどんどんとダメージは蓄積されていく。それでもアーデンはしがみつき続けた。


 ようやく埋め込まれた宝玉の前まで下りる事が出来た。アーデンがそれに手を伸ばした瞬間、事態は急変する。


 メイルストロムは攻撃の手を止めて海の中へ潜る事を試みた。体に突き刺さった衝角はがっちりと食い込んでそれを阻むも、宝玉が赤く光ると水流が変化し、船がぐらぐらと揺れて衝角が抜けてしまった。


「おい!こいつはまずいぞ!!」

「アーデンッッ!!」


 レイアの叫び声も虚しく、アーデンはメイルストロムと共に海中へと引きずり込まれてしまった。取り残された三人は、急いでメイルストロムを追いかける為に行動を始めた。




 行動の変化を感じ取っていたアーデンは、伸ばした手を引っ込めて懐に突っ込んでいた。あるものを取り出して口の中に放り込むと、必死に体を丸めてしがみついた。


 アーデンが取り出したものは潜水玉だった。メイルストロムの習性、身の危険が迫ると逃げるという情報を聞いていたアーデンが予め用意していたものだった。


 これによって水中での行動に問題はなくなった。だが、猛スピードで泳ぎ回るメイルストロムにしがみつき続けるのは困難を極める。


 兎に角振り落とされないようにとアーデンは必死になった。海の中で投げ出されれば助かる見込みはまずないだろう、それに海中で無防備になったアーデンをメイルストロムが放置する訳もない。これまで痛めつけられた恨みを晴らすべく、確実に息の根を止めにかかってくる。


 この状況に陥る前に宝玉を奪取する事が理想的だった。宝玉の影響を受けているメイルストロムの判断力が低下している事も加味して考えていた。しかし力に振り回されて尚、メイルストロムが取った行動は宝玉を取り込む前の自身のものだった。


 本来、宝玉を取り込んだメイルストロムにはその判断は出来なかった。宝玉から絶えず流れ込む力の影響で、メイルストロムは常に錯乱していた。逃げる船を取り逃がしたり、自ら復讐の為に攻め込む事をしなかったのはこのためであった。


 しかしアーデン達との死闘の中で、ほんの僅かではあるがメイルストロムは自我を取り戻していた。戦いによって刺激された本能が、自らを飲み込む力を少しだけ上回ったのだ。


 そうしてメイルストロムは、アーデンごと水中に逃げ込むという方法を思いついた。これならば勢いに負けアーデンは自然と手を離す。それか水流を操る力で引き剥がしてやればいい。人間如きが水の中で自分に勝てる訳がないとメイルストロムは思っていた。


 だが、アーデンの覚悟も並大抵のものではなかった。メイルストロムの動きが弱まってきた頃、その巨体を蹴り飛ばし、刺さっていたロッドを引き抜くとメイルストロムの体から血が吹き出す。そしてアーデンは敢えてメイルストロムから離れた。


 それはメイルストロムには理解出来ない行動だった。自殺行為もいい所で、既に不利な状況を更に不利にするものだった。しかしこれはメイルストロムにとっては好機、アーデンを仕留める好機だった。勢いよくアーデンに飛びかかり、すり潰してやる、メイルストロムはそう考えていた。


 だがその突進こそアーデンの待っていたものだった。ロッドを胸の前に構え突き出すと同時に刀身を伸ばす。薄暗い海底、不安定な水中の姿勢、突撃してくる巨体、すべてがアーデンにとって不利な状況の中狙うべき場所は一つだった。


 それは先程まで自分がしがみついていた場所、深い傷跡から未だに血が流れ出ているあの場所だった。すぐ近くには宝玉がある。その一点を目掛けて突きを放った。


 ロッドが伸びていく先端に宝玉がぶつかった。アーティファクトのぶつかりあいでマナがバチバチと電撃のように弾ける。メイルストロムの突進はアーデンの突きを更に体の中に押し込む、メリメリと宝玉は表皮から剥がれて、ロッドはそのまま宝玉を押し出してメイルストロムの体を刺し貫いた。


 突進の衝撃でアーデンの体はボロボロになり吹き飛ばされた。全身に走る激痛、特にロッドを握っていた腕は痛みが酷く、骨が折れて皮膚を突き破っていた。痛みに意識が飛びそうになりながらも、アーデンは必死に宝玉の所まで泳いでそれを掴んだ。


 一方宝玉を失ったメイルストロムは、体の崩壊が始まっていた。現在の体は元々死にかけだったものが、宝玉の力によって無理やり再生したものだった。メイルストロムが能力を扱いきれなかったのも、討伐隊の奮闘もあって弱っていたからだった。


 体が崩壊していくなか、メイルストロムは最期の力を振り絞って触手を動かすと、アーデンの体を少しだけ海上へと押し出した。


 アーデンがそれに気が付きメイルストロムの方へ向き直るも、すでにメイルストロムの体は崩壊して海の藻屑へと消えていた。その行為が一体どんな感情から生まれたものなのか、アーデンにも消えたメイルストロムにも分からなかった。


 メイルストロムによって少しだけ体を押し上げられたアーデンは、一刻も早くと海上を目指して泳ぎ始めた。しかし激戦の影響から視界は霞み、体は思うように動かない。もがけどもがけど一向に海上へは進まなかった。


 そしてついにアーデンは力尽き、意識が海中で途切れてしまった。かろうじて潜水玉はまだ口内にある、しかしそれがこぼれ落ちるのも時間の問題だった。猶予はあまりなく、このままではアーデンに待っているのは死ただそれだけだった。


 しかし気を失ったアーデンの体を優しく受け止めたものがいた。それは深海から現れた美しい竜だった。竜がフッと吐息をアーデンに吹きかけると、傷ついた体はすっかり治癒されて元に戻った。


 それから竜はゆったりとした動きでアーデンを海上へと運んだ。そして丁度仲間達が探しにきている場所に泡を作り浮かべると、その上にアーデンを乗せた。


 海の上でぷかぷかと浮かぶアーデンの姿を見て仲間達は救出を急いだ。アーデンが無事救出されるのを見届けた竜は、また静かに深海へと泳いで戻っていくのであった。

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