疑似特異点 と 余剰次元
VENUS
-01- 引きこもり と ダンジョン
北海道のド田舎――田畑は荒れ果て、既に耕作放棄地となった場所を通る1本の道路。
草原にしては木が多く、森林にしては木が細い。そんな原野となった畑を夏の暑い風が吹き抜ける。
車は1日に数台しか通らず人影すら見えない田舎道を、駆けて来る人物があった。
「大変だ! 大変だ! カゲちゃん! 大変だよー!」
暑さを振り払うように駆ける小さな影は、セーラー服を着た少女だ。
黒髪を後ろで束ねて汗だくで走る姿は、とても恥じらいを知る女子高校生には思えない。
スカートを気にする事も無く、恥じらう素振りも見せずに目的の場所へと向かっていた。
「カゲちゃーん! 居る? 居るよねー!」
そこは、古民家のような一軒家だった。
数年前にリフォームをし建物の中は思いの外新しい。
少女は当然のように玄関を開け、そのままの勢いで飛び込んでいく。
靴を脱ぎ捨て、足音を大きく鳴らせながら廊下の先の部屋を目指す。
「カゲちゃん! 大変だよ! 世界中にダンジョンが発生したよ! 凄いよ! モンスターだよ! 魔法だよ!」
大声を上げながら少女がたどり着いたのは6畳の小さな部屋だった。
その中には1人の男が、古ぼけたゲーム機のコントローラーを握りしめ、噛り付くように画面を見つめていた。
男は邪魔が入った事にイラつきながらも、目線を画面から一度も外す事無く口を開いた。
「ウルサイ!今、良い所なんだ。少し静かにしてくれ」
カゲちゃんと呼ばれた男は、ヨレヨレのTシャツと辛うじてズボンを履いてはいたが、お洒落とは無縁の存在だった。
身だしなみなど気にしない、プロの引きこもりだ。
「またドラゴンがクエストするゲーム? 前回は9をクリアしたんでしょ?今してるのは何?」
「これは5作目だ。駄作とは言われてはいるが、これはこれで中々面白いのだ。」
「同じゲームを何回もクリアして、何が面白いの?」
「五月蠅い!まだ5作目は24回しかクリアしてないんだ!俺の好きにさせろー!!」
遂にカゲちゃんはコントローラーを放り投げた。だが有線の長さは短く壁に当たる前に有線に引き戻されるように床に落ちた。
自分でも意味が無い行為だということは薄々気付いていたのだろう。有線が断線しなかったか確かめるように、優しくコントローラーを拾い上げる姿は何とも哀れである。
「うぅ・・・なんでオンラインなんかに成っちまったんだ・・・」
「そんなことよりもさぁ、ダンジョンだよ! ダンジョン!」
「そんな事とはなんだ! 俺にとっては超重要なことだぞ!」
「だって、凄いんだよ! 昨日から世界中でダンジョンが出来たって大盛り上がりなんだから! しかも、魔法が使えるようになった人もいるんだって! ほらほら、スマホ見てよ! はいこれ!」
「・・・焚火に火を付けて何が楽しい?誰だって出来るだろう」
「え?だって、魔法で火を付けたんだよ。凄い事だよ。そりゃあ、カゲちゃんには普通に出来るだろうけど一般人には出来ないんだからね!」
・・・俺だって一般人だ。爺さんが亡くなった時までは。
10年前、爺さんが亡くなった。
俺は爺さんが息を引き取る時、爺さんの手を握ったまま気を失ったらしい。”らしい”というのは、俺が目を覚ましたのは3カ月後で何も覚えていなかったのだ。
代わりに俺が知るハズの無い知識が頭にインプットされていた。中学や高校で習うような事から、魔法のような事まで知っていた。
既に両親も居なかった俺は、誰も居なくなった家に1人引きこもった。
学校にも通わず残された遺産で引きこもり生活を楽しんでいた俺を見かねて、従妹の
ある日、俺は爺さんの知識を使って炎を出す練習をしていた所をメイに見つかり、仕方なく教えたのが5年前の事だ。
ヘナチョコではあるが、彼女も魔法のような物が使えるのである。
「なんだよ。火の付け方は教えてやっただろ。お前だって似たような事は出来るだろ?」
静まり返る部屋の中でメイはコテンと首を傾げた。
「あれ?そう言えば出来るネ。じゃあ普通だね。・・・なんだぁ、あの時以上のワクワクな日常が始まるのかと思って期待しちゃったよ」
「納得したなら良い。俺は大事なゲームに集中するからな!」
「24回もクリアしたゲームをして、楽しいの?」
「五月蠅い!俺にはコレしか無いんだ!」
そう言って、再びコントローラーを叩き付けようとしたその時。
ぶぉん――。
という重低音と共に俺の部屋の万年床の向こう側の壁に、大きな洞窟の入り口のようなものが現れた。
「なんだ、これは?」
「あれれ? もしかして?」
「うーん、もしかして……」
「「ダンジョン!」」
2人の息が揃い、お互いの顔を見つめ合った。
「なんで俺の部屋にダンジョンが出来るんだよ!」
「なんで
俺たちは同時に肩を落とした。
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