第41話 忘れ物

 どうやら、病院の先生いわく、私はもう少し入院が必要になるらしいけれど、特別心配する必要はないということだった。私を助けてくれた人たちに本当に感謝したい。なんとか、私は汐斗くんとの約束を守ることができそうだ。


 もう、病室に来てからかなりの時間が経ったみたいで、皆が順番に私の病室を後にしていく。少し寂しいけれど、私はそこまで子供ではない。私は安心させるために笑顔で皆を見送った。


 ただ、少し時間が経ってから、忘れ物をしたのか、汐斗くんが戻ってきた。


「忘れ物?」


「ある意味、忘れ物かな」


 汐斗くんが私の方に近づきながら少しはにかみながらそう言うと、カバンの中から、私が今日渡すはずだったピンク色のミサンガを取り出した。たぶん、あの時にどこかに飛ばされたのを汐斗くんが拾ってくれたんだろう。私の好きな色で作ったピンク色のミサンガだ。ある意味私が変わったことを表す証拠品だ。


「これ、たぶん、僕へのだろ。心葉今、僕に渡してくれ」


 汐斗くんは一旦、そのミサンガを私に返した。そうだ、これは自分から汐斗くんにプレゼントしないといけない。私から贈るべきプレゼントなのだから。


「うん」


 私はそれを一旦受け取り、少しの間、私の想いを詰めるために目をつぶりながらそれを抱きしめた。


「はい、どうぞ」


 それから、汐斗くんにそのミサンガを渡す。そして、花が満開に咲いたかのような子供らしい笑顔を見せた後に、汐斗くんはそのミサンガを右手に付けた。そして、大きくうなずいた。


「ありがとう、今までで一番嬉しい」


 大げさだな。でも、私も今までで一番嬉しいかもしれない。これからも作っていきたいかもしれない。また、あの時みたいに自分の趣味として再開させたい。


 次は、汐斗くんが私に染め物を見せる番だ。汐斗くんは、カバンから染め物を取り出し、まだ中が見えない閉じた状態のまま私の見える位置まで持ってきてくれた。


「じゃあ、お披露目」


 どんなものを、その作品に収めたのか。汐斗くんがカウントダウンを5から始める。私の心がバクバクしている。


「5、4、3、2、1――」


 0――で、汐斗くんが閉じた状態だったものを一気に開いた。私の瞳がそれを追いかける。


 そこには、私みたいな顔が大きく彩られていた。


 そして、ある文字のようなもの――『すきだよ』という文字が書かれてあった。


 ――えっ。

 

 私みたいな顔とその上に『すきだよ』という文字……。


 私は目を疑ってしまった。その作品に収められているものが信じられなかった。


 どうなっているのか、分からなかった。


「心葉、見て分かる通り、これが僕の気持ちだ。この大切な作品を通して伝えたいと思った」


「どうして……こんな私のことを好きになれるはずなんか……」


 そうだよ、何かの間違いだよ。そんなこと、あるはずない。きっと私のせいで汐斗くんのどこかを壊してしまったんだ。だって、明日を閉じようとしてた私なんかを好きになれるはずない。それも、私と正反対の明日を見たい君が。


「前も少し言ったけど、心葉は明日を閉じようとしていた。でも、心葉の心は温かい。君はつまり優しいんだ。それに、苦しみを持ちながらも僕の言う約束を守ってくれたし、必死に耐え抜こうとしていた。自分から明日を閉じるのをやめた時……すごい頑張っている姿に押された。僕もじゃあと思って頑張れたからだよ」


「汐斗くん……」


 こんな私を好きになれる汐斗くんは少し変わっている。そんなことで好きになれる人は本当に本当に不思議な人だ。おかしな人だ。でも、汐斗くんが変わった人でも、不思議な人でも構わない。だって、私が汐斗くんが好きというのはどんな汐斗くんでも変わらないのだから。一生好きでい続けるのだから。


「ありがとう」


「じゃあ、これ、約束通りあげるよ。玄関の前にでも飾っておいてくれ」


「それは流石に恥ずかしいよ。でも、どこかに飾っておくね」


 玄関の前に飾るのは流石に恥ずかしいけれど、汐斗くんが私のためだけに作ってくれたその染め物をどこか常に目の入るところに飾っておきたい。見るたびに、汐斗くんのことを思ってしまうんだろうな。


「あ、あと、一つ、心葉に謝りたいことがあって、この手紙、泣きすぎてさ心葉のピンク色のボールペンで最後に書いてくれた文字、消えちゃって……」


 汐斗くんはポケットから私の書いた遺書――手紙を出した。私が最後に唯衣花からもらったピンク色のボールペンで書いた『すき』という文字が涙とかのせいでほとんど消えかけていた。もう、その文字をはっきりとは読み取れない。


 でも、そんなこと構わない。その、『すき』という文字が消えたとしても。


 もう、あの時とは違う状況にいるんだから。


 書く以外の方法でもその想いを伝えることはできるんだから。


 もっと近くで伝えられるんだから。


「――じゃあ、私が声で言ってあげるよ。汐斗くん『すき』」


「――僕も、『すき』だ」


 私たちのもとに何か、様々な色を持つ、言葉で表しきれないような美しい光のようなものが差し込んだ。


 たぶん、この世界は、今、私たちのためだけにあるんだろう。私たちのためだけに存在して、その世界で私たちは想いを伝えている。


 私の言った言葉と、汐斗くんの言った言葉……2つが重なっていく。


 本当に私は、汐斗くんに恋をしてしまったのだろう。


 ずるい恋をしてしまったのだろう。


 私たちは抱きしめ合った。抱きしめずにはいられなかった。


 誰もいないんだから、ちゃんと抱きしめてもいいよね。


「あのさ、1ヶ月経ったら私の自由にしてもいいって汐斗くんは言ったじゃん? じゃあ、これからも汐斗くんと一緒にいたい。今までと同じように成長していきたい。今まで通り一緒にいてくれればこれ以上望むものなんてない。でも、今度は同じ明日を見る2人として一緒にいたいな」


 私は抱きしめたまま汐斗くんにそう言った。あのときの約束はもうすぐ期限が切れる。これからは私の自由だ。だから、私の望みを言った。今まで通り過ごしたい。これ以上の関係になりたいとかそんな贅沢なんて言わない。いや、むしろこれが私にとっては一番の贅沢なんじゃないだろうか。


 ただ、今とは違うことがあるんだとしたら今は正反対の2人ではない。同じ方向を見る二人――同じ明日を見る二人だ。その違う姿で成長したい。


「うん、そうだな。僕の望みは心葉が生きたいように生きてほしいってことだから……もちろんだよ」


 汐斗くんは更に私を強く抱きしめてきた。少し、痛かった。でも、それが私のことを想う強さなんだろう。そう思うと痛くなくなった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る