『七大魔獣』

 




「なぁ受付さんよ、今の見てたろ?あれ誰?」


 俺と目を合わせないようにしていた受付嬢へずんずんと進み、ガスマスクの人物について尋ねた。


「えっと……特級冒険者、ギルギス様です。何でも最近魔界の近くで七大魔獣の目撃情報があがったとかで、しばらく魔界に滞在するそうで……」


 そういえば、さっきも奴は俺に魔獣かと尋ねてきたな。

 魔獣ってなんだ?魔物と何が違うんだ?


 疑問のままにフェルトへ目線をやる。


「なぁ、魔獣ってなに?」


「魔獣、といえばすなわち、それは七大魔獣の事だな。千年以上前からこの世界に君臨し続ける『世界が討伐すべき獣』として知られている。特級の存在意義の一つに、魔獣の討伐が含まれているらしい。他人ごとではないぞ」


「千年以上、か。ちょくちょくそのワードが出てくるな。たった七匹の獣を、千年も討伐できていないのか?」


「ただの獣じゃない。『七つの大罪』を冠する怪物だ。いつ、どこで、何故生まれ、普段どこに生息し、何をしているのか。何もわからず、わかっているのは強いという事だけ。その強さは序列クラスを優にしのぎ、国家クラスと目されているからな。002、貴様でさえ負けるやもしれない」


「へぇ、そいつは凄いけど、本当に実在するのか?眉唾もんだぜ」


「まぁ、何せ千年も語り継がれている伝説だ。脚色がないといえば嘘になるだろう。しかしかつて魔界大帝に使え、共に戦ったとされる黄玉白虎フェンリルなんかは、魔界大帝が実際に存在したと語ったらしいぞ」


「ふーん、それも『らしい』が接尾につくわけだ。ま、都市伝説なんてそんなもんか」


 二人で話していると、受付嬢がおずおずとこちらを伺っている事に気づく。

 会話をやめて受付嬢の方を見ると、やっと俺に話しかけてきた。


「あ、あのぉ…それで、お二方はどのような目的で、魔人冒険者協会へいらしたのでしょうか?」


「…いや、ほら、バッチ見たらわかるでしょ?冒険者証の更新をしにきたんだけど」


「…えっと、まさか森人冒険者協会で新たに特級になられたというお方ですか?ですが、そのような連絡が魔道具を通じて届いたのはつい三日ほど前でして…いくら何でも森人の領域から魔界まで、三日でいらっしゃるというのは…」


 受付嬢の瞳には、明らかに懐疑的な色が映り、詐欺師か何かを見るような眼をしていた。


「いや、まぁ、つい一時間前にキャンプ地を発ったばかりなんだけど…」


 森人の領域から魔界へは、だいたい徒歩で二か月の道のりらしい。

 人間が丸一日歩いて稼げる距離はせいぜい30キロから40キロ。

 となると、山道や獣道である事を考慮し大雑把に計算しても、俺は2000キロから3000キロの道のりを一時間未満で踏破した事になる。

 つまり、時速は3000キロを超えていたのだ。

 マッハ3くらい出ていそう、とは思ったものの、計算してみるとあまりに現実味がない。

 これをいくら説明したところで、信じてはくれないだろう。


 と困っていると、横からフェルトが助け舟を出してくれた。


「おい、受付の女。貴様の御託はいい。とっとと002の冒険者証を登録確認しろ」


「し、しかし…」


「森人冒険者協会のデータと照合できるだろう。そうすればすぐに私たちが嘘をついていない事がわかるはずだ」


「は、はぁ…」


 詐欺師がよくもそんな自信満々に、とでも言いたげに受付嬢は嫌々箱を取り出す。

 そこに俺のネックレスを入れ、箱を閉じた後、指をかざして指紋の確認を取る。

 持ち主であることの確認が済んだ後、受付嬢は箱を台の上に移動させ、何やらそこに表示されている光を見た。瞬間。


「もっ、申し訳ありませんでしたっ!!特級冒険者002様、無礼をお許しください!!」


 もの凄い勢いで頭を下げてきた。


「いや、そこまで謝らなくても。疑うのは当然だろうし」


「いえ!!このような無礼は本来許される事ではありません!!しかし…この短期間で、一体どのようにして…?」


 恐る恐る顔を上げて聞いてきた受付嬢へ、俺はシーと唇に人差し指を当てるジェスチャーをした。


「そこは…企業秘密で」


 魔界の目の前にクレーターを作ったことなど、知られないに越したことはないのだ。





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