第三章 新人。ただし、最強

Aufheben / Höe1






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「二級冒険者が、旧聖地迷宮の調査から帰ってこない…だと?」


 魔界将軍Höe1へーレン・アインツ、メアは受けた報告に眩暈を起こし、咄嗟に頭を押さえた。


「はい。定期的に、魔道具『共鳴鈴』で信号を送り、生存と状況を伝える手はずだったのですが…三週間、連絡が途絶えています」


 魔界宮殿応接室のソファは一級品であり、最高級牛犬皮に綿100%の座り心地は今すぐに仕事を放棄して、沈み込みたいほどの座り心地。

 そこにさらに面倒が増えた事によるストレスが加算され、メアの心労は脳天を突き抜けていた。


 現在、メアの対面に座っている男は魔人冒険者協会代表理事、ゲオルク・フィッシャーであり、魔界を治める存在であるメアへの報告は至って真っ当な業務である。

 故に非はないのだが、それでもメアの頭を抱える様子にゲオルクも少し申し訳なさそうに顔を顰めていた。


「それは、アレだよね…半年前の大地震、それで魔物が迷宮から流出したって話。そこの調査依頼掲示を私がゲオルクにお願いしていて、最近になってやっと依頼を受けてくれる冒険者が現れ、調査に行ってもらった……あってる?」


「ええ、その通りですが……覚えていないんですか?」


「すまない。色々仕事が立て込んでいてな…記憶が散逸で…駄目だな。実はもう三日寝てないんだ。10秒寝てもいいか?」


「ええ、それはぜひ、10秒といわず10時間は寝てほしい所です」


 軽快に笑って許してくれる様子は、その野獣のようないかつい見た目からは想像のつきにくい、親しみやすさを感じる。

 メアは安心し、重たい頭を手で押さえながら10秒目を閉じた。

 重たい頭、というのは疲労による比喩表現ではなく、メアの頭は物理的にとても重いのだ。

 魔人の強さは角の本数に比例し、それは通常一角。


 しかし、メアは世界で唯一、八つの角を持つ『八角』の魔人である。


 角は一つ増えるごとに力が倍増していく。

 つまり、メアはただ普通にしているだけで常人の128倍の身体能力を有する。

 『最強』の称号を欲しいがままにしている人々の憧れの的なわけだが、その実態は過労に10秒目を瞑っただけで30分間寝てしまう社畜であった。


「はっ!?私は何秒寝ていた!?」


「30分です、将軍閣下」


「しまった……!まだやらなければならない仕事が沢山あるのに…!」


「そうですね、ですがその前に、まず私の報告について対処をお願いいたします」


「えっと…なんだっけ……」


「キレますよ?」


「あっ、いや思い出した。旧聖地迷宮だな?」


「はい。報告は先ほどので終わりではありません。この事態を受け、私はまず森人冒険者協会とコンタクトを取りました。結果、彼らは旧聖地迷宮に最も近い村であるメニエド村に森人冒険者協会の役員を派遣し、事態の究明に協力してくれることになりました」


「うん。それで?」


「しかし、派遣されていったはずの役員とも、連絡が取れなくなったそうです。そのため八方塞がりとなり、あなた様にこうして報告しに来たわけです」


「なるほど…」


 言われて、メアの脳内に様々な可能性が去来する。

 まず、この役員の失踪と冒険者の失踪、これを同一の案件として扱っていいのかどうか。


 可能性は様々だ。

 迷宮から強大な魔物が流出し、冒険者とメニエド村双方が滅んだ可能性。

 別件として、単純に冒険者が調査中に命を落とし、役員もシナスタジア雨林で事故や魔物に襲われて命を落とした可能性。

 考えようと思えば、それは多岐にわたる。


「どっちにしろ、今ここで思索を練っても皮算用だな。だが放置もできない事態か……となると…」


「いかがいたしますか、将軍閣下」


「はぁぁ……仕方ない。確か、が近くにいたはずだ。これ以上あいつに頼むのも忍びないが…どうせあいつも旧聖地迷宮には立ち寄るだろうし…」


「龍国騎士Dny2ドラコニ・ドゥヴァ、ユリユス侯ですか。本当に仲がよろしいのですね」


「まぁ、兄のように慕っている人ではある。だが、仮にも龍国と魔界は冷戦中の間柄。これ以上ユリユスに借りを作りたくはなかったのだが…くそ、こんな時、魔界大帝がいればな」


「レイヴン陛下の消息は、まだ?」


「あぁ。まったく、武器庫の専用装備まで持ち出して、一体どこに行かれたのか…あのお方がお隠れになって一年、諸外国に隠し通すのも限界だ」


「そうですね。もはや国民にとって、魔界大帝の不在は周知の事実となっております」


「あの人さえいれば、こんな事には……」


 考え出すと頭痛がし始め、メアは再び頭を押さえる。


「あぁ、それと、一応これも閣下にお伝えしなければ」


「なんだ?」


「瘴国兵士が国境沿いで観測されました」


「……ふぅぅ…続けて」


「発見したのは付近に住んでいる村民で、一個大隊ほどの隊列だったと。国旗も意匠もなく、瘴国兵士である確証はなかったものの、来た方角は明らかに瘴国だったそうです」


「向かった方角は?」


「雨林側です。ただ人目を避けるためのルートとして進んだ場合、十分魔界の領土にも侵入できる場所かと」


「……あの馬鹿共、この機に乗じて戦争でも仕掛けるつもりか?」


「閣下のいる魔界に、とは考えにくいですが……森人相手なら、あるいは」


「勘弁してくれ。魔界大帝が身命を賭して成し遂げた森人との和平条約が締結されて、まだ五年だぞ……!ここで瘴国のドアホが戦争でも始めたら、全部泡沫と消える…!」


「だからこそ、でしょうな。陛下のいない今だからこそ、奴らは好き放題動き出せる。逆に言えば、瘴国が陛下の失踪を確信し始めた、という情報を入手する事は出来ました」


 ゲオルクなりに溜飲の下げどころを提言したつもりだったのだろうが、それはメアに自責の念を与えるだけだった。


「あの御方が消えて一年で、この有様か。やはり私では、この大国を治めるなぞできっこない。私では、あの人の代わりなんて…」


「いえ、メア様はよくやってくれています。抑止力として軍事を治めながら、管轄外の外交や内政まで取り纏めている。今の政界で、あなた様に頭の上がる者などいません」


 普段とは違い、男はメア様、と呼んだ。

 それはメアが将軍になる前、叔父のようにゲオルクを慕っていた頃に呼んでくれていた呼び方だった。


「ゲオルク……」


「メア様の多忙を重々理解しています。出来る事があれば、何でも力になりますよ。瘴国の件は、念のために報告しただけです。私の方で片づけておきますよ」


「すまないな…君にも迷惑をかける」


 メアが微笑みかけると、ゲオルクは豪快に笑った。


「気にせんでください。あぁ、では最後に喜ばしいご報告も一つ」


「ん?」


「どうやら最近、特例として一級冒険者を確約して招致された者がいるそうなんですが、そのものが滅法強いのだと。所属は森人冒険者協会ですが、フリー契約だそうでして、魔人冒険者協会との契約にも前向きな検討をしてもらえています。その内、魔界に来るかもしれませんよ?」


「それは、君が嬉しいだけだろう?大体、いきなり一級なんて裏があるに決まってる。大方、コネじゃないのか?」


「いえいえ、これが本物のようでしてね。『序列クラス』と目されているそうです」


「序列クラス、ね……本当にそんな強いなら、ぜひ一度会ってみたいものだな。他国に引き抜かれる前に、招致してよ?」


「ええ、もちろん。全財産はたきますとも。では、私はこれで」


「ああ。達者でな」


 ゲオルクが立ち去るまで見送って、メアはため息をつく暇もなく次の仕事に取り掛かった。





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