想像もしなかった



 遡ること数か月前。




 前ロンド伯爵―――ギュンターは、切り落とした枝の中から太めのものを取り出すと、鋸を使って幾つかに切り分けた。


 それら切り分けたものを、厚さ大きさを確かめながら一つ二つと横に取り分けていく。失敗した時の分も含めて、合計で5つほど手頃なサイズのものを選んだ。


 そこに、いつもは畑や家の用事をしていて伐採所に来ない夫人が、ひょこりと夫の背中越しに手元を覗き込んだ。



「それに彫るの?」


「ああ」


「彫刻は久しぶりなんでしょう? 怪我しないように気をつけてくださいね。お祝い品を手作りしようとして怪我しました、なんて言ったら、ラエラちゃんが泣いてしまうわ」


「父上、母上? 何の話です?」


「あら、アッシュ」



 切り分けた木片を前に夫妻が話をしていると、アッシュが不思議そうな顔をして現れた。伐採現場に夫人が来た事はない為、珍しい光景に驚いてたのだ。



「この人ったらね、手作りのお祝い品をあげるんだって張り切っているのよ」


「お祝い品、ですか?」



 首を傾げるアッシュに、夫妻は昨日の夕方に届いた知らせについて話した。


 ロンド伯爵家にとってめでたい事この上なしの知らせ―――そう、ラエラの妊娠について。





「ラエラが、妊娠・・・」



 呆然と呟くアッシュの前で、夫妻は嬉しそうに話を続けた。



「ラエラちゃんに、木彫りのブローチか、首飾りを贈りたいのですって」


「それから、生まれてくる赤子にも何か作ってやりたいな」


「でも、あなたが彫刻をやってたのは学生の頃だったのでしょう? 贈り物がちゃんと出来上がるか少し心配だわ」


「失礼な事を言うな。これでも私に彫刻を指導した教師から、才能があると絶賛されていたんだぞ」


「それなら大丈夫かしら。でも、道具を取っておいたらよかったわね。頼んだものが届くまで何も出来ないもの」


「そんな事はないぞ。何を彫るかモチーフを考える必要があるからな。そうだ、アニエスも一緒に考えてくれないか」



 嬉しさを隠せない二人の会話は、ぽんぽん弾む。


 初孫の知らせで浮かれる二人の目に、呆然と立ち竦むアッシュの姿は映っていなかった。



 夫妻が森の家に移って約11か月。


 アッシュの問題が落ち着いてきて、一緒に伐採や畑仕事が出来るようになって。


 苦労も多いけれど、森の家での生活もそう悪くないと思えるようになっていた夫妻は、安心して―――気を抜いてしまっていた。



 ヨルンとラエラが結婚する事は当然アッシュにも知らせていたし、結婚式が終わったからこそ、夫妻はここに引っ越して来た。


 そして結婚したとなれば、次に期待するのは懐妊だ。かつて当主夫妻だった者として、その知らせを喜ぶのは当たり前の事で。



 そう、当たり前の事だから、夫妻は想像もしなかったのだ。





「僕の・・・ラエラだったのに・・・」




 今さら。


 本当に今さら。



 ラエラの懐妊の知らせに、アッシュが絶望の淵に追いやられるだなんて。







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