胎動
「ラエラもとうとう母親になるのね。なんだか色々あったから感慨深いわ」
「ふふ、確かにね。分からない事があったらよろしくね、アナベラ。二人のお子さんがいる大先輩だもの。頼りにしているわ」
学園時代の親友アナベラをお茶に招待したラエラは、テーブルを挟んで久しぶりの会話に花を咲かせていた。
リンダの登場によって、ラエラの学園生活は辛く悲しいものとなった。そんなラエラをずっと気にかけてくれたのが公爵令嬢のアナベラだった。
卒業して半年後に婚約者である侯爵家の嫡男に嫁いだアナベラは、結婚した後もラエラを気遣い続けてくれた。
突然に結婚がなくなって、卒業後の身の振り方を悩んでいたラエラに、アナベラは祖母のお世話係という職を紹介してくれた。
そして、リンダの妊娠を知っていても口を噤んでくれたのもアナベラだった。
「男の子かしら、女の子かしら。もう部屋とか準備し始めたのでしょう?」
「ええ。とりあえずどちらが生まれても使えるように、クリーム色とか黄緑色とか白とかから選んでいるわ」
「あなたの旦那さんが張り切りそうよね。社交界でも有名だもの、若きロンド伯爵の奥方への溺愛ぶりは」
アナベラの揶揄いまじりの言葉を聞きながら、ラエラはそっと自分のお腹を撫でた。
あれから随分と大きく丸くなったお腹は、時々ぽこりと小さな衝撃を感じる事がある。
お腹の赤ちゃんが蹴っているのだと医師に言われ、本当にこの中に授かった命がいるのだと改めて実感した。
そう、あれからもうふた月と半が経ったのだ。ヨルンのもとに至急の手紙が届いてから。
「ラエラ、浮かない顔をしているわね。何か心配事でもあるの?」
そんな事を考えながらお腹をさすっていたら、アナベラが神妙な表情で問いかけてきた。
隠していたつもりだったが、親友は今もラエラの感情の機微に敏感なようだ。
「そうね・・・」
ラエラは首を傾げ、言葉を探した。
「お産が怖いという気持ちがあるのかも」
「ああそうよね、私もそうだったわ。確かに信じられない痛さなのよ。でも産まれた子を見ると、不思議と痛みを忘れちゃうのよね。もう一人欲しいな、なんて一年後には思っていたもの」
ラエラは上手く誤魔化せた事にホッとする。申し訳ないが、ふた月半前にヨルンと交わした会話は、アナベラには話せない。
というか、ラエラ自身もまだよく分からないのだ。
何かがあった事は間違いなかった。その後しばらくヨルンはいつもよりも忙しそうで、どうしたのかとラエラが尋ねると、出産が終わってから話をしたいという言葉が返ってきた。
妊娠中のラエラに、余計な精神的負担を与えたくないからと。
お腹の子に影響があったら心配だと言われてしまえばその通りでしかなくて。結局、ラエラは今も事情を知らないままだ。
『今はその問題を保留にしています。最終的な決定は、ラエラさまと話し合ってからにするつもりですので、無事に出産が終わったら相談に乗っていただけると助かります』
ラエラへの精神的負担を心配するという事は、きっと本当に負担になるような話なのだろう。こうしてモヤモヤしている方がまだマシだとヨルンが判断するくらいには。
今のラエラは自分ひとりの身体ではない、大切な命をお腹の中で育てている。
だから、多少モヤモヤするとしても、時々思い出してあれこれ考えてしまう事があるとしても、今はそれ以上詮索すべきではない。
―――そうよね、わたくしとヨルンさまの子どもだもの。今はまず、心を落ち着けて、この子を無事に産む事を考えなくては。
お腹に手を当て、ラエラが改めてそう思い直した時。
まるでそれに応えるかのように、手にぽこん、と小さな衝撃が返ってきた。
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