とある森にて
『こんな大きな森を開拓・・・? あの二人だけで・・・?』
ロンド伯爵家から馬車で移動すること、三日と半日。
地面に降り立ったアッシュは、想像していたより遥かに広大な森を前にして、呆然と呟いた。
次期当主の座をかけた試験でさっさとダメ出しされ、追試を言い渡されたアッシュは、その後すぐに馬車に押し込められ、ここに連れて来られた。
追試の課題は、アッシュの目の前に広がる森の、開拓の監督および労働者の管理だ。
労働者を使ってこの森を開拓し、更地にした後に畑地へと変えて、収益をもたらすように整えるまでが、アッシュに課せられた役目である。
ちなみに、労働者はたったの二人しかいない。
そう、バイツァーとリンダの二人しか。
この森一帯は、今回の騒動後に、慰謝料の一環としてロンド伯爵家が入手した土地である。
トムナン男爵は、爵位と家、そして僅かな領地を売った全額を、自発的に慰謝料としてロンド伯爵家に差し出していた。そして、リンダが産んだ女児を引き取って、平民として暮らし始めた。
バイツァーの方は、本人と家族の所持金および差し押さえた資産に加え、親戚筋の子爵からの賠償がなされた。
バイツァーをロンド伯爵家に口利きをしたのは自分だからと、こちらも子爵からの自発的な申し出だった。
それで、ロンド伯爵家はその子爵から、土地―――広大な森を購入する事にした。そう、一応は購入である。かなりの広さの森だが、子爵にはしるし程度の金額でロンド伯爵家の名義に書き換えてもらったから。
森を少し入った所には、一軒の家が建てられていた。
そこにアッシュが住むのだ。開拓をするバイツァーとリンダと共に。
食事や掃除、洗濯の為に数人の使用人が派遣されるので衣食住に関する心配はないが、アッシュの後ろから鎖で繋がれたバイツァーとリンダが歩く光景は非常に殺伐としていた。
これから、バイツァーとリンダの二人は、毎日毎日、森の木を切り倒し、木材にして運び出した後、土地を均し、耕して畑に変える仕事が待っている。
アッシュは、二人がきちんと働くよう見張らなくてはならない。なにせ、アッシュが後継者に戻れるか否かが、この二人にかかっているのだ。
アッシュの個人的な感情としては、二人を飯抜き休みなしで一日中こき使ってやりたいが、倒れたりしたら、それこそ開拓計画が停滞してしまう。それは、アッシュの後継者復帰が遅れるという事でもあるのだ。
アッシュは気を引き締め、新たな任務に取りかかった。
バイツァーとリンダは、慣れない斧や鍬などを手に、森を開拓した。
手に付けられた鎖が邪魔だが、それを外す事は許されない。ジャラジャラと音を立てながら、二人は木を切り枝を切る。
作業をしながら、二人はよく恨みと憎悪のこもった目をアッシュに向けた。
だが、アッシュが気にする事はない。恨みなら、アッシュの方がよほど深く二人を恨んでいる。
バイツァーがリンダを唆したりしなければ、アッシュが騙される事はなかった。
リンダが誘わなければ、アッシュがそれに乗る事はなかった。
アッシュの子を妊娠したと嘘を吐かなければ、ラエラと別れたりなどしなかった。
そもそも、リンダが可愛い子ぶったりしなければ、ラエラがつまらない女に見える事もなかったのだ。
ここに来る前、アッシュにも非があったと言われはしたが、どこをどう考えても、アッシュにはその言葉が正しいとは思えなかった。
全部、全部、全部、そう何もかも、リンダとバイツァーが悪い。
そう思い始めると、アッシュはここで真面目に働いているのがバカらしくなって来た。しかしここで帰れば、後継者の権利を取り戻せなくなるから、どれだけ理不尽でもここに居続けなくてはならない。
一年目、二年目と過ぎた。
それなりにやっていた開拓作業の監督や監視は、段々と疎かになっていた。
そして三年目。
アッシュは、部屋で酒や美食に耽る事が多くなった。
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