被害者とか何だとか




 バイツァーは三か月後に捕らえられた。


 女友達の家に転がり込んで匿われていたが、家の中で何があったのか、バイツァーは身一つで追い出され、別の女友達の家に向かおうとしていたところをロンド伯爵家の騎士が見つけ、捕縛した。


 バイツァーが逃亡した時点で、托卵疑惑はグレーから限りなく黒になっていた。冤罪をかけられそうで怖かったから、などという言い訳を信じる者は誰もいない。今回は使用人部屋での監禁などという甘い待遇ではなく、地下牢に連れていかれた。



 リンダは、バイツァーを捕縛したひと月ほど後に出産した。


 アッシュと一夜を共にした日から算定した出産予定日より、ふた月以上早く生まれた赤子は、元気な泣き声の、丸々と健康そうな女の子だった。


 目はリンダと同じ焦げ茶色で、髪は明るいオレンジ色―――バイツァーの色だった。



 托卵が確定した。





 




「・・・それでですね、まあ兄上なら、いつか言い出すだろうと思っていたんですけど」



 ヨルンは苦笑しつつ、続けた。



 ロンド伯爵が、色々と―――バイツァーとリンダの処罰とか、赤子の養育先とか、賠償請求とか―――そう本当に色々と、やる事も考える事も多くて大変な時に、自室謹慎中のアッシュが鬼の首を取ったように騒ぎ始めたのだ。




『僕は被害者だ!』



 アッシュは訴えた。


 リンダが最後に思い出がほしいと言うから抱いてあげただけ。自分は情けをかけてあげた側なのに、この扱いはおかしい。

 しかもリンダは、バイツァーの子を自分の子と偽った。産み月を考えても、托卵目的で夜這いをかけてきたのは明白だ。なのにリンダの言葉を信じこまされ、リンダと結婚するからとラエラに婚約の解消を告げさせられた。



『僕はただ、正しい行動を取ろうとしただけだ! 愛していない女との子でも、自分が父親だと言うのなら潔く責任を取ろうと思っただけ。そんな僕の善意を、あの二人は逆手に取ったんだ。あいつらが僕を騙そうとしなければ、僕は今頃ラエラと結婚してロンド伯爵家を継いでいたのに・・・っ! 僕は可哀そうな被害者なんだ!』








「ええと、つまり・・・?」



 ヨルンの話を聞いて、ラエラが困った顔で首を傾げた。



「つまりですね。兄は、あの二人をさっさと殺・・・罰して、ラエラさまと再婚約・・・じゃなくて、婚約をすっ飛ばしてすぐに結婚して、何もかも無かった事にするべきだと言ったのです。そうする事で、結婚の時期は元々の予定より一年遅れるけど全て元通りになるからと」


「元通りに・・・? なる訳ないでしょう」


「ですよね」



 赤子の父ではなかったという事実に勢い込んだアッシュは、正義は我にありと騒ぎ立てた。その行動の背後にあったのは焦り。

 使用人たちの噂でも耳にしたのだろう、自分が後継者から降ろされ、弟のヨルンが代わりになるのを防ごうとラエラとの再婚約、もといすっ飛ばしての結婚を主張したのだ。


 これに関しては、あながち見当違いでもないから余計に面倒だった。実際、今回の一連の件を重く考えた現当主―――ロンド伯爵は、自身の進退も含めて、アッシュの廃嫡の方向で考えていたからだ。



 

 だが、この時ヨルンは14歳。この国の法では、爵位を継ぐのには、最年少でも18歳と定まっている。


 次男で、まだ学園にも入学していない年齢で、スペアとしての教育しか受けていない。

 今回の件でヨルンに後継者の資格が十分にあると実感した伯爵夫妻は別として、後継者交代の発表に不満を口にする親族や、理由を邪推する者は当然現れるだろう。

 だが、邪推で終わらないから困るのだ。実際に色々なやらかし案件を抱えているロンド伯爵家こちらとしては、今探られたらポロポロポロポロ、色んな話が暴かれてしまう。せっかくこの一年、社交を控えて醜聞がこれ以上外に漏れないようにしたというのに。




 ロンド伯爵は、過去の自分の考えと見通しの甘さを猛省しつつ、今後の算段について必死に考えた。



 アッシュの事は平民に落として家から出すか、病気とかなんとか理由をつけて・・・リンダはトムナン男爵家にも責任を問いつつ、ふさわしい刑罰を・・・バイツァーは・・・ああ、せめてもう少し時間が経っていれば社交界での反応も・・・



 婚約解消と結前の式の取り醜聞やめからまだ一年。


 醜聞の上に醜聞を重ねてはロンド伯爵家の先行きが危ぶまれ、ヨルンは望む人との将来は叶わなくなるだろう。


 家の最年少の子でありながら、ひとりロンド伯爵家の危機を訴え続けたヨルンに、何とか最小限の被害で爵位を譲りたい。そうロンド伯爵は思っていた。



『アッシュにこれ以上騒がれたら最悪を招きかねないのに・・・あと四年、なんとかヨルンの成人まで・・・』



 伯爵が頭を悩ませていた時、当主の執務室の扉を叩いた者がいた。



『ヨルン?』


『父上、兄上と僕に、次期当主の座をかけてそれぞれ試験を課してくれませんか』


『試験? だがお前が継ぐのは確定だぞ。あいつともそういう約束で・・・』


『このままでは、その約束も反故にされてしまいます。なるべく傷の少ない状態で、僕はこの伯爵家を継承したい。それに、兄上には少々お勉強の時間が必要だと思うのです』









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