第27話 忽ち(たちまち)落ちる (ディオ視点)
「なぁっ……何だその顔、一体何が……!」
やっとのことで魔物を倒して王都に帰り、騎士団長達の元へ報告に行けば、至る所でそう言った声をかけられた。
いつもであれば道を通ればキャーキャー声を上げて近寄り寄りかかってきていた女達も、僕の顔をみて小さく悲鳴をあげて何処かにコソコソ逃げていった。
「それが……新しくでた魔物の討伐でヘマして呪いをもらったんだ。これ、何とかできます?」
「いや……何ともいえないが、こんな呪い聞いたことないな」
世話焼きなサンジェル騎士隊のサンジェル隊長が心配そうにポケットからハンカチを取り出して「拭いたら取れるだろうか」と拭こうとしてくれたのをやんわりと断った。
彼の図体は熊のように大きいが、仲間思いで体に似合わず随分と家庭的で騎士たちの中では母と呼ばれている事で有名だ。恐ろしく強く、一度に20もの狼型の魔物を薙ぎ払う実力の持ち主であるのに、その体に実に不釣り合いな可愛らしいハンカチを持ち歩いたりとしている。
ちなみに手先も器用で自分でハンカチを縫い、刺繍を入れたとこっそりと聞いた。あの大きな体が丸まって小さな針片手に糸を通す姿は想像するだけでもおかしい。が、僕は良いと思う。
誰しも一つや二つ趣味は持つものだ。
男であるからと繊細な作業が苦手であると決めつけるのもいささか乱暴である。
騎士隊という脳みそが筋肉になってるような場所では仕方がないといえば、仕方がないが。
「水を浴びたり擦ったりしてみたが全く落ちなかったんですよ」
「ふむ、それは問題だな。聖女様にはお話をしてみたか?」
お前の婚約者が確か聖女様の1人だっただろう、とサンジェルが思い出すように言った。
それに軽く頷く。
「解呪の魔法は試みましたが、だめでした。というか……」
思い出すだけでも恐ろしい思いに、顔が歪む。
もう2度と聖女にはごめん願いたい。
「? どうした?」
サンジェル隊長は訳がわからないと言ったように首を傾げた。
聖女は一般的に整った容姿の女性が多い。そういった女性が目に入っているだけと言われればそうだとしか言いようがないが、相当な女嫌いでなければ聖女と言われれば両手を挙げて喜ぶのがお決まりだ。特に騎士隊の中では間違いなく喜ばれている。
「この呪い、聖女の力が効かないんですよ……しかも逆に働いて……」
「なんだと……」
サンジェル隊長は頭の回転が速いので、僕の言葉を聞いてサッと顔を青くした。
「たっ……! 大変じゃないか……! 逆となると……聖女の力は相当な物だろう……体は平気なのか?」
「大丈夫じゃないですよ……」
「そうか……俺にできることがあれば何でも言ってくれよ……」
サンジェル隊長のありがたい言葉後にして、各所に報告書を提出する。
その道中でも今まで感じたことのない視線と蔑みの言葉を投げられた。
家柄、権力を持っている家系の息子であることがほとんどのやっかみの原因であることはわかっていた。
誰もが僕の裏にある権力を見て、僕ではなく家に恋をし、媚を売る。
僕が次男だと言う立場に旨味を見出す才は相当なものだ。
実にわかりやすい構図だ。
まだ未婚である我が家の長に近づくチャンスを誰もが逃さない。
◆◆
そこからは手のひらを返すという表現が正しいだろう。
まさに言葉の通り、文字通り手のひらを返された。
父が他界してからというもの、兄に家業を継がせた母はおとなしく隠居し、手紙の一本もよこさなかったというのに、僕の失態を聞き真っ先にやった事と言えば、絶縁を宣言する書類を叩きつけてきたことだ。
ご丁寧に婚約も解消だとか何だの手紙付きだ。
婚約者。
これはまさに名ばかりの婚約者だろう。
聖女として聖堂に入った同じ歳くらいの女だったが、言葉を交わしたの数えるほど。妙にプライドばかり高いような女だったことしか覚えていない。
おまけに最後に会った記憶といえば、解呪の魔法をかけてもらうために騎士隊の訓練場に呼んだ時だ。
「まぁ、何という醜態なの。わたくしの旦那様となろう方がこんな、気味の悪い……穢らわしい」
と、まぁ聖女様という名を名乗りながらも辛辣な言葉を吐き出し、触るのも穢れるとサッサと帰っていったのだ。流石に目に入れるだけで嫌悪を現すのはやり過ぎだ。
さすがは母が連れてきた女だな、と改めて思う。
しかし、恐ろしいことにこの呪いは移ることはないが恐れられるには十分な威力を持っていた。
1人での討伐はよくあることだが、どんな大きな任務も誰かと組むことは無く、回復役も雇えない。疲労や怪我は休養を取ることでしか回復できない。
魔法で回復する事が当たり前になっていたので、随分と効率も悪く、傷が癒えぬまま次の任務という日々が繰り返されていた。
そんな中で、昔からの友人ジャスティンに会った。
あいつは少々天然なので顔が黒かろうが「おい大丈夫か? 顔色が悪いぞ。しっかり休めよ」と言うくらいで、態度が全く変わらない唯一の人間だ。
そんな彼が紹介してきた店は観光客向けではなく、ひっそりとした佇まいであるのに随分と景色に混じり、どっしりとそこに構えていた。
中に入ると女性が1人。
そこで出会った女性がステラ・セナード。
多少贔屓目な言い方になるのは許容願いたい。
僕にとっては大袈裟でも、盛り過ぎでも無い表現だ。
まさに彼女こそ僕の聖女であり、天使だった。
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