第19話 古龍との暮らし

「いい場所があるんです、そこへ行きましょう」

 と、ギルベルトが連れて来てくれたのは城から少し離れた薔薇園だった。まだ蕾が多いので、誰の姿もなかった。

「今日は城でのお茶会もありませんし、ここを訪れる人はそう居ないでしょう――香りが薄い。花はまだ、そう咲いていませんね?」

 目の見えないギルベルトは、花の香りで咲いている量を感じているようだ。

「そうですね、まだ数本しか咲いていません」


 薔薇園の中には、鑑賞できるように椅子が置いてあった。ギルベルトはその椅子にヴェンデルガルトをエスコートして、自分はその隣に座った。本当に綺麗な動きで、ヴェンデルガルトは彼が本当に見えていないのか不思議に思っていた。

「ヴェンデルガルト様が、古龍と二年生活されていたのは本当ですか?」

 先に話を切り出したのは、ギルベルトだ。古龍は絶滅したのか、今のフーゲンベルク大陸では発見されていない。書物でしかかかれていない幻の龍。ギルベルトには、興味深い話だ。

「ええ。一六〇〇年、私はメイドのビルギットと共に古龍の元に向かいました」

「生贄だという伝承があるのですが、古龍はあなたやその前の人達を食べなかったのですか?」

 食べられては、今ヴェンデルガルトが目の前にいる訳がない。だが、彼女の前の生贄たちは? 古龍が、わざわざ娘一人を食べる為に王国を護ると約束するとは思えなかった。


「古龍の名前は――コンスタンティン。今まで彼の元に渡された人たちは、彼と生活して寿命を全うしていたと聞いています。コンスタンティンは……私を探すために、一人での生活が寂しくて伴侶を探していたのです」

「まさか――それだけの為に、古龍がバッハシュタイン王国を護っていたのですか?」

 ヴェンデルガルトはギルベルトの手を取ると、自分の首に下がっているネックレスに触れさせた。石であるとは分かるが、何故かほんのりと温かい。体温だけで、ここまで温かくなるとは思えなかった。

「私たちは、コンスタンティンの家で、二年過ごしていました。コンスタンティンは私達の元に来る時は、人間の姿をしていました。そうしてある日、コンスタンティンは自分の魔力を封じ込めてこの石を作り上げました。そうして、ネックレスにして私に渡してくれたのです」

 ヴェンデルガルトの声音が、少し悲しみを帯びたものになる。それが気になるが、ギルベルトは聞かずにはいられなかった。


「何故、魔力を手放したのですか?」

「寿命が近い、と――コンスタンティンは言っていました。もう自分は死んでしまうから、魔力を私に預ける、と。そうして――再びよみがえり私を探すから、私達を封印したのです」

「それは……!」

 ギルベルトにも、それは驚く内容だった。古龍の『我儘』で、ヴェンデルガルトとメイドのビルギットは二百年も封じ込められていたのだ。更に――。

「甦る……確かに、古龍はそう言ったのですか?」

「ええ。コンスタンティンは、ずっと私を探していました。また出逢う為に、私は封印されていました。バルシュミーデ皇国に見つけられて封印が解かれたのは、コンスタンティンにとって、考えられない出来事の筈です」


 古龍にとって、ヴェンデルガルトは特別な存在のようだ。もしかすると、彼女の魔力は思っている以上に高いのかもしれない。報告によると彼女は治癒魔法しか使えないとの事で、皇国に何らかの反乱を起こす事はないだろう。

「ですから、古龍の魔力も使える私は――治癒能力がとても高いと思います。元々コンスタンティンが怪我をした時も、私があの大きな身体を自分の魔力だけで治せました。ですから、ギルベルト様の目も――私なら、治せると思ったのです」

 悲しげだったヴェンデルガルトの声が、自信にあふれたものになった。もしかしたら、この大陸で、一番の治癒魔法を使える人物かもしれない。


「一晩――明日迄、考えてもよろしいでしょうか」


 ギルベルトの言葉に、ヴェンデルガルトは頷いた。焦る必要はないと、彼女は分かっていたからだ。

「ですが、古龍の魔力の塊は――とても貴重なものではないのですか? 盗まれたりしないでしょうか?」

 ある意味、国の宝と呼んでもいいくらいの価値があるだろう。ギルベルトは、それが心配になる。

「大丈夫ですわ。この石は、私かコンスタンティンにしか扱えず――私から離れると消えて無くなってしまいます。封印が解かれた時に、外されずにいてよかったです」


 あの時、下手な事をしなくて良かったとギルベルトは安堵した。


「ヴェンデルガルト様」

 ギルベルトは、どうしてもこれだけは聞きたかった。

「古龍と暮らしていて――あなたは、幸せでした?」


 古龍が望んだ稀有な存在の少女。それは、古龍にとっての気持ちだ。ヴェンデルガルトは、どう思っていたのか。


「穏やかで、優しい時間でした」

 多分、微笑んでいるのだろう――ギルベルトは、今自分の目が見えぬことが幸せだったかもしれない、と思った。

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