第2話「叶えてもらわなくていいよ、私が叶えてみせるから(2)」

(友達がいない生活に、終止符を……)


 あおが次に歩む人生、そう簡単にいくわけがないのは分かっている。

 神様も、そこまで親切な人ではないと思う。

 でも、願ってしまう。

 大切な人が旅立ったあと、どうか幸せになれますようにって。


「好きって伝えられなかった……」


 来年もあおの誕生日を迎えられると信じていた。

 来年も、蒼と一緒にいられると思っていた。


(最悪……)


 そんな希望を持って生きたいと誓った矢先に、蒼がいなくなってしまうなんて誰も思っていなかっ……。


(蒼は言葉にしなかっただけで、自分の姿が見えなくなることに気づいていたのかな……)


 蒼が私の人生に影響を与えてくれたのに、私は蒼に影響を与えられる存在にはなれなかった。

 それが事実。

 それが、私の迎えた現実。


「…………」


 私の中で、とても大きくて、とても心強い存在だった蒼。

 蒼は私の中で、一生大切な人であり続ける。


「……私がするべきことは」


 蒼は、勇気を出すことのできなかったクラスメイトの桝谷莉雨ますやりうから解き放たれる。

 これは、別れじゃない。

 祝福だと言い聞かせる。


「お母さん、お父さん」


 真新しかったはずのリビングは、年数を重ねることで真新しさを失った。

 どんなにお母さんが掃除を徹底しても、時の流れには逆らうことができないって言われているみたいで少し寂しい。


「話があるんだけど、聞いてもらえるかな」


 私が子役を引退すると決めたとき、リビングにはママもパパもお兄ちゃんもお姉ちゃんもいた。

 でも、社会人になったお兄ちゃんとお姉ちゃんは、この家を出て行ってしまった。

 私を味方してくれる人は家に残されていなくて、私はたった独りで両親と闘わなければいけないと覚悟を決める。


「改まって、どうした……」

「私、大学に進学したい」


 どんなときも笑顔を絶やすことがなくて、どんなときも挫けないなんて神業披露みたいな人生を歩むことができないのは分かっている。

 そんな人生を歩んだら、疲れてしまうのは知っている。

 でも、私は疲れる人生を敢えて選んでみたい。


「莉雨、あのね……」

「学費は、子役時代に稼いだお金を使ってください。お母さんとお父さんが、私のために貯金してくれたお金を、ここで使わせてください」


 テーブルの上に、今まで配布された成績表を並べていく。

 意外と頭がいいんですよ、私。

 そんな自慢げに並べた成績表を初めて目にした両親は、目を丸くして驚いていた。

 目を丸くするってたとえを本当に使う日が来るなんて思ってもみなかった。


「あと、芸能界に戻りたい」


 いつもの笑顔を取り戻す。

 お得意の作り笑顔。

 誰も作り笑顔だって気づかれないくらいの、鉄壁の笑顔。

 いつも笑顔でいようって癖をつけていたから、私らしさが戻って正直ほっとしている。


「大学と仕事の両立が難しいのは理解してる」


 神様は存在するらしいけど、神様だって命あるすべてのものを見守ることはできない。

 だからきっと、幸せや不幸せが適当な加減で世界に振り撒かれてしまうのだと思う。


「甘いこと言ってるなって、自分でも思ってる」


 私は、幸せが突然壊れてしまうものだと知っている。

 永遠なんて、ない。

 幸せになることなんて、できない。

 ある日、突然、幸せなんてものは壊れてしまう。


「でも、どっちもやりたい」


 そんな人生を歩んだ私だからこそ、次の人生に願うことがある。

 みんなが、幸せ。

 みんなが、ハッピー。

 そんな人生、歩んでみたいなと思う。


「でも、芝居と勉強を通して、私は一人でも多くの人たちに笑ってほしい」


 正確には、逃げ道を用意しただけのこと。

 立派なことを言っているようで、実はそうではない。

 でも、私が逃げるために二つの選択肢を用意したってことは口にしなかった。

 言葉にしたら、多分大学か仕事のどっちかが駄目になる。


「えっと……どうしようかな」

「お母さん!」


 お母さんが名刺を取ってこようとするけれど、この先のことも考えてある。


「演出家の弓田佑司さんのワークショップから始めてみたい」


 私の人生、不幸せばっかりではなかったけど。

 楽しいことも幸せなこともいっぱいあった人生だったけど、これだけは思う。

 ほんの少し。

 ほんの少しだけ、呼吸がし辛い人生だったなって。


「弓田さんのワークショップなら……」

「それなら、芸能界から離れてた莉雨も……」


 私はもうすぐで、蒼と関わる時間を終えてしまう。

 私はもうすぐで、蒼とお別れ。

 私はもうすぐで、新しい人生を始めることになる。


「私の希望、応援してほしい」


 人から嫌われないように必死だった私。

 そういう努力が、実を結ぶ。

 私の希望は無事、両親に応援してもらえるという結末を迎えることができた。


「やったよ、蒼」


 自分の部屋に戻ると同時に、私はベッドの上を目がけてダイブした。

 蒼の記憶が薄れていくことへの恐怖とか、悲しみとか、残酷さとか。

 もちろん、抱えているものはたくさんある。


「こう見えて必死なんだよ。前を向いていかなきゃいけないって」


 いつかは、前を向かなければいけない。


「本当は振り返りたいけど……」


 残った私は、これから続く人生を生きていかないといけない。

 残された人間は、これから続いていく人生を生き抜かなければいけない。


「これからたくさんの出会いもあるから、頑張りたいよ。私は」


 蒼と過ごした毎日が、蒼と過ごした日々の思い出。

 蒼の声を思い出したくても、思い出せない。

 蒼の顔を思い出したくても、思い出せない。

 蒼との思い出を懐かしみたくても、懐かしむことができない。

 いつか、蒼と過ごした時間は完全に消えてしまう。

 忘れたくないと願っていても、時は残酷に私たちの記憶を奪っていく。


「私は、蒼が好きだよ」


 好きと言葉にすることが、怖いくせに。

 それなのに、泣くことは絶対にしない。弱音も吐かない。愚痴を零すこともない。

 ただ笑って、天国にいる蒼が落ち込まないようにやり過ごす。


(蒼が背負っているものを、ほんの一部でいいから背負えるようになりたかった……)


 幼なじみとしてでもいい、友達としてでもいい、それ以上の関係になれたらなりたい。

 蒼と同じ感情を、同じ気持ちを、同じ景色を見ていきたかった。


「ありがとう、蒼」


 変わらない日々を過ごすことができる。

 当たり前の日々が当たり前に存在しているって、とてもありがたいことだと思う。

 だけど、私は変わっていきたい。

 頑張ることはやめたくない。

 頑張り続けて、自分の願いと言うものを叶えてみたい。


「私はもっと、蒼と同じ世界を共有したかったよ……」


 これからも続いていく、私の人生。

 その中、ほんの一瞬でもいい。

 蒼に繋がる世界を見ることができるように、私は生きていく。

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