第6話「ハッピーバースデー、生まれてきてくれてありがとう(1)」
私を撮ることが、
私は明日、蒼に会うことができなくなるかもしれない。
彼は、幽霊だから。
「って……」
「おはよ」
私の不安を余所に、私は今日も蒼に会うことができた。
私は彼の未練じゃなかったのかってツッコミも生まれるけれど、彼が成仏できていないことにも安堵する。
「部室行くけど、付いてくる?」
「……行く」
本当は、心優しいヒロインが主人公の物語だったら、成仏できていないことに不安を抱くべきかもしれない。
けど、今の私が抱いているのは不安じゃない。
確実に安堵の気持ちがあって、自分のことを少しだけ残酷だなんて思った。
「誰の誕生日?」
朝早くに登校して、誰もいない教室で蒼の到着を待っていようと思った。
けれど、私と蒼は早々と教室で再会してしまって、今は久しぶりに触った折り紙で部室を飾りつけているっていう謎展開。
「よく誕生日だって分かったな」
「あ……」
「先輩の合格祝いとか」
「って、まだそんな時期じゃないことくらい知ってます」
学校に向かっている時間でも、受験生は時間を惜しむように真摯に勉学と向き合っているはず。
「来年、私たちが受験生になる番かー……」
「一応」
一応と返してきたのは、彼が幽霊だってことにあると理解できる。
来年も、蒼は幽霊のままなのか成仏したままなのか。
今の私たちには、未来の蒼がどうしているかを知る術が用意されていない。
「で、誰の誕生日をお祝いするの?」
「顧問」
子役時代も、子役じゃなくなってからも、私は盛大に誕生日を祝ってもらっている。
お祝いする側には縁がなくて、家族の誕生日ですら『莉雨は忙しいから、手伝わなくていい』と言われてしまう。
だから、こうして1度も会ったことがない顧問の誕生日をお祝いするってことが新鮮で楽しい。
「定年退職を迎えるから、鳥屋先輩と一緒に高校を卒業」
「……写真部、私たちだけになるんだね」
「新入生が入ることを願ってる」
「三人いないと部活動にならないんだっけ?」
「幽霊部員……
あ、私もみんなの輪にいれてもらえるんだって。
素直に、嬉しいって気持ちが湧き上がる。
「ちなみに」
「ん?」
仲間に入れてもらえたのなら、もっと欲を出してもいいかもしれない。
普段なら言えないことも、今なら言えるかもしれない。
「今年、蒼の誕生日をお祝いすることは可能でしょうか」
「残念だけど、もう終了しました」
せっかく勇気を振り絞ったのに、もたらされた結果は散々だった。
勇気を発揮するって、とんでもなく大変なことなのに。
それなのに、神様は蒼の誕生日を終えてしまうっていう意地悪を私に与えた。
「盛大にお祝いしたかったなー……」
鋏を使って、折り紙を細切りにする作業を中断して机に伏せる。
「……今、祝う?」
「え、誕生日がつい最近だったとか……」
「違うけど」
顧問の誕生日パーティーがいつ開催されるかも分からないのに、私も蒼も作業を中断してしまった。
席から立ち上がった蒼を見て、私も彼を追いかけようと思った。
でも、待っててと言われたから、おとなしく待つしかできなくなった。
「ケーキとロウソクならあるから」
「え!? 鳥屋先輩も顧問もいないのに!?」
独りぼっちの時間は長く続かず、蒼はすぐ私の元に戻って来てくれた。
「ホールケーキじゃないから、適当に手を付けても大丈夫」
大丈夫じゃないよとか、写真部にどうしてケーキがあるんですかとか、生物なのに腐ったりはしていないんですかとか、尋ねることはたくさんある。でも、目の前に用意された彩り豊かなケーキたちは、私に言葉を飲み込むように促してくる。
「ここ、昔は写真部じゃなかったみたいで、小さな冷蔵庫が」
蒼が指差す方向なんて、正直どうでもいい。
蒼と私だけの空間に相応しくない色彩たちが、私の心を打ち始める。
「感動しちゃうね」
「誕生日でもなんでもないけど」
一ピースのケーキに太いロウソクを差すのは躊躇われた上に、本当に蒼の言う通り手を付けても大丈夫なものかが分からない。
だから、私たちは机に一瞬だけケーキを並べて満足することにした。
「えっと……」
声の調子を整える。
「生まれてきてくれて、ありがとう」
まずは、声に出す。
「私と出会ってくれて、ありがとう」
次は、蒼の瞳を真っすぐ見て言葉を伝える。
「こういうときは照れないんだな」
蒼は、嬉しそうに笑ってくれた。
「幽霊相手に失礼だとは思うけど……」
もう、照れたりしない。
いや、照れるときもあるかもしれないけど、照れて言えなくなる言葉がある方が嫌だと思った。
「これから、もっともっと素晴らしい幸せがいっぱい待っていますように」
この世に生を受けたのだから、生きていくことは当たり前のことに思われがち。
だけど、この世界に生まれてきたってことは、物凄く幸せな奇跡が起きたってことだと思うから。
「蒼が生まれてきたことに、感謝をしたい」
生まれてきてくれただけでも奇跡的なことなのに、更には私と出会ってくれるなんて。
すっごい奇跡の連続に、私はお祝いの言葉を述べずにはいられなくなる。
「友達としての、お祝い終了」
「次は、恋人として?」
「っ」
恋人という言葉に照れる。
彼の言葉が、この世界に存在することが何よりも嬉しいはずなのに、素直に恋人という関係を迎え入れることができない。
恥ずかしがっている場合じゃないって理解しているのに、自分の気持ちを伝える言葉だけは躊躇ってしまう。
私はまだ、その言葉を伝えてはいけないような気がする。
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