第8話「人は青春ごっこって言うけれど、これは私たちにとっての本物の青春(2)」

「いいね、青春って」


 恥ずかしさを紛らわせるために、勝手に会話を終わらせた。

 すると、写真を撮っていたはずのあおは手を休めて私を見ていた。


「え、そんなに真っすぐ見つめられると恥ずかし……」

「俺も同じこと思ってた」

「え?」

「青春っていいなって」

「…………」


 他人と感情が重なり合うことが、こんなにも幸せなことだったんだってことを思い出す。

 この高校に私の味方はいなかったはずなのに、すぐ隣に私と同じ感覚を持つ人がいるって奇跡以外の何物でもないような気がする。


「はー」


 深呼吸。

 ここまで来たら、やり抜きたい。


「私、この高校で大きな思い出を作りたい!」


 屋上から、大きな声を上げて叫ぶ。

 でも、私の声は校舎に残っている生徒たちには届かない。

 届いているかもしれないけれど、校舎に残っている生徒は私の叫びに関心を持たずに通り過ぎて行く。


「いいね、桝谷ますやちゃん!」


 私に興味を持ってくれているのは、鳥屋とや先輩。


「さすがに屋上から叫ぶのは……」


 そして、有栖川蒼ありすがわあお


「私はね、将来自慢できるくらいの誇れる思い出を作りたい!」


 屋上から大声で叫ぶという大迷惑行為を犯した私を、蒼は優しい表情で笑ってくれた。

 いつもの私なら自分の声を響かせてしまったことに、心臓が弱くなる。

 それなのに、今はとても心強い気分。


「蒼も作ろうね、思い出」


 二人の味方と出会うことができた私。

 蒼にも味方をって言いたいけど、蒼は味方を増やさない道を選んだ。

 だったら、私が蒼の最高の味方になるしかない。

 

「……変わらないとだな」

「そうだね、変わらないと思い出は作れないね」


 青春を避けてきた私。

 青春を失った蒼。

 私たちは思い出を増やしていくことを約束した。


「一度は来てみたかったんだよね! 高校近くのたい焼き屋さん!」


 思い出作りの第一歩が、蒼と一緒に近所のたい焼き屋さんを尋ねること。

 高校生らしくないとか、男女二人揃って来る場所じゃないとか、蒼も蒼で言いたいことはいろいろあるかもしれない。


「甘い物は平気?」

「平気」


 でも、クラスの子たちが近所のたい焼き屋さんに通い詰めていることは高一のときから知っている。

 私たちの高校に通っている人たちにとっては、このたい焼き屋さんは馴染みがあるということ。定番スポットであることは調査済み。



「あんこ? クリーム?」

「んー……、あんこで」

「了解」


 空が薄暗くなる時間帯に差し掛かり、この時間帯にたい焼き屋さんを訪れるのは部活終わりの生徒たち。

 クラスメイトという知り合いに会うことがないと分かっている私たちは、仲のいいクラスメイトとして接することを選んだ。


「蒼と、このたい焼きのあったかさを共有したいんだけど……」


 店主であろうおじさんは店の中で食べてもいいと声をかけてくれたけど、私と蒼も店の外に出て出来立ての味を堪能することにした。


「莉雨が一旦、たい焼きから手を離してくれたら」


 蒼に直接、たい焼きを受け渡すことができない。

 それをなんとなく察した私たちは自然な流れで、たい焼きを受け渡すための会話を整えていく。


「じゃあ、この看板の上に紙袋置くね」

「助かる」


 お店の中で食べたところで、蒼が幽霊ってばれる心配は恐らくない。

 人は、そこまで他人に関心を持たないから。


「……よくよく考えると、幽霊って食事するんだね」

「らしい」


 けど、念には念を。

 たい焼き一個の受け渡しで、もたついてしまったら不審に思われるかもしれない。


「たい焼きのあったかさ、感じる?」

「出来立てで美味そう」

「良かった」


 幽霊の蒼が生きるって、そういうこと。

 幽霊の蒼が騒ぎ立てられないように、私たちは周囲に気を遣う。

 幽霊の蒼が生きていくって、そういうこと。


「いい季節だね」

「たい焼き屋って、夏はどうしてるんだろ」

「……聞いてくる?」

「いや、そこまでしなくても……」


 何かが起こりそうで、何も起こらない。

 何かが起きる期待と、何も起こらないことへの安堵感。

 たい焼きを食している間、期待と安堵が入り混じるっていう不思議な時間を体感した。

 変わるって決めた私たちが変わっていくようで、変わっていない。

 それは良いことでもあり、悪いことでもあるのかもしれない。


「次は、蒼がやりたいことをやりたい」

「特に希望もないんだけど……」

「ないならないで無理することはないよ」


 ゆっくりやっていこう。

 その言葉が幽霊の蒼にとっての正しいか悪なのかは私には判断できなかったけれど、私は焦る必要ないって言葉を蒼に伝えた。


「やりたいことができたら、教えて」

「……ありがとう」

「こちらこそだよ」


 たい焼き屋さんに来るには、まずは私と高校が同じに通っていないといけない。私と知り合いでなければいけない。どちらかがたい焼き屋さんに誘わなければいけない。

 たい焼き屋さんに来るためには様々な条件をクリアしなきゃいけなくて、蒼はそれらすべてに該当した。

 その該当者と出会うことすら、私にとっては奇跡的なこと。

 蒼は、とんでもない奇跡をもたらしてくれたってことに気づいていないのかもしれない。


「あ」

「何か思いついた?」


 あ、って一音だけを零す人が本当に存在することに笑ってしまった。

 蒼に希望があるって言うなら、私が蒼の希望を叶えてあげたい。


「浮かんだ」

「今日は私のやりたいを叶える日だったから、次は蒼の番だよ」

「…………」

「珍しいね、蒼が言葉を詰まらせるなんて」


 私は無理に聞き出すことをせずに、美味しいたい焼きをゆっくり味わっていく。


「なんていうか、莉雨に気持ち悪いって思われそう」

「…………まったく想像つかない」

「やることは単純なことなんだけど……」

「覚悟が決まるまでは、蒼の希望は叶えられないよ」


 意地悪な言葉を向けたつもりだったけど、蒼は楽しそうに笑ってくれた。

 蒼は満面の笑みを浮かべるような人ではないけど、蒼の笑い顔はこれから先も守っていきたい。


「とりあえず、写真関連」

「それなら、いつでも叶えられそうだね」


 いつか訪れる蒼の最期の日が、蒼の笑顔で終われるようにしたい。






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